33、敵か味方か
王妃との話を終え、王宮の長い廊下を一人歩いていた。
できることなら、このまま誰にも会わずに帰りたかった。
胸の奥に重たいものを抱えたまま、人と会話をする余裕はない。
――そう思った矢先。
前方から、金髪の青年がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
(レオナード殿下……)
正直、最悪のタイミングだと思った。
今日はもう、誰にも会いたくないと思っていたのに。
でも、すれ違った以上、王族を無視するわけにはいかない。
「また会ったね、リリアーナ嬢」
「ごきげんよう。レオナード殿下」
形式的に礼を取ると、殿下は柔らかな笑みを浮かべる。
「ルキウスとのこと……聞いたよ。大変だったね」
その言葉が、胸の奥を静かに抉った。
同情なのか、探りなのか。
この人が何を考えているのか、相変わらず掴めない。
敵か、味方か。
――それとも、中立なのか。
「いえ……私は、そんな……」
言葉を濁すと、殿下は少し困ったように肩をすくめた。
「それに、母上がすまないね。君のことを気に入ったみたいだ。どうも、僕と君をくっつけたがっている」
「……それは、私も感じていました」
というより、はっきり言われている。
会うたびに婚約の話を持ち出されるのは、正直、息が詰まる。
それに――
私はもう、ルキウス様以外の方と婚約する気にはなれない。
けれど私は公爵令嬢。
婚約という責務から、永遠に逃げられるわけではない。
だけど――
ルキウス様の異能を受けられなくなった今、身体が以前の状態に戻るのは明白だった。
また寝込み、熱に浮かされる日々が来る。
(……私は、この先長くはない)
そんな私に、未来の婚約など――。
レオナード殿下は、私をじっと見つめたあと、ふっと表情を緩めた。
「でもね。当人の気持ちが一番大事だと思っている。無理に進めるつもりはないよ。安心して?」
「……はい」
その言葉は穏やかで、誠実に聞こえた。
さすがは正統派の第一王子。
思わず、信用してしまいそうになる。
――けれど。
この人も、結局は王妃側の人間だ。
……王妃側。
ふと、胸の奥で何かが噛み合った。
(もしかして……この方に近づけば)
ルキウス様の濡れ衣について、何か掴めるかもしれない。
……少しくらい、愛想を振り撒いてもいいのかもしれない。
「しかし……ルキウスも、どうしてあんなことをしたのだろうね」
その一言に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
違う。
ルキウス様は、絶対に無実だ。
殺人なんて、するはずがない。
殿下も、周囲の人々も、
簡単に新聞の記事を信じてしまう。
――私だけは、信じる。
「……私は、ルキウス様を信じています」
その瞬間、殿下の目がわずかに見開かれた。
「……そうか」
短い沈黙。
殿下は一度視線を逸らし、淡々と告げる。
「とりあえず、彼は近日中に王都を経つ。無実であれば……きっと生き残るさ」
その口調は冷静で、どこか他人事のようにも聞こえた。
(やっぱり……いまいち掴めない)
レオナード殿下は、何を知っていて、何を知らないのだろうか。
殿下は手をひらりと掲げて、その場を後にする。
廊下には足音だけが、静かに遠ざかっていった。
次回、ルキウス視点




