37、リリアーナは動き出す
私は今、ベルナール伯爵家を訪れていた。
事件の被害者――ルキウス様の側近、オスカー・ベルナールが生前暮らしていた屋敷だ。
「リリアーナ様、ようこそお越しくださいました」
出迎えてくれたベルナール伯爵夫妻は、ひと目で分かるほど憔悴していた。
深く刻まれた疲労が、息子を失った時間の重さを物語っている。
「この度は……ご冥福をお祈り申し上げます」
「リリアーナ様まで、わざわざ――」
夫人は言葉を詰まらせ、視線を伏せた。
「大変な中、お時間をいただきありがとうございます。ルキウス様とは婚約破棄しましたが、側近であったオスカー様とは何度かお会いしました。どうしても、弔わせていただきたくて」
その言葉に、夫人の目に涙が滲む。
伯爵が何も言わず、そっと背中に手を添えた。
本当に、仲の良いご夫婦だ。
遺影の前で静かに手を合わせ、短く祈りを捧げる。
――それから、私は切り出した。
「……差し支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか。
お二人から見て、オスカー様とルキウス様は、どのようなご関係でしたか?」
伯爵は少し考えるように目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。
「……オスカーは、よく言っていました。
『殿下は、噂のような冷たいお方ではない。表に出さないだけで、とてもお優しい方だ』と」
言葉が、胸に静かに落ちる。
「だからこそ……あの事件が、信じられなくてな……」
――重要な証言だ。
二人の関係が、決して険悪ではなかった証になる。
「私も、そう感じていました。
お二人が一緒にいらっしゃる姿を何度か拝見しましたが、事件が起きるような関係には見えませんでした」
私は意を決し、夫妻を正面から見つめる。
「お願いがあります。
オスカー様の私室を、拝見させていただけませんか?」
夫妻は一瞬だけ視線を交わし、やがて静かに頷いた。
「……構いません」
***
案内された私室は、几帳面に整えられていた。
主を失ってなお、時間が止まったような空気が漂っている。
机に近づき、引き出しを開ける。
「……日記?」
古びた帳面を手に取ると、夫人が小さく息を呑んだ。
「そんなところに……」
「拝見しても?」
「……お願いします」
⚪︎月△日
殿下に仕事ぶりを褒められた。
……追加の賃金まで。
良いお方なのに、なぜ悪い噂ばかり立つのだろう。
本当の姿を、皆が見ればいいのに。
⚪︎月◻︎日
殿下が婚約なさった。
表情には出していないが、少し明るく見える。
……俺まで、嬉しくなった。
ページをめくるほど、ルキウス様の名が繰り返し現れる。
「……信頼していたのですね」
「ええ……殿下の話をする時、オスカーは誇らしそうでした」
さらに読み進め、私は手を止めた。
⚪︎月⚪︎日
最近、誰かに見られている気がする。
王城の回廊で、王妃付きの侍女を見かけた……
気のせいだろうか。
――背筋に、冷たいものが走る。
「……どういうこと……?」
沈黙が部屋を満たした。
「……やはり、殿下が犯人だとは思えない」
伯爵が、絞り出すように言う。
「私情かもしれませんが……それでも」
「……私も、同じ考えです」
私は静かに告げた。
「この事件には、何かあります。
個人的に調べています。彼に関わった者として、真相を知りたいのです」
夫妻が、はっと息を呑む。
「……息子のためにも、お願いします」
「必ず。何か分かり次第、ご連絡します」
深く一礼した、その時。
夫人が一歩前に出て、私を見つめた。
「リリアーナ様は……殿下が、大切なのですね」
静かな声だった。
「……え?」
「今日のお姿を見て、そう感じました。そして――息子も、殿下を信頼していましたから」
「……夫人。必ず、オスカー様の無念を晴らしましょう」
次回、「第一王子からの贈り物」




