41、ルキウスとレオナード
「――そちらの女性は?」
その一言が、何度も何度も頭の中で反響する。
視界の端から色が抜けていく。
足元が、急に遠くなる。
たしかに、目は合った。
けれどそこにあったのは、懐かしさでも、戸惑いでもない。
何も、なかった。
以前、レオナード殿下と並んでいたとき。
あの人は、はっきりと怒っていた。
激情があった。
感情があった。
なのに今は。
(まるで……初対面のように)
その考えに辿り着いた瞬間、胸がひどく冷えた。
「……兄上、どうかされましたか?」
静かな声。
「いや、少し驚いてね」
レオナード殿下の視線が、私を一瞬だけかすめる。
「ルキウス。お前は、彼女を知らないのか?」
わずかな沈黙。
「……お会いしたことが?」
首を傾げる仕草は、あまりにも自然で。
作り物には見えなかった。
絶句する。
――覚えて、いない?
けれどレオナード殿下のことは理解している。
王族としての礼も、立場も。
ならば、失っているのは――
(私だけ……?)
心臓が、耳元で暴れる。
どくん、どくん。
鼓動がうるさい。
空気が足りない。
足元が揺れ、身体が傾いた、その瞬間。
ふわりと、視界が浮いた。
「……っ」
気づけば、強い腕に抱き上げられている。
金色の髪が、至近距離にあった。
「彼女の体調が優れないようだ。今日はこれで失礼する」
レオナード殿下の低い声。
遠ざかる景色の向こうで――
一瞬。
ルキウスの瞳が、わずかに見開かれた。
次の瞬間、彼はこめかみを押さえる。
歪む表情。
押し殺した呼吸。
だけど、それもすぐに消えた。
私はもう、振り返る余裕すらなかった。
あれは、見間違いだったのだろうか。
それとも――。
リリアーナは知らない。
その時、ルキウスの脳裏に走った白い閃光を。
「......なぜだ」
苦しげに、呟いていたことを。
***
気づけば、休憩室のソファに下ろされていた。
「......大丈夫?」
優しい声だった。
「は、はい......」
顔は上げられない。
大丈夫なはずがない。
やっと会えたのに。
ずっと、待っていたのに。
忘れられていた。
その事実が、胸に突き刺さる。
すると、頭をぽんぽんと優しく撫でられる。
顔をあげると困ったように笑う殿下。
「無理をしなくていいよ」
その一言で、決壊する。
限界だった。
堰を切ったように涙がこぼれ落ちる。
「......っ」
嗚咽を押し殺そうとしても、無理だった。
レオナード殿下が、静かに抱き寄せる。
強くはない。
けれど、逃げ場を作らない抱擁。
「……僕がいる」
小さく、囁く。
今は、その温もりが――有り難かった。
彼はずっと無言で、私の身体を支えていた。
***
目が覚めると、ベッドの上だった。
コルセットは緩められ、身体は楽になっている。
(え……!?)
慌てて起き上がると。
「......気がついた?」
穏やかな声。
レオナード殿下が椅子に腰かけていた。
「わ、私……」
「ああ。泣きながら眠ってしまっていたね」
その瞬間、顔に一気に熱が集まる。
「そ、その......パーティーは......」
「終わったよ。僕も戻らなかった」
静かに、真っ直ぐに言う。
「君を一人にする気にはなれなかったから」
鼓動が跳ねる。
殿下は、ゆっくり立ち上がり、距離を詰める。
「……僕がここにいること、どう思われるだろうね」
待って、思考が追いつかない。
どうしよう......!
「ふふ、本当に婚約しちゃおうか。リリアーナ?」
冗談めかして笑ったけれど、その瞳は真剣だった。
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