17、嘘だと分かっているはずなのに(sideルキウス)
最初は、ただ監視をするためだった。
――リリアーナ・フランヴェール公爵令嬢。
必要に迫られ、彼女の前で癒しの異能を使ってしまった。
本来なら、この力は誰にも見せるつもりのなかったものだ。
俺は、これまで幾度となく命を狙われてきた。
始まりは、第一王子レオナードよりも才覚がある――そんな噂が立ったことだった。
王妃が危機感を抱くのに、十分すぎる理由だった。
やがて、二つ目の異能が目覚めた。
本来、王家の異能を持つ者は、王位を継ぐ資格を持つ。
それほどまでに、重く、価値のある力だ。
だが、俺には後ろ盾がない。
もし、この力の存在を知られたら――。
(……今度こそ、殺される)
背筋を冷たいものが走った。
俺は生きるために、選ばなければならなかった。
この力を隠すことを。
そして、生き残るために――演じることを。
無能王子を。
それは、想像以上に容易だった。
無気力を装い、才を隠し、期待に応えない。
王妃は満足したように、暗殺の手を緩めた。
世間はレオナードを称賛し、代わりに俺を嘲笑した。
だが、それでよかった。
生きてさえいられれば、それで。
第二王子として、衣食住は保証されている。
死ぬより、遥かにましだった。
――そう、思っていた。
リリアーナと出会うまでは。
彼女は、息をするように「好きだ」と口にした。
あまりにも自然で、あまりにも軽く。
当然、嘘だと思った。
真意がわからない。
それに、不本意とはいえ、癒しの異能を見られてしまった。
力を知られた以上、自由にされるのは危険だ。
ならば、いっそ手元に置くほうがいい。
そう判断して、婚約を結んだ。
……ただ、それだけのはずだった。
だが、彼女はあまりにも身体が弱かった。
会うたびに、苦しそうに息をし、顔色を失う。
見て見ぬふりができず、癒しの異能を使った。
最初は、ただ放っておけなかっただけだ。
けれど、関わる時間が増えるにつれ、彼女の人となりが見えてきた。
閉ざされた世界で、孤独を抱えて生きてきたことも。
……俺と、どこか似ている気がした。
それは、勝手な親近感だったはずなのに。
いつの間にか、使命感のようなものが芽生えていた。
共に時間を過ごすことに、居心地の良さも感じていた。
だから、柄にもないことを言ってしまったのかもしれない。
「俺は......案外、君のことが気に入っているらしい」
口にしてから、自分で驚いた。
こんな言葉を、俺が言う日が来るとは思わなかった。
誰にも必要とされず、無能王子と蔑まれてきた俺の力が、
彼女の命を、日常を、確かに支えている。
彼女にとって俺は必要なのだと――
そう錯覚するほどに。
気づけば、癒しの異能を使うことは苦痛ではなくなっていた。
むしろ、それが自分の役割なのだと、思ってしまうほどに。
そんな彼女は、今日も平然と、俺の心を揺らす言葉を口にする。
(……本当は、好きでもないくせに)
そう、線を引いているつもりだった。
それなのに――。
「すきです……!」
「一緒にいてください……!」
嘘だ。
わかっている。
彼女に必要なのは、俺ではなく、この力なのだろう。
それでも。
婚約を破棄しても構わないと告げた俺に、必死に縋ろうとする姿を見て――。
……騙されてもいい、そう思ってしまった。
彼女の言葉が嘘でもいい。
俺が必要だという事実さえあれば。
(……それで、よくないか)
気づけば、俺自身も囚われていた。
彼女を救っているつもりで、
実のところ、救われていたのは――俺のほうだったのかもしれない。
必要とされること。
それだけで、心が満たされていく。
だから、俺は答えてしまった。
「……ああ」
その瞬間、理解した。
もう、戻れない。
どんどんおかしな方向に……




