24、これって……甘えられているのよね
今日もルキウス様は、フランヴェール公爵家を訪れていた。
そして彼は、いつの間にか定位置になってしまった、私の膝の上にいる。
私が少しでも身じろぎすると、彼は小さく息を吸い、逃がさないように腕に力を込めた。
「……動くな」
囁くような声に、思わず肩が跳ねる。
彼はゆっくりと手を上げ、私の頬に触れた。
指先が、確かめるようになぞる。
冷たいはずの指なのに、触れられた場所からじんわりと熱が広がっていく。
あまりにも自然で、あまりにも躊躇がなくて。
胸が、どくん、と大きく脈を打った。
「リリアーナ。君が無事で、本当によかった」
その言葉と同時に、親指が頬骨の下をなぞる。
その手には、存在を確かめるような重みがあった。
金色の瞳は縋り付くようで――
公爵家の馬車襲撃事件以来、ルキウス様はずっと、こんな調子だった。
「......本当に、心配をかけてごめんなさい」
そう言うと、彼は小さく息を吐いた。
「目の届くところにいて欲しい」
懇願するような声音に、胸が締めつけられる。
「......はい」
頬を撫でていた手が、名残惜しそうに滑り落ちる。
けれど離れることはなく、そのまま私の手を包み込んだ。
指と指が絡まるほど近く。
逃げ場なんて、最初からない。
……常に、どこかが触れ合っている。
(これって……甘えられている、のよね)
思った以上に、ルキウス様は私に寄りかかっている。
そう気づいた瞬間、胸の奥が、ひどくあたたかくなった。
――同時に、自分の心の浅ましさにも気づいてしまう。
私も、なかなか質が悪いのかもしれない。
けれど、どうしても気になることがあった。
「ルキウス様。最近、王宮では……穏やかに過ごせていますか?」
「......どういう意味だ?」
「いえ、その……前から思っていたのですが、ルキウス様は“無能王子”を演じていましたよね。今回の事件で、評価が変わってしまって……迷惑になっていないかと……」
「......気づいていたのか」
金色の瞳が、わずかに見開かれる。
「昔はな。自分の身を守るために、無害な存在でいる必要があった」
静かな声で、淡々と。
「だが、俺も強くなれるように努力してきた。もう、あの頃のように黙ってやられるつもりはない」
「だから、気にするな」
その声音は、確かに力強かった。
けれど――どこか、以前よりも熱を帯びている気がして。
「……君を、守れたことを誇りに思うよ」
真っ直ぐな言葉が、胸に突き刺さる。
――でも。
(本当に……大丈夫なの?)
胸騒ぎだけが、どうしても消えてくれなかった。
「ルキウス様......」
「だから、そんな顔をしないでくれ」
こんなにも、真っ直ぐに私のことを思っていてくれている。
それがわかるからこそ――過去の自分が、どうしようもなく醜く思えた。
生きるために、彼に近づいた。
彼の立場も、優しさも、利用してきた。
その事実は、どんな理由があっても消えない。
(今更、ルキウス様が好きなんて言ってもね......)
彼の想いが純粋であるほど、今の自分が、ひどく汚れているように感じてしまう。
――こんな私が、彼の隣に立っていいの?
最初は、生きるために近づいた。
今も、長生きしたい、その想いは変わらない。
でも、ルキウス様を好きになってしまった。
だからこそ、彼を利用してまで生きたいとは思わない。
……それなら。
彼の隣にいる資格は、もう――ないのかもしれない。
リリアーナの頭にはそんな考えが、こびりついて離れなかった。
拗れてまいりました。




