2、まずは、闇落ち王子に会いに行こう!
癒しの異能を持つ、第二王子ルキウスの存在を思い出し、胸の奥に居座っていた不安が、わずかにほどけた気がした。
世間で彼は、無能王子と蔑まれている。
第一王子と比べれば無口で、剣術も勉学も、すべてにおいて劣っていると。
――けれど、原作を読んだ私は知っている。
それが、偽りの姿だということを。
ルキウス・アウレリウスは、生まれながらの天才だ。
幼少期にその片鱗を見せたがゆえに、第一王子の母である王妃から命を狙われるようになった。
だから彼は、生きるために無能を演じている。
異能を隠しているのも、そのためだ。
「……でも、まずはルキウスに会わないとね」
原作で、ルキウスとセラフィナが出会うのは五年後。
辺境伯令嬢であるセラフィナは、まだ王都にいない。
「うーん、でもどうしよう……、あっ、セラフィナの役割を、奪っちゃえばいいのでは……?」
ズルいのかもしれない。汚いのかもしれない。
でも、それでも私は……生きたいの。
「これは、生きるための選択なのよ……!」
彼を手懐けなければ、私は長くは生きられない。
もしそれが叶ったなら――
本来、私の死をきっかけに始まるはずだった、お兄様とセラフィナの出会いに、影響が出るかもしれない。
「……でも、命の方が大事に決まっているわ」
それに。
もしお兄様とセラフィナが、本当に運命の相手なのだとしたら。
私が死ななくたって、きっと出会うはず。
私はそう自分に言い聞かせ、何度も頷いた。
ちょうど、もうすぐ建国祭が開かれる。
そこに、ルキウスも参加するはずだ。
「待ってなさい……ルキウス殿下……」
***
あっという間に、建国祭の日が訪れた。
体力の少ない私は、普段は小規模なパーティーには参加しない。
出席するのは、国の行事などの大きな式典だけだ。
今日も、コルセットは緩め。
ドレスは可能な限り軽く仕立ててもらい、専用の席も用意されている。
「大丈夫か、リリー。辛かったらすぐに言うんだよ」
兄にエスコートされながら、会場へと足を踏み入れる。
「ありがとう、お兄様」
頭上から降ってくる優しい声に、思わず苦笑する。
(……本当に過保護よね)
席に着いた瞬間、会場がざわめいた。
視線が一斉に集まる先――
漆黒の髪に、金色の瞳。
第二王子、ルキウス・アウレリウス。
「見て、ルキウス殿下よ」
「本当に怖いわ……」
「それに無能でしょう? 第一王子と比べると……」
ひそひそと、遠慮のない声が耳に入る。
……不快だ。
何も知らないくせに。
噂話だけで、人を決めつけて。
気づけば腕に力が入っていたらしく、兄が心配そうに覗き込んでくる。
「リリー、どうした?」
「なんでもないわ」
「……そうか。じゃあ、俺は挨拶に行ってくる。ここで待っているんだよ」
「ええ、心配しないで」
兄が席を立ち、私は一人になる。
その時だった。
視線の先で、ルキウス殿下が静かに会場を抜け、バルコニーへと向かうのが見えた。
(……チャンスだわ)
原作では、彼はパーティーの場を好まず、よく一人でバルコニーに出ていた。
今回も、きっとそうだ。
私は従者の目を掻い潜り、席を離れた。
そっとバルコニーの扉を開けた瞬間、鋭い声が飛んでくる。
「――誰だ」
刺すような視線に、思わず身体が強張る。
それでも、ここで引くわけにはいかなかった。
「申し訳ありません。先客がいらっしゃるとは存じませんでした。リリアーナ・フランヴェールと申しますわ」
「……フランヴェール公爵令嬢か。それで、何の用だ?」
どくん、と心臓が強く脈打つ。
(……何を、疑われているの?)
ルキウスは腕を組み、指先で規則正しく腕を叩いている。
無言の圧が、じわじわと伝わってきた。
当然だろう。
彼は無能と蔑まれ、誰にも必要とされず、命を狙われ続けてきたのだから。
手のひらに、じっとりと汗が滲む。
どうしよう。
ルキウスと会ったら、何を話すか――何も決めていなかった。
それに、今日はいつもより長く動いている。
緊張のせいか、視界が少し揺れ始めた。
(……時間がない)
立っているのも、やっとだ。
(……これしか、彼の足を止める方法が思いつかなかった)
(ええい……!)
意を決し、逃げ場を断つように、私は真っ直ぐルキウスを見つめた。
「ルキウス殿下……あなたのことが、好きです!!」
「……は?」
間の抜けた声が、静かなバルコニーに響いた。
(……しまった)
言った瞬間に後悔する。
(どストレートすぎたかもしれない……!!)
お読みいただきありがとうございます!




