26、王妃との対峙
「ルキウス様に……嘘をついてしまったわ……」
自分の声が、ひどく情けなく聞こえた。
つい先ほど、ルキウス様は公爵家を訪れていた。
けれど私は――外出中だと告げさせ、門前払いをさせてしまったのだ。
(まさか、直接訪ねて来られるなんて......)
彼と顔を合わせなくなって、二週間。
それらしい理由を並べては、会うのを避け続けてきた。
……あまりにも、急すぎるだろうか。
そう思わないわけじゃない。
婚約破棄を考えているのなら、きちんと向き合って話すべきだということも、頭ではわかっている。
けれど。
ルキウス様に恋をしてしまった私は、彼の前で冷静でいられる自信がなかった。
縋るように見つめられたら。
弱さをさらけ出されて、甘えられたら――きっと、受け入れてしまう。
……本当に、ずるい人間だ。
それでも、このまま逃げ続けるわけにはいかない。
そろそろ、ちゃんと会って話さなければ。
そんなことを考えていた、その時だった。
私のもとに、一通の手紙が届けられたのは。
(……ルキウス様?)
差出人の名を確認して、すぐにそれが違うとわかる。
――ヴァレリア・アウレリウス。
王妃の名を目にした瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
ルキウス様が襲撃事件で称賛され始めた、このタイミング。
何もないはずがない。
(……何か、あるわね)
無意識のうちに指先に力が入り、手紙はぐしゃりと歪んでいた。
ルキウス様と向き合わなきゃと思っていた矢先だったけれど――
まずは、王妃からね。
***
翌日、私は王妃に招かれ王宮へ向かう。
(......ルキウス様に、会わないかしら)
彼を避け続けているにもかかわらず、何の断りも入れず王宮へ来ている。
もし鉢合わせでもしたら、不審に思われるに決まっている。
胸の奥がざわついたまま、案内役の侍女について歩く。
だが、前回と同じく通されたのは庭園だった。
人影はなく、静かな空気が広がっている。
(よかった......ルキウス様に会わなかったわ......)
私は小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。
……とはいえ、油断はできない。
これから対峙する相手は、狡猾な王妃なのだから。
庭園の中央には、白いテーブルがひとつ。
そこに王妃は、すでに腰掛けていた。
優雅に紅茶を口に運ぶ仕草は、思わず見惚れてしまうほど美しい。
赤い髪が、風に揺れて柔らかく光る。
(……相変わらず、完璧だわ)
私は一歩前に進み、丁寧に一礼する。
「この度はご招待いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。急だったのに、来てくれてありがとう」
「......いえ、光栄ですわ」
「ふふ。可愛い子ね。――それに、この前は災難だったわね。ルキウスが助けてくれたのでしょう?」
......やっぱり、この話題だった。
王妃の微笑みは柔らかいのに、視線だけが鋭く私を射抜いてくる。
試されている――そんな感覚が背筋を走った。
「......はい。おかげ様で、大事に至らずに済みました」
「世間での彼の評価も、ずいぶん変わってきているわね」
「そうなのですか? 私、世間に疎くて......」
「まあ。以前も、一目惚れと言っていたものね」
「......お恥ずかしいです」
王妃は、終始表情を崩さない。
何を考えているのか、まったく読めず――それがひどく不気味だった。
そして、カップを置いた王妃が、穏やかな声で告げる。
「それで本題なのだけれど......」
その一言で、空気が変わった。
「ルキウスと婚約破棄してちょうだい」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「ふふ、いい顔ね。代わりに、新しい婚約者も用意してあげるわ。――そうね、レオナードとか」
「い、いきなり何を仰って……」
「あらあら。仮面が崩れてきたわね」
王妃の視線が、愉しげに細められる。
「あなた、無垢な振る舞いをしているけれど……本当は、ずいぶん賢いでしょう?」
喉が、ひくりと鳴った。
「だけど、ルキウスが大事なのは――本物みたいね」
その一言で、胸の奥を掴まれた気がした。
「そうね……あなたが了承しなければ、大事な彼の命が……どうなるか、わからないわね?」
にこやかな声で、残酷な言葉を紡ぐ。
「けれど、私も鬼じゃないわ。ゆっくり考えてちょうだい。――いい返事を、待っているわ」
そして、思い出したように付け足す。
「あ、そうそう。ちょうどね、レオナードも呼んでいたのよ」
「……え?」
「入ってらっしゃい、レオナード」
「はい、母上」
返事が聞こえてくると同時に、金髪に、金眼の青年が入ってきた。
その姿を見て、私は言葉を失った。
王妃は満足そうに微笑み、立ち上がる。
「ふふ。二人とも、仲良くね」
本当に、急すぎる。
レオナード殿下との対面〜




