18、なんて甘い時間
「……婚約を、破棄しても構わない」
その言葉を向けられた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
私は、とにかく必死だった。
離れていってしまう気がして、怖くて、どうしていいか分からなくて。
――だから、縋るように言葉を重ねた。
「すき、です」とか、「一緒にいたい」とか。
今思えば、あまりにも必死で、拙い言葉ばかりだったのに。
「一緒にいてください……!」
必死な声でそう告げて、ルキウス様から「……ああ」と短い返事をもらえたとき。
どれほど、安堵したことか。
力が抜けた私は、そっと彼の手を握り、見上げる。
「......約束、ですよ」
「こちらこそ、だ」
そう答える彼の瞳は、金色の奥に、仄暗い影を宿しているように見えた。
ほっとした途端、視界がわずかに揺れる。
足元が頼りなくなるのを感じた、その瞬間。
ルキウス様は、慣れた手つきで私の身体を支え、そのまま、自然な流れで抱き寄せられる。
触れ合った身体の間に、温度が生まれる。
そして――
胸の奥へ、力が流れ込んでくる。
――いつもよりも、強い力。
心臓がどくん、と大きく跳ねて、身体がふっと軽くなった。
ルキウス様はゆっくりと私から離れ、まるで何もなかったかのように、酷く優しい表情を浮かべた。
「......君は、ひとりじゃ生きていけないんじゃないか」
「......そうかもしれません」
私は、彼の服を掴んだまま、囁く。
「だから……ずっと一緒、ですよ?」
「......分かっている」
そっと重ねられた彼の手は、
温かいのに、どこか重くて。
それはまるで、誓いのようだった。
***
その後、私たちは何事もなかったかのように会場へ戻り、
婚約披露パーティーは、無事に幕を閉じた。
けれど――
私たちの間の空気は、確実に変わっていた。
今日は、ルキウス様が公爵家を訪れる日だった。
庭園の奥、木陰に並んで腰を下ろす。
花々を見渡せる、開放感のある場所。
気づけば、私たちの手はずっと繋がれたままだった。
今までは、癒しの力を送るときにしか触れ合わなかったのに。
確実に、スキンシップが増えている。
「......嫌じゃないか?」
不意に、ルキウス様が尋ねる。
「そんなわけないじゃないですか。……嬉しいです」
息をひとつ吐いて、彼を見つめる。
「……もっと、って思うくらいです」
彼の息を呑む音がした。
そして、そのまま私の肩に、そっともたれかかってくる。
肩に顔を埋めるように、
擦り寄せるその仕草。
(う、うわぁ……)
心がぎゅっと掴まれるようだった。
それに――。
(かわいい……)
はじめて出会った時は、警戒心が強くて、近寄りがたい人だったのに。
今では、こんなふうに、無防備な一面を見せるなんて。
私は何も言わず、彼の頭にそっと自分の額を預けた。
二人の間に沈黙が落ちる。
なのに、不思議と落ち着く。
このまま、時間が止まってしまえばいいのに――そんなことを考えてしまう。
「……なんだか、落ち着くな」
「ふふ、私も同じことを思っていました」
視線が合う。
金色の瞳に、吸い込まれるようだった。
ルキウス様が、わずかに息を呑む。
あまりにも自然に、彼と私の距離が、縮まっていく。
伸ばされた指先が、触れるか触れないかの距離で止まり、迷うように揺れた。
私は、逃げなかった。
代わりに、彼の外套を、ぎゅっと握る。
――それが合図だった。
吐息が重なり、
次の瞬間、唇が触れ合う。
深くもなく、激しくもない。
ただ、確かめ合うような、静かな口づけ。
それでも、離れることを忘れてしまったみたいに、唇は、しばらくそこに留まっていた。
息が混じり、心音だけが、やけに大きく響く。
これは、衝動じゃない。
そして。
この一度で、もう戻れないことを――。
二人とも、きっと分かっていた。
なんて、甘い時間なのだろう。
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