25、もう、離れるしかないわ
リリアーナは自室で、ひとり立ち尽くしていた。
窓辺に寄り、手すりに指先を添えたまま、公爵家の庭園をぼんやりと見下ろす。
手入れの行き届いた草花。
穏やかな風。
ここだけ切り取れば、何ひとつ不安など存在しないかのようなのに。
「……本当に、大丈夫なのかしら」
思わず零れた呟きは、誰にも届かないはずなのに、胸の奥に重く残った。
気がかりなのは、王妃の動向。
そして――ルキウス様との距離。
彼は、確かに私に心を許してくれている。
でも、それは必ずしも恋情から生まれたものだとは限らない。
無能王子として蔑まれ、必要とされず、命さえ狙われ続けてきた人。
そんな彼の前に、突然現れた「力を必要とする存在」。
私が――そうだった。
守る理由ができた。
必要とされる理由ができた。
それが、使命感なのか、執着なのか……境界は、あまりにも曖昧だ。
それを作り出したのは、紛れもなく私自身だった。
それなのに。
一緒に過ごす時間の中で、私は彼に恋をしてしまった。
膝に乗られ、縋るように見つめられ、触れられるたびに――胸があたたかくなる。
嬉しい。
確かに、嬉しい。
……でも。
こんな関係、望んでいなかった。
彼を癒しているつもりで、縛っているのではないか。
寄り添っているつもりで、依存させているのではないか。
過去の自分の行動を思い返すたび、胸の奥が苦しくなる。
普通に、恋として距離を縮めていれば。
利用するような形ではなく、ただ想い合うだけなら――
こんなにも、後悔しなくて済んだのに。
それに、最近のルキウス様は……明らかに変わっている。
生きるために、自分の能力を隠し、無能を演じてきた人。
それなのに今は、私のためなら、躊躇いもなく仮面を外しそうで。
――私が、彼の努力を壊している。
もし、このまま王妃に目をつけられて。
再び命を狙われるようなことになったら……?
「……そんなの、嫌……!」
思わず声が震えた。
ルキウス様がいなくなるなんて。
そんな未来、耐えられるはずがない。
「......やっぱり」
私は、彼のそばにいるべきじゃない。
守っているつもりで、危険に晒すくらいなら。
救っているつもりで、彼の人生を歪めるくらいなら。
――離れるしかない。
自室でひとり、リリアーナは静かにそう結論づけていた。
***
フランヴェール公爵家の門の前で、ルキウスはひとり立ち尽くしていた。
最近、リリアーナから届く手紙が、どこかよそよそしい。
返事は来る。だが、文面が淡泊で――
以前のような温度がない。
かつては必ず添えられていた、
「次はいつお会いできますか?」
その一文も、いつの間にか消えていた。
違和感を覚えながら、今度は俺から会う日を尋ねた。
返ってきたのは、
「兄との先約があって……」
「最近体調が良く、学問の師が頻繁に来ていまして」
そんな、もっともらしい理由ばかり。
(……おかしい)
彼女は身体が弱い。
予定を詰め込むような真似は、決してしないはずだ。
これは――
明らかに、俺を避けている。
「……なぜだ」
自分でも驚くほど低い声が、喉から落ちた。
もう、俺の癒しは必要ないのか?
二週間、彼女に触れていない。
本来なら、寝込んでいてもおかしくない日数だ。
会う約束が取り付けられないのなら。
(……行くしかない)
そう決めて、ここに来た。
従者にリリアーナへの取り次ぎを頼み、待つ。
だが返ってきた言葉は――
「リリアーナ様は、外出されております」
「……そうか」
本当に、予定が立て込んでいるのか?
そう思いかけた、その時。
公爵家の窓辺に、
見慣れた桃色の髪が、一瞬だけ揺れた気がした。
(……リリアーナ?)
視線を戻すと、目の前の従者は明らかに動揺している。
泳ぐ視線。額に浮かぶ汗。
「――はっ」
乾いた笑いが、自然とこぼれた。
そういうことか。
つまり――
リリアーナ。
君は、俺に会いたくないんだな。
胸の奥には、黒く酷い感情が重くのしかかっていた。
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