23、病弱令嬢を……殺す?
公爵家の馬車が強盗に襲われた事件は、翌日には新聞の一面を飾っていた。
しかも、その内容は――
私たちを案じるものというより、明らかにルキウス様を称賛する記事だった。
紙面に並ぶ大きな見出し。
”実は強かった第二王子”
”婚約者の危機に公務を異常な速さで終わらせた”
”愛のために覚醒した王子”
……どれも、事実ではある。
けれど、胸を張って喜べる内容ではなかった。
「…………」
新聞を持つ手が、わずかに震える。
今まで“無能王子”として蔑まれてきたルキウス様。
その評価が、たった一件の出来事で――音を立てて覆されていく。
(これ、喜んでいい話じゃない……)
そう気づいた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
ルキウス様は、生き延びるために無能を装ってきた。
目立たず、警戒されず、ただ静かに。
それなのに。
この新聞は、まるで逆だ。
彼を――光の下へ、引きずり出している。
(もし、この件がきっかけで……)
脳裏に、ひとりの女性の姿が浮かぶ。
王妃ヴァレリア・アウレリウス。
狡猾で、冷酷で、そして――決して甘くない人。
もし彼女が、この変化に気づいたら?
――気づかないはずがない。
そう思った瞬間、血の気が引いた。
「どうしよう……」
小さく呟き、新聞を胸に抱きしめる。
喜んでいる場合じゃない。
これは、ルキウス様が積み重ねてきた努力を、すべて無駄にしかねない。
(……でも、ルキウス様も、わかっているはずよね)
あの彼が、考えなしに動くはずがない。
今回はきっと――
“愛の力で普段以上の力を出してしまった”
そういう形で、なんとか誤魔化せる……かしら......?
……無理がある?
そう思った瞬間、胸の奥の不安が、はっきりと形を持った。
リリアーナ・フランヴェールは、深く頭を悩ませていた。
***
一方、その頃。
王宮――王妃宮。
「……ふぅん」
低く、含みのある声が響く。
王妃ヴァレリア・アウレリウスは、話題の新聞を手に、優雅に微笑んでいた。
「実は強かった第二王子、ね……」
紙面をなぞる指先は、どこまでも滑らかで。
「今までは“無能だから”と見逃してあげていたけれど……」
そっと新聞を机に置く。
「やっぱり、能力を隠していたのね」
金色の瞳が、冷たく細められた。
「それに……」
次に視線を落としたのは、記事の中のひとつの名前。
「リリアーナ・フランヴェール」
静かに、しかし確かに――不快そうに。
「ただの病弱で、夢見がちな公爵令嬢だと思っていたけれど……思いのほか、ルキウスに影響を与えているようね」
唇が、かすかに歪む。
「最近のルキウス、ずいぶん楽しそうで……以前は決して見せなかった、あの穏やかな表情」
ふっと鼻で笑った。
「……腹立たしいわ」
一瞬、思案するように視線を宙に彷徨わせてから。
「リリアーナ・フランヴェールを……殺す?」
だが、その考えはすぐに捨てられる。
「いいえ。相手は公爵令嬢。しかも病弱で、屋敷からほとんど出ない……簡単じゃないわ」
そして。
何かを思いついたように、王妃の口元がゆっくりと吊り上がった。
「ああ……」
「そうね。婚約破棄させましょう」
楽しげに、甘く。
「ちょうどいいわ。レオナードの婚約者も、探していたところだもの。久々に、面白くなりそうね」
くすり、と笑う。
その笑みは、どこまでも優雅で――
どこまでも残酷だった。




