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病弱令嬢は、死にたくないので闇堕ち王子を甘やかします!  作者: ゆにみ
本編

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34/61

34、出発前夜(sideルキウス)

 冷たい石の牢獄。両手は鎖で繋がれ、鎖の擦れる音だけが響いていた。


 ――伯爵家次男殺害の罪。

 その名目で、俺は裁かれることになった。


 覚えはない。

 無実だ。完全な冤罪だ。


 だが、抗弁する暇すら与えられず、刑は決定した。


 ”僻地での戦争に参加”


 その宣告は、王妃の口から直接告げられた。


 「ルキウス。このような事態になり、残念です。話し合いの結果......あなたの刑が決定したわ」


 「僻地での戦争への参加よ」


 あの戦地は、かなり危険な場所と聞く。

 ......なるほど。これが目的か。


 「俺は、何もしていません」


 「でも証言や証拠もあるのよ? 現場にはあなたの私物が落ちていて、従者の証言もある。疑いようがないわ」


 「……はっ」


 思わず、乾いた笑いが漏れた。

 何が証拠だ。すべて、出来の悪い作り話じゃないか。


 間違いない。

 俺を嵌めたのは、この女だ。


 戦地で死ぬつもりはない。

 だが、やってもいない罪を背負わされるのは、我慢ならなかった。


 ――それに。


 脳裏に、一人の女性の姿が浮かぶ。


 (……リリアーナ)


 戦地に送られれば、数年は戻れない。

 その間に、彼女に何かあったら?


 異能もあの距離では、かなり体力を使う。

 戦闘中であることを考えると、すぐに駆けつけるのは難しい。


 (......何もできない)


 だから、この理不尽に従うわけには――。


 拳を握りしめ、顔を上げた、その瞬間。


 王妃は、思い出したように微笑んだ。


 「ああ、そうそう……」


 ゆったりとした足取りで近づき、まるで世間話でもするかのように、柔らかな声で続ける。


 「あなたの元婚約者……リリアーナ嬢だけれど......」


 胸の奥が、嫌な音を立てて軋んだ。


 「あの子、とても可愛いわよね」


 その一言で、全身の血が冷えた。


 王妃は、こちらの反応を楽しむように目を細める。


 「だから、ちゃんと見張りをつけていてね」


 微笑みは変わらない。

 けれど、その声は底知れなく冷たかった。

 

 「いつでも......彼女のことは狙えるのよ」


 「......は?」


 喉から絞り出した声に、王妃は小さく笑う。


 「ふふ。ルキウス......あなたが了承しなければ、彼女がどうなるのか......理解したわね?」


 爪が、手のひらに食い込む。

 だが痛みは、感じていなかった。


 八方塞がり――まさに、それだ。

 ここまで露骨でありながら、証拠はすでに揃えられている。


 無実を証明する証拠は、ない。

 やっていないことを証明するほど、難しいことはないのだ。


 ――くそ。


 「......従います」


 「罪を認めるのね?」


 「......はい」


 せめて、彼女だけは守らなければならない。

 俺の答えに、王妃は満足そうに微笑み、踵を返した。


 残された俺は、静かに手のひらを開く。


 そこには、血が滲んでいた。

 それでも、何も感じなかった。




 ***




 戦地へ送られる日程は、驚くほど早く決まった。


 (まるで、初めから準備していたかのようだな)


 思わず、嘲笑が溢れた。


 俺は明日の早朝に、王都を発つ。


 その前に、どうしても会いたかった。


 だが、最後に交わした言葉を思い出す。

 婚約破棄。

 決定的な別れ。


 合わせる顔など、あるはずがない。


 それでも――俺は、ここに来てしまった。


 寝台の上で、静かな寝息を立てる彼女。

 俺は眠っているリリアーナの元へ、異能を使ってやってきたのだ。


 起こさぬよう、そっと手を包み込み、癒しの力を流し込む。


 (……今は、これくらいしかできない)


 どうか、次に会う時まで、無事でいてくれ。

 そう願いを込めながら、手をそっと離した。


 彼女の寝息は穏やかで、苦しそうではない。

 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 本当は、起こしてしまいたい。

 だが――起こしてしまえば、きっと止まれない。


 だから、耐える。


 身をかがめ、指先で彼女の髪に触れた。


 「……待っていてくれ」


 必ず、生きて帰ってくる。


 ほんの一瞬、抱き寄せたい衝動が胸を掠めた。

 それでも、俺は必死に堪えた。


 (リリアーナ......一目だけでも、顔が見られてよかった)


 彼女の髪に、そっと口づける。

 また、君に会えたら……その時は、今度こそ伝えるよ。


 ――俺の想いを。


 彼女は、何も知らずに眠っている。

 それでも――この夜の温もりだけは、きっと忘れない。

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