52、王妃宮へ(sideルキウス)
「......リリー」
愛しい彼女の名を、そっと呟く。
それだけで胸の奥が温かくなる。
やっと――やっと、彼女ときちんと話すことができた。
ここまで、本当に長かった。
初めから素直に気持ちを伝えていればよかったのだ。
もう、間違えない。
もう二度と。
彼女は――俺の人生で、唯一欲しいものなのだから。
手放すわけにはいかない。
「さて......」
リリーとの会話を終え、王宮に戻る。
王妃は現在、会議中らしい。
ならば今が好機だ。
殺人事件の濡れ衣のこともあるが、それ以上に――戦地での記憶喪失。
あの件についても、調べる必要があった。
戦地で飲まされた水のボトルを、俺は捨てずに保管していた。
内密に調べさせた結果、それは毒だった。
命を奪うほど強いものではない。
だが、意識を混濁させ、記憶を曖昧にする作用があるという。
――やはり、仕組まれていたのか。
ならば必ず、証拠があるはずだ。
拳に力を込める。
異能を使い、王妃宮へと忍び込んだ。
棚、机、書類棚。
部屋の隅々まで探っていく。
「......これは」
机の引き出しに違和感を覚えた。
よく見ると、構造が二重になっている。
隠し収納か。
そっと、その仕掛けを開く。
――その瞬間。
指先に、チクリと鋭い痛みが走った。
「……?」
思わず指を見る。
特に傷は見当たらない。
「……気のせいか」
一瞬、違和感が胸をよぎる。
だが今は立ち止まっている場合ではない。
引き出しの中の書類を急いで確認する。
「......見つけた」
そこにあったのは一冊の帳簿だった。
そこには毒の購入履歴と思われる記録があった。
戦地で使われたものとは別に――もう一種類の毒の記録もある。
やはり王妃が。
俺は急いで内容を複写した。
異能を使い、紙に同じ文字を書き写していく。
現物を持ち出せば、すぐに気づかれる。
だが、これだけでも十分な証拠になる。
その時――
廊下の奥から、声が聞こえた。
「そろそろ危険か」
俺は素早く書類を元の位置に戻し、引き出しを閉める。
そして部屋の痕跡を整え、その場を後にした。
***
会議を終えた王妃、ヴァレリア・アウレリウスは、私室の扉に手をかけた。
「......あら」
部屋に足を踏み入れた瞬間、彼女はわずかな違和感を覚える。
視線をゆっくりと巡らせる。
やがて、彼女は手袋をはめた。
そして机の引き出しへと手を伸ばす。
「ちゃんとあるわね」
引き出しには一冊の帳簿。
何もなくなってはいない。
(だけど......)
確かに、開けられた形跡があった。
「……やっぱりね」
王妃は小さく微笑む。
「見られたかしら?」
その直感は、ほぼ確信に近かった。
「ネズミが忍び込んだようね」
くすり、と王妃は笑う。
「まあ、いいわ」
優雅な仕草で書類を整えながら、彼女は呟いた。
「罠にかかったのなら――いずれ死ぬもの」
静かに引き出しを閉める。
その所作はどこまでも優雅で、気品に満ちていた。
そして。
一息つくと、王妃は楽しげに微笑む。
「この引き出しには――毒が仕込まれていたのだから」
くすくす、と喉の奥で笑い声が漏れる。
「……ふふ」
「さて。ネズミを探さないとね」
あと10話くらいで完結すると思います




