5、王妃とのお茶会
ルキウス・アウレリウス第二王子と、リリアーナ・フランヴェール公爵令嬢の婚約は、瞬く間に王都中へと広がった。
「無能王子が婚約ですって」
「物好きな令嬢もいるものね」
「でもリリアーナ様って、お身体が弱いでしょう?……案外、お似合いじゃない?」
好奇と侮蔑、同情が入り混じった噂が、街のあちこちで囁かれている。
――けれど。
当の本人であるリリアーナの機嫌は、驚くほど良かった。
「こんなに早く、上手くいくなんて……」
思わず、頬が緩む。
本当は、どうやってルキウス殿下の懐に入り込み、心を掴み、利用しようかと考えていたのだ。
それが、まさか向こうから婚約を申し込まれるなんて。
(ラッキー、よね)
……もっとも、婚約者になったからといって、愛があるわけではない。
ルキウス殿下の目的は、きっと私の監視。
あの夜、癒しの力を見てしまった以上、近くに置く方が都合がいいのだろう。
でも。
倒れ込んだ私を支え、誰にも知られず力を使ってくれた。
その事実だけで、十分だった。
(殿下の近くにいれば……私は、長く生きられる)
もしかしたら、遠出だってできるかもしれない。
朝から晩まで、身体の辛さに耐えなくてもいい日が来るかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていた――のだけれど。
婚約して、早くも一週間。
ルキウス殿下からは、何の連絡もなかった。
バルコニーで癒してもらった翌日は、信じられないほど身体が軽かった。
まるで、別人になったみたいに。
けれど、その軽さは一日限りだった。
翌朝には、いつも通りの重たい身体に戻っていた。
(……やっぱり)
ルキウス殿下は、ずっとそばにいてくれなければ意味がない。
あの力を、定期的に使ってもらわなければ――私は。
そんなことを考えていた、その時。
私宛に、一通の手紙が届いた。
(......もしかして、ルキウス殿下?)
胸に淡い期待を抱きながら、差出人を確認すると――ヴァレリア・アウレリウス、この国の王妃。
〈此度は婚約おめでとう。近いうちに、お茶会にでもしましょう〉
短く、簡潔な内容。
(......きたわね)
ヴァレリア王妃は、ルキウス殿下を幾度となく暗殺しようとしてきた。
でも今は、彼が”無能王子”を演じているから、第一王子の引き立て役にちょうどよく、生かしているだけ。
私が、ルキウス殿下にとってどんな存在なのか確かめたいのかもしれない。
――立ち回り方を間違えれば、敵と判断されかねない。
再び彼の命が狙われるようなことは、あってはならない。
気を引き締めないと。
私は絶対に、生き残るのよ。
***
ついに、ヴァレリア王妃とのお茶会当日。
このことは、ルキウス殿下は知っているのだろうか。
特に彼からの連絡はなかった。
案内されたのは、色とりどりの花が咲き誇るガセボだった。
そこに、赤髪の女性が静かに座っていた。
――ヴァレリア・アウレリウス王妃。
「この度はご招待いただき、ありがとうございます」
私は一例し、挨拶を述べた。
王妃はじっと私を見つめた後に、表情を緩め、柔らかく微笑んだ。
それが返って、恐ろしかった。
「ふふ、ごきげんよう。リリアーナ嬢」
私は、目を逸らさずに、微笑み返す。
王妃と第一王子にとって私は、害になるか無害か。
きっと王妃は、このお茶会で見極めたいはず。
私は無害であると、アピールしなくてはならない。
ならば、私が取るべき行動は――”恋に恋する夢みがちなお馬鹿な令嬢”を演じること。
気恥ずかしいけど、生き残るためだ。仕方ない。
「王族の婚約者になるのですもの。あなたとお話をしてみたくてね」
王妃は、ゆっくりと紅茶に口をつけた。
その仕草ひとつひとつが、無駄に優雅で――。
王妃は一息つき、こちらを見据えた。
「それでね。ルキウスには......ちょっといい噂がないじゃない? 婚約したきっかけが知りたいわ」
唐突な問い。
胸が、きゅっと縮む。
(きた……)
ここで一言間違えれば、私は“敵”になる。
王妃は、私の感情じゃなく――目的を見ている。
だから、私は決めていた通りに振る舞う。
「そうですね。一言で言えば、一目惚れです!!」
少し俯いて、頬を赤らめる。
「......一目惚れ?」
「はい。私は身体が弱いので、あまり出掛けられず、よく本を読むのです。そこで前に読んだ恋愛小説に出てくる王子様の挿絵にルキウス殿下が似ていまして......思わず、心を奪われてしまいました」
全力で笑顔を作り、無垢さを前面に押し出す。
……自分でも、よく言えたと思う。
王妃は一瞬、目を瞬かせ――そして、ふっと笑った。
「まあ。ずいぶん素直なのね」
「お恥ずかしい限りです。世間知らず......なのかもしれません」
「素直なのはいいことよ。将来に望むことはあるの?」
試すような視線。
思わず、手をぎゅっと握りしめる。
「将来、ですか......」
「ええ、あの子はあれでも王子ですからね。立場とか......色々あるでしょう?」
「あっ、そうでした。そうですよね、王子様ですものね。でも......私は、難しいことはよくわからなくて。」
小さく、首を振る。
「私はただ、殿下と一緒にいられたら、それで……」
その瞬間。
王妃の視線が、すっと冷めた。
「……そう」
カップがソーサーに置かれる。
その音が、不自然なほど大きく響いた。
胸の奥で、静かに息を吐いた、その時。
「随分、楽しそうですね」
低く、感情のない声。
――凍りつく。
顔を上げた瞬間、視界に映ったのは、
漆黒の髪と金の瞳。
無表情のまま、こちらを見下ろす第二王子。
「ル、ルキウス殿下……?」
ルキウス殿下〜!!




