第参話
ジジジジジジジジジ....
うるさい蝉の声だ。
『続いてのニュースです。昨日、東京都内で火災が発生しました。今月で2件目、今年で13件目になります。警察は、連続放火事件として捜査を進め...』
物騒な世の中だ。
「物騒ね。」
ああ、本当に。
ズズズッ…コト
「あの~。いつまでいるんですか?」
なぜか僕の家にしばらく居座っているこの女は、不本意ながらも僕が伝記を書くことになった天才少女、懸木鈴 本人だ。
「美味しいわね。このお茶菓子。」
お茶菓子まで食べている。お茶は2度おかわりしていた。
「読者の方からいただいたものです。」
なんでも京都の有名店のらしい。
僕もひとつ摘まむ。口の中に広がる甘さが絶妙だ。安物のお茶とあわせても絶品なのだから、このお茶菓子は本物の品だ。
「センスがいいわね。」
「そうですね。」
僕もお茶を淹れ直す。人生受け入れてしまった方が楽なこともあるのだ。
「そういえば。」
彼女は思い出したかのように声を発した。
「ここに来る途中に拾ったのだけど。」
彼女はそっと机の上に手をのせた。
「キーホルダーですか。」
彼女の手に握られていたのは小さなキーホルダーだ。某児童向けアニメのものだが、かなり汚れている。いや、良く見るとチェーンのとこだけは綺麗だ。
「ええ。今からこのキーホルダーの持ち主を探し出して、届けてあげましょう!」
「なんのために。」
普通に警察に届ければいいだろう。
「私の伝記に書くエピソードにするのよ。懸木鈴はとても人想いで、その類い希なる頭脳で困っている人々を助けていたってね。」
その類い希なる頭脳が導きだした割に規模がちゃっちい。
「確かに、懸木鈴は人想いだもんな。」
「ええ!そうよ!」
「じゃあ、落とした人が困っているかもしれないから、交番に急いで届けてこようか。」
そのついでに帰って下さい。
「それじゃあ、伝記に書くようなエピソードにならないじゃない。それに、届けるまでに時間をかければ、それだけ相手の喜びは大きくなるわ。」
【悲報】類い希なる頭脳さん、普通に狡い。
「なんでプラマイゼロなのに嬉しくなるんだろうね?」
「マイナスの状態からゼロになっている。つまりプラス方向に動いているからじゃないかしら?ものを失くした時、つまりゼロからマイナスに動いた時にはがっかりしているでしょう。そのマイナスの感情の大きさとプラスの感情の大きさは釣り合って......いないかもしれないわね。一般的に見つかる期待値が低いほど喜びは大きくなるから、それに見つかる期待値が高いとマイナスの感情は小さくなる。マイナスの感情とプラスの感情の大きさが釣り合っている時の失くしたものが見つかる期待値が50%だとできるわね。そうしたらそれぞれの感情の大きさの差は期待値の差になって...って感じかしら?」
「まあ、言っていることは理解できる。」
しかし、聞いといてなんだが、めんどくさいことに変わりはない。
「とりあえず、交番に届けに行きなさい。」
というか、早く帰って欲しい。
「仕方ないわね。交番に届けに行くわよ。」
彼女はそう言って立ち上がった。
「ほら。」
「?」
何故僕を見る。
「早く準備しなさいよ。」
「なぜ?」
「なぜって、あなたも行くのよ。」
「は?」
何故一緒に交番に行かねばならない。というか、外に出たくない。
「いつ伝記に書くような事件に出会うかわからないじゃない。」
出会わないだろ。
「事後報告でいいんじゃないでしょうか。」
「い・く・わ・よ。」
圧がすごい。もう今日だけで何回圧力をかけられたのだろう。締め切りに間に合わなかった時の編集さん並だ。
僕はさっと準備して、天才少女と一緒に真夏の戸外に繰り出した。
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