運命の出会いには勝てないのか
「なぁ。あそこにいるのって」
「えぇ、私の婚約者よ。2人は『真実の愛』で私はそれを邪魔する婚約者なのよ」
「そう?婚約者の事を好きなの?」
「全然好きじゃないのよ。この婚約も向こうの家からの打診よ。顔も体型も好みじゃない」
窓の外の裏庭で婚約者のジョーダンと男爵令嬢のソーナンシーが仲睦まじく……抱き合いキスを交わしている。
先月、ぶつかった事がきっかけで互いに惹かれ合う男女。婚約者の目を盗み逢瀬を重ねる。
本人達は忍んでいるつもりなのだろうが、周囲はそうは思わない。逐一、私の耳へと逢瀬している事を教えてくれている。それは、きっと私の為ではない。愛し合う二人の為なのだろう。
「どうするの?」
「婚約を破棄するように手配済みよ」
「流石だね。ならさ、婚約が解消されたらキャロル、僕と婚約しない?」
「え?嫌よ」
「……なんで?僕は公爵だよ。ちなみに僕の婚約者は、あそこで君の婚約者とキスを交わしている女だ」
「趣味が悪い」
「仕方ないんだよ、ほら僕の家は名ばかりの貧乏貴族だから」
「うちのお金が目当てね」
「そうだよ。だってさ……このままだと没落しちゃう」
「…………」
窓を開けて叫ぶキャロル。
「おい、ジョーダンいい加減にしろ、お前の不貞で婚約破棄だ」
「キ……キャロル?」
「そこのお嬢さん、『真実の愛』なら堂々と裏庭で不貞はしないで、きちんと婚約を解消してから抱き合うなりキスをしろ」
窓を閉めるキャロルであった。そして振り返るとソーナンシーの婚約者であるルーベンスの髪は風でグチャグチャになっている。
「ププッ、髪が大変ね〜ルーベンス」
「突然窓を開けるからだ」
「しかし……。ルーベンスと婚約して私のメリットはあるの?」
「ん……そうだな。君だけを愛そう。浮気はしない」
「ありがとう。考えておくわ」
数日後キャロルとジョーダンの婚約はジョーダンの不貞が原因で破棄となった。そして期間を開けてルーベンスとの婚約が整った。ルーベンスもまたソーナンシーとの婚約が白紙となった。
2人が婚約をし半年が過ぎた。学園ではジョーダンとソーナンシーは『真実の愛』が勝ったと言われ婚約を結び祝福されていたのも束の間、時折喧嘩をする姿が見られるようになった。
一方、キャロルとルーベンスは燃え上がるような恋愛ではなく、穏やかな関係を続けていた。
ある日キャロルは中庭で一組の男女が見えた。
女性が落としたであろうハンカチを男性が拾い渡している場面であった。互いに見つめ合う二人、ハンカチを渡した後の二人は名残惜しそうにその場を離れたのだった。
その様子を近くで見ていたキャロルは急ぎ見を隠し、図書室へと向かう。
先程、学園の中庭で起きた、偶然の出会いの瞬間をキャロルは振り返る。そして窓の外を眺める。
「羨ましいわね」
「キャロル?何が羨ましいの?」
「ルーベンス……何でもないわ」
「そう?帰ろうか」
(キャロルは中庭での光景が頭から離れなかった。偶然の出会い、見つめ合う二人……これが『運命の出会い』なのね。それはきっと『真実の愛』へと向かうのかしらね)
時々、その男女を見る事になる。決して二人で逢瀬を重ねているのではない、すれ違うだけだ。二人の間に流れているのは何だろうか。時折、聞かれる噂は本当だろうか。
キャロルとルーベンスは卒業まで三ヶ月となった日、キャロルはルーベンスに伝える。
「ねぇ、ルーベンス……私と婚約を解消して」
「キャロル?突然何を言ってるの?僕達、上手くいってると思っていたけど」
「そうね……私が貴方を嫌いになったのではないのよ……ただルーベンスには幸せになってほしくてね」
「意味がわからない」
「大丈夫よ。私は隣国に留学するのよ。短い期間だけど。この国に戻るのは夏よ。ありがとうルーベンス。幸せだったわ。貴方はきちんと約束を果たしていたから。それじゃあ」
キャロルは理由を伝えないままに婚約を解消し、隣国へと向かうのだった。
ルーベンスはキャロルとの婚約が白紙となり一週間となった。キャロルは学園を休んでいる。そして、自分の周りに起きていた事を知った。
「先輩……あの少し時間を下さい」
「ん?君は……」
初めて会った場所に向かう二人。そして女生徒はルーベンスに話す。
「あの日から……ずっと好きでした」
「ん?あのさ……僕の事を?」
「あの日、ハンカチを拾ってもらい。私は先輩との運命を感じました。一目惚れです。私と付き合ってください」
「ん?あの……僕には好きな女性がいる」
「キャロル様ですね。婚約は解消したと聞きました。きっとキャロル様も私と先輩の噂を聞いて身を引いてくれたのだと思います」
「噂?」
「はい、私と先輩は『運命の出会いをした、真実の愛の相手』だと」
「その噂はいつから?」
「ハンカチを拾ってくれた日に、たまたま友人が見ていて、とっても素敵だったと友人達の話が広がって」
「そう……君はその噂を聞いて否定は?」
