4、俺のことが、好きだと言ったな?
ルキウス殿下がバルコニーをあとにして、兄と二人きり。
「......そうか、リリーがなんともなかったのなら良いんだ」
兄はほっと息をつき、そっと手を差し出した。
「もう疲れただろう? 今日はここまでにしよう。屋敷に戻ろうか」
――本来なら、とうに限界を迎えている時間だ。
リリアーナは体力も少ない。パーティーも最後まで参加できたことはない。
だけど、先ほどルキウス殿下が”癒しの力”を使ってくれた影響だからか、全く疲れていない。
不思議なほど身体が軽かった。
に話すことはできない。
怪しまれないためにも、ここは従うべきだ。
「うん……もう疲れたわ、お兄様」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。
夜の空気が、やけに静かで、優しく感じられた。
***
建国祭の翌日。
「……すごい」
思わず、声が漏れた。
いつもなら、パーティーの翌日は高熱で寝込んでいる。
それなのに今日は、息苦しさも、身体の重さもない。
まるで、別人のようだった。
「これが……ルキウス殿下の力……」
身体が軽い。
立ち上がっても、眩暈がしない。
とはいえ、いつも寝込んでいるからか、特に今日は何も予定を入れていない。
――つまり、今日は暇なのだ。
体調が良い上に、のんびり過ごせるなんて最高だわ。
やっぱり、ルキウスと一緒にいれば、私は長生きできるのかもしれない。
脅すような言葉を残して去っていった彼を、私は怖いとは思わなかった。
原作を知っているからだ。
むしろ、今まで誰にも明かさなかった力を、使ってくれて......
やっぱりルキウス殿下の根は優しい。
原作で歩んだ結末は、誰にも選ばれずに、心が壊れてしまっただけ。
(……私が、彼を選ぶ)
動機は長生きしたいという、打算的なものかもしれない。
でも、彼は私に必要。それだけは確か。
決意を胸に固めた、その時。
控えめなノックが、部屋に響いた。
「リリー、今大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
入ってきた兄の表情は、どこか硬い。
「......お兄様、どうかしたの?」
「……実はな。ルキウス殿下が、リリーに会いたいそうだ」
「え......? ルキウス殿下、が……?」
近いうちに、接触はあるだろうとは思っていた。だけど、まさか翌日に来られるなんて。
それほどまでに、彼にとって力を知られたことは大きいのだろう。
「そうだ。突然、公爵家を訪ねてこられてね。名指しだった」
兄の瞳には、はっきりとした警戒が宿っていた。
当然だ。
私とルキウス殿下の間に、何があったか――兄は知らない。
嫌な予感があるのかもしれない。
だけど、私にとっては願ったり、叶ったりだ。
「わかったわ、お兄様。準備をするから、応接室へご案内して」
私の返事に、兄は一瞬迷うように視線を落とし――静かに頷いた。
***
応接室には、すでに彼がいた。
漆黒の髪、金色の瞳。
相変わらず感情の読めない表情で、ソファに腰掛けている。
――第二王子、ルキウス・アウレリウス。
「……ごきげんよう、殿下」
声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「顔色が悪いな」
開口一番、それだった。
「……いつものことですわ」
答えながら、胸が少しだけざわつく。
気遣われるとは、思っていなかったから。
いつもより体調はいい。
とはいえ、他の人から見れば、体調が悪そうに見えるのかもしれない。
沈黙が落ちる。
その重さに、喉がひくりと鳴った。
「本題に入る」
ルキウス殿下は、淡々と告げた。
「先日の夜。不可抗力とはいえ、君は......見てはいけないものを見た」
心臓が、どくんと音を立てる。
「……はい」
何を言われるのだろうか、彼の表情の見えなさに緊張が走る。
「そこで考えたんだ」
彼は立ち上がり、こちらへゆっくりと歩み寄る。
「君を、野放しにはできない」
低く、静かな声。
「だが――殺す気もない」
距離が、詰まる。
逃げ場のない位置まで来て、彼は一拍置いた。
「俺の、婚約者になれ」
「……え?」
理解が追いつかない。
まさかの言葉に、思考が一瞬止まった。
次の瞬間、彼の指が私の顎に触れ、顔を上げさせた。
「なんだその表情は。俺のことが好きだと言ったな。あの言葉は、偽りか?」
「……いえ」
息を吸い、小さく笑う。
「喜んで。そのお話を、お受けいたしますわ」
彼の指が、わずかに強まった気がした。
――こうして。
病弱令嬢リリアーナは、
“無能王子”と呼ばれる男の婚約者となった。
それが、どんな未来を引き寄せるのか――
この時の私は、まだ知らない。
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