11、ヒロインの登場!?
あっという間に、私とルキウス様との婚約披露パーティーの日を迎えた。
朝、ルキウス様が屋敷まで迎えに来てくれた。
黒を基調とした正装に身を包み、胸元には桃色と水色の花が添えられている。
(もしかして、私の髪と瞳の色……?)
そう思ってしまった自分に、思わず頬が熱くなった。
今日はいつも以上に、彼が眩しく見える。
悪役とはいえ、王子で、物語の主要人物。
何より……とても整った顔立ちをしている。
初めて会った日に、勢いで「顔が好み」なんて告白してしまったけれど、
あれは決して嘘ではなかった。
(……本当に、かっこいい)
ルキウス様はゆっくりと歩み寄り、私と視線を合わせる。
「昨日は、ちゃんと休めたか?」
「はい。おかげさまで」
「今日は長くなる。リリアーナが倒れないよう、こまめに力は送る。だから――」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから。
「……俺のそばを離れるな。今日は一日、ずっと一緒だ」
そう言って、そっと手を取られる。
真っ直ぐな視線に、心臓が大きく跳ねた。
(これも……きっと、顔が良すぎるせいね)
自分に言い訳をするように、私はその手を、ぎゅっと握り返した。
***
会場に足を踏み入れると、煌びやかなシャンデリアが視界いっぱいに広がった。
人々のざわめきと音楽が混じり合い、胸が自然と高鳴る。
(いよいよ、始まるのね)
息を整えた瞬間、ルキウス様と目が合った。
彼の存在だけで、なぜか心が落ち着く。
「......行こうか」
「はい、ルキウス様」
扉が開かれ、エスコートされながら、階段をゆっくりと降りていく。
視線の先には、すでに多くの貴族たちが集まっていた。
階段の下で待っていたのは、二人。
赤髪の女性と、金髪の青年――
ヴァレリア王妃と、第一王子レオナード・アウレリウス殿下。
「二人とも今日はおめでとう」
王妃は柔らかく微笑む。
けれど、その笑顔の奥には、何も映っていないように見えた。
続いて、レオナード殿下が一歩前に出る。
「ルキウス、婚約おめでとう。リリアーナ嬢も。今日はお会いできて光栄だ」
爽やかで、完璧な笑顔。
人々から慕われるのも頷ける。
――けれど。
この人と比べられ続け、ルキウス様がどれほど傷ついてきたのかを思うと、胸の奥が、じくりと痛んだ。
それに、彼の苦しみの元凶である王妃......。
自ら、無能王子を演じて、選んだ道とはいえ、何も感じないはずはないのだから。
思わず、手に力が入る。
それでも、今は敵対してはいけない。
私はそっと微笑み、丁寧に一礼する。
「光栄ですわ。本日はありがとうございます」
「......感謝する」
対照的に、ルキウス様の返答は短い。
その声音には、隠しきれない警戒が滲んでいた。
「もう、ルキウスったら。今日くらい笑顔でいなさいな。怖いわよ?」
「努力します」
「......ふふ、相変わらずね」
王妃は満足そうに微笑んだ。
これまで、こうして生き延びてきたのだろう。
――せめて、私だけは。
(ずっと......味方でいたい)
そっと、ルキウス様の袖を掴む。
「では、失礼します」
返事を待たず、彼は私の手を引いてその場を離れた。
「……私は、ずっと一緒にいますから」
小さくそう告げると、
「……ああ」
振り返らないまま返された声は、ひどく優しかった。
その時だった。
会場のざわめきが、ふっと色を変える。
「珍しいわね……」
「辺境伯領にいらっしゃるはずでは?」
「相変わらず、お美しい……」
ひそひそと交わされる声。
(……え?)
胸が嫌な音を立てて鳴る。
人々の声に、一人の人物が思い浮かぶ。
”セラフィナ”......?
――そんなはず、ない。
彼女が王都に現れるのは、私が死んだ後。五年後のはず。
視線の先に立っていたのは、
銀色の髪に、意志の強そうな紅い瞳。
間違えようがない。
セラフィナ・ヴァレンシュタイン辺境伯令嬢。
――原作のヒロイン。
どうして、ここに?
理解が追いつかないまま、
胸の奥に、冷たい不安が静かに広がっていった。
物語が動いてゆく……




