42、そこは、俺の場所だ
後半はルキウス視点!
「……そんな顔しないで? さすがに傷つくよ」
レオナード殿下は、困ったように眉を下げて笑う。
その笑みが、胸に痛い。
ルキウス様に忘れられたこと。
その事実が、まだ心の奥で血を流している。
けれど――
それでも、私の心は決まっていた。
「……すみません。でも、殿下――」
「あー、待って」
軽く手を上げて、言葉を遮られる。
「それ以上は、たぶん聞きたくない」
冗談めかした声音。
けれど、ほんの少しだけ掠れていた。
「僕はね、最初から理解しているよ」
視線が、まっすぐ向けられる。
「君の心に誰がいるかなんてさ」
逃げ場のない、優しい断言だった。
「……それでも」
殿下は一歩、距離を詰める。
「僕なら守れる」
静かに、はっきりと。
「君も――君の大切な人も」
「彼が今、どんな状況にあるのかは分からない。でも、母上が何かしているのなら……放っておけない」
殿下の声が、わずかに低くなる。
そして、手がそっと包まれた。
「君が望むなら、彼のことも本気で助ける」
一瞬だけ、視線が揺れた。
「......本当は、そんなこと言いたくないけどね」
小さな本音に、胸が痛んだ。
私は、ルキウス様が好きだ。
だからこそ、この一年、証拠が見つからなくても諦めずにいられた。
それでも――
レオナード殿下の想いが、心に響いたのも事実だった。
「......殿下」
呼びかけると、包まれていた手に力がこもる。
「君の心まで奪うつもりはない」
「……それでも、僕を選んでほしいとは思っている」
真っ直ぐに見つめられる。
真剣なのに、どこか縋るようで。
今の殿下を、強く突き放すことなんてできなかった。
「母上に言われたからじゃない。僕自身が、そうしたいんだ」
その瞳に、揺るぎない決意が宿る。
「だから、母上と対立することになっても構わない」
手を持ち上げられ、手の甲に唇が触れた。
最近、こうした仕草は増えていた。
けれど今回は、冗談ではない。
「今すぐ答えなくていい」
殿下は、ほんの少し微笑む。
「ただ――君には、こんな選択肢もあると知っていてほしい」
押しつけない。
奪わない。
それでも、諦めない。
そんな声だった。
王妃の提案。
そして、レオナード殿下の覚悟。
――もしかしたら。
殿下と婚約することが、ルキウス様を守ることに繋がるのではないか。
愛ではない。
そう言い聞かせるように、私は考えた。
それでも――
守れるのなら。
そんな考えが、胸の奥をよぎった。
***
ルキウスは、自室で立ち尽くしていた。
戦争を終わらせ、王都へ戻る。
その一心で、ここまで突き進んできた。
いつからだろう。
記憶が、曖昧になり始めたのは。
遠い過去は覚えている。
異能のこと。
王族であること。
王妃への、消えない嫌悪。
だが――
最近の記憶だけが、抜け落ちている。
いや、欠けているどころではない。
最初から、存在しなかったかのように。
思い当たるのは、ひとつだけ。
戦地へ向かう途中、渡された水。
喉を潤すために口に含んだ、その瞬間。
意識が、途切れた。
苦しさはなかった。
だから、その時は何も疑わなかった。
だが、今は違う。
何かがおかしい。
それだけは、確かだった。
そして、時折――
聞こえる声。
「ルキウス様......」
優しく、呼びかける声。
その声を思い出すたび、胸が不思議と落ち着いた。
(誰なんだ......?)
わからないまま、時間だけが過ぎていく。
俺はただ、目の前の敵を倒していた。
なぜ、今戦地にいるのかもわからないのだ。
だが、早くこの戦いを終わらせて戻るという決意だけが、胸に残っていた。
だから、戦うことをやめずに立ち向かい続けた。
周りに気づかれぬように、異能を扱った。
物体を操り、空気すら武器に変えて。
想定より早く敵を倒すことができた。
王都に戻ると、王宮でパーティーが開かれていると聞いた。
なぜか、向かわずにはいられなかった。
会場で、兄と一人の女性が並んでいた。
俺は形式的に兄に挨拶を交わす。
初めは兄の隣に立つ女性になんの感情も湧かなかった。
というか知らない相手だったから。
だが、女性の顔色が変わり、兄に抱き上げられた瞬間。
胸が、ざわついた。
(……そこは、俺の場所だ)
理由は分からない。
だが、確信だけが残った。
そして思い出す。
戦地で、何度も聞いたあの声。
――あの女性に近づけば、何かが分かる。
そんな予感が、はっきりと胸にあった。
(......確かめなければならない)
そう思った瞬間、身体はもう動いていた。
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