2. Little Child
「〝黒雨〟・・・・?」
焦茶色のショートボブに覆われた丸眼鏡のルナちゃんが、眉間をひくつかせながら聞いてくる。
「そう。太陽の周波数を手に直接仕込んでた。私達は武器にするのもこんなに苦労したのに。」
「興味深いわね。どんな技術を使ったのかしら。」
吸血鬼と戦いにいく前、ルナちゃんは私を挑発した。仕返しをする絶好のチャンスを私は決して見逃さない。
「把握しててよねそれくらい。技術担当なんだから。」
ひくつく彼女の眉間が、一気に凝縮する瞬間が分かった。
「お・・・おまえ一体何様じゃい!あたしよりじゅ〜う年も遅く生まれたくせに!」
へへっ!ざまぁみろ!あんたがお子ちゃまだってことは、何年も前から把握済みなのだよ!だが私は大人だ。できるだけ興味がなさそうにそっぽを向いて、視界を飾る風景に目をやる。日差しが差しているのにほかほかと肌感がちょうど良い事務室。この景色は嫌いじゃない。
「まぁまぁ喧嘩はそのくらいに。」
低さと高さが調和し全くエッジがない声が、するりと間に入ってきた。この心地良い声の主は三輪さんだ。私たちを束ねるリーダーであり、それに相応しいちょび髭といつも綺麗に伸ばされた白シャツは、まるで産業革命期の英国紳士と言ってもいい。
「彼らに悟られるよ?繊細だからね。」
はにかみと同時に三輪さんの目尻が垂れ下がっていく。
「三輪さん!またひなりが生意気こいた!」
いい年した大人がおっさんに泣きつくなんて、私には恥ずかしくてできない。
「哀れなルナちゃんにヨシヨシしてあげて。私よりじゅ〜う年年上だけど。」
「ほら。ホットココアでも飲んで。」
何処からともなく、三輪さんが二人分のホットココアを差し出した。三輪さんのホットココアは夏場でも美味しい。思わずニヤケながら言ってしまった。
「わぁ!ありがとう!」
「わぁ!ありがとう!」
ムッ!ルナちゃんが私と全く同じタイミングで、全く同じトーンで、全く同じ言葉を言いやがった!彼女は私と全く同じようにイライラを表しながら噛みついてきた。
「真似すんな!」
「真似すんな!」
「ハハハ。類は友を呼ぶじゃないか。」
三輪さんの声が聞こえた。
「──でもね三輪さん。ひなりがこんな風になったのは、十年前ヒツキがあんな事をしたからなのよ?」
これまでの雰囲気を両断する声色で、ルナちゃんが喋り出した。ヒツキ──。カズナヒツキ──。彼は私のかけがえのない人だった。彼を想うと胸の筋膜に、針を指さされたような痛みに襲われる。
「何それ。ヒツキが悪いとでも言いたいの!?」
私の声にも思わずドスが効く。すると、ルナちゃんの瞳孔が一気に小さくなり、表情筋が痙攣し出した。
「当たり前でしょ!?誰のせいでこんな脚になったと思ってるの!?」
ルナちゃんの脚──。彼女は十年前右の太ももから下を失っており、現在は多機能車椅子に乗っている。だが、悪いのはヒツキではない。本当にヒツキが悪いと思っているのか、怒りの矛先を無理矢理見つけているだけなのか。いずれにしてもヒツキを悪く言うことは誰であろうと絶対に許さない。吸血鬼より遥かに〝悪〟だ!
「ヒツキはあんたを守って死んだの!」
「まだ子どもだったあんたに何が分かるの!?」
「やめなさい!!」
背骨にいつもよりエッジの効いた三輪さんの声が響いた。
「彼らが帰ってくる。」
「ただいま〜!」
煌びやかな高い声が多重に聞こえてくる。推定十人ってところかな。
「ほら来た。時代の種が。」
嬉しそうな三輪さんの口元がちょび髭の下から覗いている。それと同時に、配慮のない脚音と上履きに履き替える音が交差する。ランドセルを背負って放課後に私たちの元に走ってくる小学生たち──。そろそろ仕事の時間か──。
学童保育
くまの子ハウス
三輪さんが私とルナちゃんの間に立つ。
「──昼は学童職員として子どもを守り、夜は吸血鬼ハンターとして化け物退治。実に愉快かつ数奇な人生じゃないか。」
子どもたちは各々遊び始めている。三輪さんの発する猫撫で声は、まるで私たちの方が子どもであるかのような錯覚さえする。
「往年の不幸など明日の笑顔を着飾る伏線。その全ては──」
普段は細く笑っている三輪さんの目がカッ開き、中から白い瞳が世界を睨みつける。
「己が運命よ。」
I'm so sad and lonely.