38、第一王子からの贈り物
事件を調べ始めて、一ヶ月が経った。
目立った進展は、正直に言ってない。
けれど――ひとつだけ、不可解な変化があった。
最近、なぜか毎日のように、レオナード殿下から贈り物が届くようになったのだ。
花束。宝石。ドレス。
どれも王族から贈られても不思議ではない、一級品ばかり。
(……どうして、急に?)
理由がわからないまま、贈り物だけが積み重なっていく。
そのせいで、公爵家の中は落ち着かない。
「リリアーナ様は、やはり素敵なお方ですものね」
「第二王子との件で心配していましたけど……今度は第一王子様ですって!」
「こんなに毎日贈り物が届くなんて、きっと好意をお持ちなのよ!」
ひそひそと囁かれる噂話が、耳に刺さる。
私は、少しも嬉しくなかった。
むしろ、胸の奥に重たい違和感が溜まっていく。
婚約者でもない相手から、これほど露骨に贈り物をされれば――
周囲が勘違いするのも無理はない。
実際、お兄様からもそれとなく探るような視線を向けられた。
(……このまま放っておくわけにはいかない)
深く息を吸い、私は決意する。
――謁見を申し出よう。
***
王城の応接室は、相変わらず静かで、どこか張りつめた空気が漂っていた。
案内されてほどなく、扉が開く。
現れたのは、金髪の青年。
柔らかな笑みを浮かべながらも、その目は鋭さを秘めている。
「やあ、リリアーナ嬢。君から会いたいと言われて嬉しく思ったけれど――」
軽く肩をすくめて、殿下は言った。
「どうやら、良い話ではなさそうだね?」
「……それは、殿下がよくご存知のはずです」
私がそう告げると、殿下は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「え? 何のことだい?」
首を傾げる仕草は、あまりに自然で――
思わず疑ってしまう。
(……とぼけているの? それとも、本当に……?)
「ここ最近、殿下から贈り物が届いています。ですが、辞めていただきたいのです」
はっきりと、言葉を選ばずに告げた。
「婚約者でもないのに、噂を立てられて困っています」
「……え?」
殿下の動きが、ぴたりと止まる。
「……え?」
今度は、私の方が声を漏らした。
「……僕は、君に贈り物なんてしていない」
ぽつり、と落とされた言葉。
冗談でも、取り繕いでもない声だった。
殿下は顎に手を当て、少し考え込む。
「ああ……もしかして、母上か?」
眉をひそめ、小さく息を吐いた。
「ここまでくると、さすがに異常だな」
「……つまり、殿下は関わっていないと?」
「ああ。確かに、リリアーナ嬢は素敵な女性だと思っているけれど」
視線が一瞬、こちらを真っ直ぐに捉える。
「急に困らせるような真似はしないよ」
その言葉に、胸の奥で何かが静かに腑に落ちた。
「でも……これは、流石に困ったね」
殿下は、少しだけ表情を引き締める。
「僕は、王位を継ぐために努力してきたし、その資格もあると自負している」
穏やかな声の奥に、確かな覚悟が滲んでいた。
「だから、周囲に変な動きをされると困るんだ。同じだと思われたくないからね」
そして、低く続ける。
「……これは、明らかにルキウスを挑発する内容だ」
「殿下は、とても真っ直ぐなお方なのですね」
思わず、そう口にしていた。
「え?」
「正直、王妃様の言いなりな方だと思っていました」
一瞬、殿下の目が細くなる。
「……随分、はっきり言うね」
「その方が、信頼していただけると思ったので」
沈黙が落ちる。
やがて、殿下は小さく笑った。
「……ほう?」
私は、その視線から逃げずに言った。
「協力していただけませんか。今回のルキウス様の事件――裏があると思っています」
「覚悟はあるのかい?」
試すような問い。
「あります。もし裏がなければ、侮辱罪でも何でも受け入れます」
「……そうか」
殿下は静かに頷いた。
「実は僕も、一連の流れに違和感を感じていた。発覚から裁きまで……あまりにも早すぎる」
「まるで、最初から結論が決まっていたみたいだ」
その言葉に、胸が強く脈打つ。
「とりあえず、考えておくよ。また、会おう」
「……ありがとうございます」
深く頭を下げた、その時。
「でも、少し残念だな」
「……え?」
「贈り物をしたのは僕じゃないけど……少しくらい、気にしてくれても良かったんじゃない?」
くすり、と悪戯っぽく笑う。
「これでも、この国の王子なんだけど?」
「あ、あの……」
「ふふ、冗談だよ」
そう前置きしてから、静かに続けた。
「君の想いは、とても真っ直ぐだ。それを受け取れる相手は、きっと幸せなんだろうね」
「......羨ましいよ」
最後の言葉は、どこか遠くを見るような声だった。
「……最後に、何と?」
「なんでもないよ」
そう言って、殿下は私の手を取る。
そして、手の甲に軽く口づけを落とした。
「ただ一つだけ言っておく。僕は、君のことが気に入った」
「……っ!」
「じゃあ、またね」
軽やかに去っていく背中を、私はしばらく見送っていた。
胸の奥に残ったのは――
新たな確信と、避けられない波乱の予感だった。
次回はチラッとルキウス出るよ!




