10、安心するのに、落ち着かない
湖の美しさに、心が洗われるようだった。
ふと、隣に立つルキウス様へ、視線を移す。
彼はまっすぐ前を見つめていた。
その横顔は、静かで――どこまでも真剣で、揺るぎがない。
――どくん。
胸の奥で、心臓が強く跳ねた。
(......え?)
なに、今の……?
理由も分からないまま、視線だけが彼から離れなくなる。
まるで、引き寄せられるみたいに。
その視線に気づいたのか、ルキウス様がゆっくりと顔を向けた。
「……どうした?」
「え、ええっと......」
その穏やかな表情に、ぶわりと熱が込み上げる。
頬だけじゃない。耳まで、じんじんと熱い。
(まって……急に、どうしたの、私……)
ルキウス様は一歩近づき、私の前に屈み込む。
「......体調が、悪いのか」
そう言って、手をそっと包まれる。
大きいのに、暖かくて。優しくて。
いつもは安心するあたたかな光、今日は......安心するのに、なぜだか落ち着かなくて。
でも、全然嫌じゃなかった。
ずっと、このままこうしていたい。
……そんなことを願ってしまう自分に、少しだけ、胸が痛む。
ルキウス様を利用している。その事実が、静かに心を刺していた。
***
その後も、少し二人で湖を眺めながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「……そろそろ戻ろうか」
体調を気遣うその言葉に頷き、屋敷へと戻る。
「リリーーーっ!」
馬車を降りた瞬間、勢いよく抱きつかれた。
――兄だった。
「大丈夫か? 気分は悪くないか? 怪我は?」
両肩を掴まれ、念入りに確認される。
「もう、お兄様......大丈夫よ」
「シアン殿も心配をかけたな。だが、外出中は常に体調に変化がないか目を配っていた。安心して欲しい」
「殿下......! 妹をありがとうございます......!」
兄が深く頭を下げる。
ルキウス様は、驚いたように目を見開いたまま、しばらく動けずにいた。
それもそうか。彼はまっすぐに、好意を向けられたことなんて......なかったはずだから。
「......本当に、いい兄妹だな」
ぽつりと呟かれたその声には、羨望とも、諦めともつかない響きが滲んでいた。
***
ルキウス様に見送られ、兄と二人きりになる。
「殿下と出会ってから、調子が良さそうだな」
「恋のパワーは偉大なのよ」
「……嬉しいけど、少し複雑だ」
「ふふっ」
思わず、笑みが溢れる。
「でも、リリーのそんな顔を見られたから殿下には感謝だな」
そして、兄は優しい笑顔を向け、私の頭をポンポンと撫でる。
「それにもうすぐ、二人の婚約披露パーティーもある。今日はゆっくり休んで」
「ありがとう、お兄様」
そう言葉を残して、兄は部屋を後にする。
……そうなのだ。
もうすぐ、私とルキウス様の婚約披露パーティーが行われる。
王妃とのお茶会は、何事もなく終わった。
でも、今回は……どうだろう。
今のところ、王妃には警戒されている様子は感じられないし……大丈夫よね?
それよりも、今回のパーティーは、いつもの様に途中離脱する訳にはいかない。
私とルキウス様が主役なのだから。
でも、きっと優しいルキウス様は、こっそり癒しの力を使ってくれるのでしょうね。
「ふふっ」
想像するだけで、心があたたかくなった。
不安と期待が入り混じる中で、パーティーは、静かに近づいていた。
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