32、ルキウス様が拘束された?
ルキウス様との婚約破棄が、新聞に大きく取り上げられた。
朝食の席で、何気なく目を通したその紙面を――
私は、最後まで読み切ることができなかった。
そこに書かれていた内容が、あまりにも現実離れしていたからだ。
”ルキウス第二王子、側近である伯爵家次男殺害の罪で拘束”
”フランヴェール公爵令嬢との婚約、正式に破棄”
......え?
一瞬、文字の意味が頭に入ってこない。
指先が、かすかに震えた。
「……殺、人……?」
思わず声に出してしまってから、慌てて口を押さえる。
ルキウス様が、殺人罪?
ありえない。
胸の奥が、ひどくざわつく。
彼は確かに冷酷で、危うくて、感情の扱いが不器用な人だ。
でも――人を、殺すような人じゃない。
原作で彼が国を崩壊に追い込んだのは、
すべてに絶望し、投げやりになった“その後”の話だった。
(……今は、そこまで追い詰められていないはず……)
なのに。
視線が、もう一度、見出しへ戻る。
側近である伯爵家の次男。
――彼は、ルキウス様の傍にいつも控えていた人物だ。
静かで、忠実で、必要以上に前へ出ない。
そんな彼を、殺す理由なんて。
「……そんなはず、ない……」
喉が、ひくりと鳴る。
その瞬間、嫌な考えが胸をよぎった。
(……もしかして……私の、せい?)
婚約破棄で、追い詰めてしまった?
私が拒んだから、やけになって――?
でも。
「……違う……」
小さく、首を振る。
婚約破棄を言い出したのは、ルキウス様だった。
あの人自身の言葉で、私を突き放したのだ。
それに。
側近の彼とは、そこそこ信頼関係を築いていたはずだ。
衝動で殺す?
そんな雑な真似を、あの人がするわけがない。
――嵌められた。
その結論に行き着いたとき、背筋が冷たくなった。
(……王妃)
浮かんだのは、ただ一人。
新聞を握る手に、思わず力が入る。
紙が、くしゃりと音を立てた。
「……許さない……」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
これは、偶然なんかじゃない。
――私は、知らないうちに
取り返しのつかない渦の中心に、足を踏み入れてしまっていたのだ。
新聞を読み終え、まだ胸のざわつきが収まらないうちに――
王妃からの手紙が届いた。
***
私は今、王妃と対峙している。
案内されたのは、庭園ではなく応接室だった。
柔らかな調度品と、静かな空気。
まるで、何も起きていないかのように。
「ふふ、いい判断だったわね。リリアーナ嬢」
「......どういう意味ですか?」
私は、王妃を真っ直ぐに見つめた。
「......あら。もう取り繕うのはやめたのね」
「意味がないと思いましたので」
「賢い子は好きよ。――でも、まさかルキウスが罪を犯すなんてね」
王妃は、残念そうに首を傾げる。
「婚約破棄して、正解だったわ」
「......ルキウス様は、そんな人じゃありません」
直感が告げている。
これは王妃の仕業だと。
でも、証拠がない。
ここで踏み込めば、今度は私が王家侮辱罪で拘束されてしまう。
今は――探るしかない。
「でもね。これが現実なの」
王妃は、静かに微笑んだ。
「だから、あの子にはそれ相応の罰を受けてもらうわ」
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。
「僻地での戦争に参加してもらうの」
「強ければ生き残る。弱ければ死ぬ。成果を挙げれば英雄にすらなれる」
「刑としては……甘いくらいよね?」
柔らかな声で、なんてことのないように告げられる残酷な宣告。
(戦争って......!)
そこは、派遣された兵が半数も戻らないと噂される戦地だ。
そんな場所に――ルキウス様を。
思わず、拳に力がこもる。
けれど今の私は、彼を庇うことすらできない。
濡れ衣だと証明する手段が、何ひとつない。
「......そうですね」
一瞬、王妃が目を見開き、すぐに満足そうに微笑んだ。
「一度は愛した相手だものね。悲しいわよね。でも、あっさりと婚約破棄に応じてくれたのは意外だったわ」
「......王妃様に言われたからではありません。自分の意思で、決断したことです」
「ふふ。私にとっては、どちらでもいいのよ。事実が大事なのだから」
そして、何気ない調子で続けられる。
「そうそう。レオナードとの婚約は、考えてくれたかしら?」
「私には相応しくありません。殿下は王位を継がれるお方ですし……」
「身体も弱い、と?」
王妃は微笑んだまま、言葉を重ねる。
「でも、最近は調子がいいと聞いているわ。この間のパーティーでも、最後まで参加していたでしょう?」
逃げ道を、一つずつ塞がれていく感覚。
「……他に、素敵なご令嬢がいらっしゃると思います」
「今は、そういうことにしてあげるわ」
王妃は、優雅に立ち上がった。
「また……お話ししましょうね、リリアーナ嬢」
――こんなのは、二度とごめんだ。
そう思いながら、胸の奥で
ただ一人の無事を、必死に祈っている自分に気づいてしまった。
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