31、運命のいたずら(sideルキウス)
リリアーナと話したあの日から、三日が経った。
この三日間、きちんと眠れた覚えはない。
目を閉じれば、あの時ことばかりが浮かんでくる。
気づけば夜明けを迎えていて、指先が冷えていることに、ようやく気づく。
振り返ると、その時の俺は冷静ではなかった。
兄上とふたり向き合うリリアーナ。
それを目にした瞬間、自分でも理解できないほどの苛立ちが胸を突き上げた。
それだけなら、もしかしたら王妃の差金かもしれないと理解できた。
それでも。
彼女の口から、あの言葉を聞いた瞬間、すべてが崩れ落ちた。
「……離れた方が、お互いのためだと思うんです」
頭が、真っ白になった。
怒りとも恐怖ともつかない感情が、どす黒く渦を巻く。
抑え込んできたものが、一気に溢れ出した。
……分かっていたはずだ。
彼女が、俺を恋愛感情で愛しているわけではないことくらい。
それでも。
彼女は、俺の異能を必要としていた。
そして俺も、いつの間にか彼女を心の拠り所にしていた。
互いに必要としている。
それだけで、十分だと思っていた。
だから、離れるはずがないと――勝手に、思い込んでいた。
それなのに。
気づけば、彼女は距離を取るようになっていた。
(……は? 何故だ)
理解できなかった。
受け入れる準備など、できていなかった。
だから俺は、感情のままに彼女を追い詰めた。
治療という名目で、口づけた。
本当は――離したくなかった。
失う恐怖から、目を逸らしたかっただけだ。
次第に深くなり、俺自身も昂っていた。
だが、それは彼女にとって――恐怖でしかなかったのだろう。
はっきりとした拒絶。
突き飛ばされた瞬間、我に返った。
……あれ以上、進まなくてよかった。
もし止められていなければ、取り返しのつかない一線を越えていた。
それだけは、今なら分かる。
それでも、あの時の俺は冷静ではいられなかった。
拒絶されたという事実が、思考を塗り潰した。
だから、あんな言葉を吐いてしまった。
「もういい。婚約破棄しよう。リリアーナ」
本心じゃなかった。
本当は離れたくなかった。
彼女に拒絶されたショックで、ほとんど衝動によるものだった。
そのまま、彼女を異能で公爵家へ送った。
そして、やけになって婚約破棄の書類まで転送した。
……あんなのは話し合いを放棄した、愚かな行為だ。
愛想を尽かされても、文句は言えない。
自室の窓辺に立ち、外を眺めながら小さく息を吐く。
あの時、俺に必要だったのは力でも異能でもない。
ただ、冷静さだった。
俺は自惚れていたのだ。
必要とし合っているのだから、離れない。
そんな都合のいい幻想に、甘えていた。
――愛している。
そう呼んでいいのかすら、分からなかった。
それでも、この感情に他の名前をつけられなかった。
だが、その思いを俺は、一度も彼女に伝えていなかった。
対話が、致命的に足りなかった。
(……もう、間違えない)
想いを伝えよう。
その上で拒絶されるなら、それは俺の自業自得だ。
婚約破棄の書類は、まだ提出していない。
そう思い、机に向かって保管していた書類を探す。
だが。
「……ない。どこだ?」
嫌な汗が額を伝う。
従者を呼び、確認すると――返ってきた言葉は冷酷だった。
「すでに提出され、婚約破棄は成立しております」
「――は?」
提出など、していない。
明らかに故意によるものだ。
浮かび上がるのは、あの忌まわしい赤髪の女――王妃だった。
怒りのまま、部屋を出ようと扉に手をかけた、その瞬間。
扉が開き、騎士たちが雪崩れ込んできた。
「ルキウス殿下。貴方に逮捕状が出ています」
理解できなかった。
裁かれる覚えなど、ない。
(……どうせ、王妃だ)
抵抗する間もなく拘束され、連行される。
――ようやく、リリアーナと向き合おうとした、その矢先に。
なんて、残酷な巡り合わせだ。
ブクマ&評価ありがとうございます!
とても励みになります!