「え?とっても素敵な噂だったので、私も先輩とお付き合いできたらいいなと話しましたわ」
「…………」
「先輩……?」
「そう、噂か……知らなかった」
「キャロル先輩も知ってましたわ」
「どうして?」
「だって、あのハンカチの日にキャロル先輩はいましたの。そして、その場を後にしましたわ。私はキャロル先輩がルーベンス先輩を私にと思って、前もキャロル先輩の婚約者が他の女性といるのを見て婚約を解消しましたよね。きっとキャロル先輩は『運命の出会い』を運ぶ女神様よ。それにルーベンス先輩達は婚約を解消し、キャロル先輩は留学したのは私達が気を使ってくれたのではないでしょうか」
――――遡る時――――
「キャロル?本当にいいのか?」
「いいのよ。きっとルーベンスは私との約束を守っているのよ。可愛いらしい子よ。よければ、このまま援助を彼の家にしてて欲しいわ」
「しかし、本当にルーベンス君はその女性と?」
「わからないわ。でもね、彼女のお友達が何度もルーベンスを解放してあげてと何度も来るのですもの」
「きっとこれが『真実の愛』なのかしらね。そして、この国では私はいつまでも『真実の愛』を手助けする女なのかもしれないわ。隣国の叔母様の所に行くわ。そうね……一年位あればいいわ」
「わかったよ。ルーベンス君の両親にも伝えておくよ。で、いつ行くのかな?」
「明後日よ。叔母様には話は通してある。はい、手紙」
手紙には、キャロルは前回の婚約破棄で傷付いている。今回の婚約でもそれが引っかかっているのだろうから少しのんびり過ごすのもいいだろう。今の婚約者ともすれ違いがあるかもしれないから、婚約の解消は両家に任せてると。隣国でキャロルにいい人が見つかったら報告すると書かれていた。
「ふう、わかったよ。姉の所で少しのんびり過ごして来なさい。こちらの事は私達に任せてくれるね」
「はい、ありがとう……パパ」
そうして。一人の令嬢は隣国へと旅立った。
三年後、キャロルは21歳となっていた。
「帰るのが遅くなったわ」
自宅に着くキャロル。
「パパ、ただいま」
「キャロル、随分と長い休暇だったな」
「ふふっ、色々と学ぶ事があったのよ」
「まぁ、いい。お客さんだよ。君をずっと待っていたよ」
「ん?お客様?」
「まあ。客間に行け」
コンコンコン。
「失礼します。あの……」
頭を下げて入室するキャロル。顔を上げると、目の前にいたのは……。
「ルーベンス?どうしたの?」
「キャロルが何も言わず隣国に一人で行っちゃうから」
「ルーベンス……あの子とは」
「……何もない。何も始まってないしね。ごめんね、噂の事を知らなかったんだよ。そして、君の気持ちもね。彼女の友人達に言われていたのだろ?それを知ったのは先日だったけどね。彼女と恋人になる事は無かったし、彼女と話したのは学園で2回だけ……ハンカチを渡した日と彼女に告白された日のみだよ」
「貴方達は『真実の愛』では?」
「僕にとってはキャロルが『運命の人』だったんだけどな」
「そうなの?てっきり、あの子の友人達が言っていたように、こっそりと愛を育んでると……それにルーベンスは約束を守って浮気となるような事はしなかったのでは?」
「僕が好きなのはキャロルだよ。確かに最初は援助目的だったよ。でもね、すぐに君を好きになった。きちんと伝えなかった僕のせいだね」
「そうなの……ね」
「隣国で好きな人は出来た?」
首を振るキャロル。
「僕ね。今は文官として働いているんだよ。君も来月から働くのだろう?」
「そうよ。同僚なのね」
「そう、同僚で恋人で婚約者だよ」
「婚約は解消したのでは?」
「キャロルに恋人が出来るまで待っていた」
「待っていたの?」
「僕が好きなのはキャロルだからね。君が幸せになったら諦めようと思ってね。もう一度、僕と恋をして欲しいな。ダメかな」
「ルーベンス……私は……私はね」
「僕の婚約者でいてくれるなら、抱きしめてもいいかな」
両腕を広げるルーベンス。何も言わず嬉しそうに、その腕に飛び込むキャロルであった。
「僕達はもう少し会話を増やし仲良くする必要があるね」
「うん、うん。ごめんなさい」
「この三年は互いにとって成長するものとなったのだから、これからもよろしくね」
その二年後に二人は夫婦となり子宝にも恵まれ幸せな家庭を築いていく。そして、学園で『真実の愛』と言われていたジョーダンとソーナンシーは卒業後に結婚したが一年で離縁となった事、ルーベンスに告白した女生徒はルーベンスの卒業後は数々の令息と懇意になり、数多くの婚約を壊す女性として有名となるも彼女は『真実の愛』をいつまでも追い求めている乙女の心を持ち続け最後は令息達の元婚約者に断罪され修道院へと行き、生涯を神と『真実の愛』を結ぶ事で幕を閉じた。
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