14、やっぱり原作と違う
思考に沈み込んでいると、ふいに頭上から声が降ってきた。
「大丈夫か?」
「あっ……すみません。大丈夫です」
「今日は、いつもよりぼーっとしているな」
「……緊張、ですかね」
咄嗟にそう誤魔化すと、ルキウス様は一瞬だけ考え込むような表情を浮かべた。
けれど、深く追及することはせず、すぐに穏やかな顔に戻る。
「そういうことに、しておこうか」
……やっぱり、誤魔化せてはいない気がする。
けれどこれ以上聞かれずに済みそうで、私は小さく息を吐いた。
そのときだった。
視線の先に、ひときわ目を引く銀色が映り込む。
――セラフィナ。
輝くような銀髪。
けれど、その表情はどこか切なげで、苦しそうにさえ見えた。
そして、彼女の視線の先にいるのは――
お兄様。
シアン・フランヴェール。
……なぜ?
まだ出会ってすらいないはずなのに。
どうして、あんな目で兄を見ているの……?
胸の奥に、じわじわと違和感が広がっていく。
「今日は、心ここにあらず、といった様子だな」
はっとして、顔を上げた。
「ル、ルキウス様……! すみません」
「本当に今日はどうした? 体調が優れないなら――」
「い、いえ……先ほど殿下に癒していただきましたし、大丈夫です」
「そうか。なら……いっそ、抱き抱えたまま過ごすか?」
「えっ……!? そ、それはやめてください……!」
ルキウス様は、首をこてんと下げながら、顔を近づけてくる。
「俺は構わないが」
「もう、恥ずかしいのは勘弁です!」
自分でも分かるほど、顔が熱い。
反対にルキウス様は、真顔で言ってのける。冗談のようにも聞こえない。
だけど、そんなやりとりが、自然と私の心を落ち着かせていた。
ついさっきまで胸を占めていた違和感が、嘘のように薄れていく。
そのとき、ゆっくりと足音が近づいてきた。
「あの……お話中に失礼いたします」
突然の声に、振り返る。
そこに立っていたのは――セラフィナだった。
そう認識した瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
「君は、ヴァレンシュタイン辺境伯令嬢だな。こちらまで遥々、感謝する」
ルキウス様の穏やかな声。
けれど、どこか距離を測るような、線を引いた響き。
セラフィナは一瞬だけ目を見開き、それからすぐに優雅な微笑みを浮かべると、裾を摘んで一礼した。
「お目にかかれて光栄です。ヴァレンシュタイン辺境伯家が娘、セラフィナと申します」
澄んだ声。
無駄のない所作。
――さすが、原作のヒロイン。
「先ほどは、お二人が仲睦まじくお話されているところを……失礼いたしました」
顔を上げたセラフィナの視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
兄のほうへ。
……気のせい、じゃない。
「構わない」
短くそう告げると、ルキウス様は自然な仕草で私の肩に手を添えた。
「こちらは、俺の婚約者だ。フランヴェール公爵家のリリアーナ」
「……フランヴェール公爵令嬢、リリアーナと申します。よろしくお願いいたします」
形式的な挨拶。
けれど、セラフィナの瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。
敵意はない。
むしろ――柔らかく、あたたかい。
「ルキウス殿下、リリアーナ様。この度は、ご婚約おめでとうございます」
そして、再び私を見る。
「……お会いできて、よかったです」
その声は、どこか安堵しているようにも聞こえた。
一瞬、泣きそうな顔をしていた――そんな様に見えて、胸がざわつく。
「あの、殿下……リリアーナ様と、少し二人でお話ししてもよろしいでしょうか」
ルキウス様はわずかに眉を顰め、私へ視線を向けた。
私は、小さく頷く。
「……許可しよう」
「ありがとうございます、ルキウス殿下」
そう言ってから、セラフィナは私に向き直り、微笑む。
「では、リリアーナ様……よろしくお願いいたします」
――これは、彼女の真意に触れるための、好機なのかもしれない。
私は、手を握りしめ、その拳にはぎゅっと力を込めていた。
ヒロインちゃん動きます!




