星に願いを
翌日、天文部の週一回の定例会が開かれた。僕は当然、椿が現れるものだと思っていた。昨日のやり取りの続きを、心のどこかで期待していたのだ。
けれど、彼女は姿を見せなかった。
椿が部活を休むなんて、一体いつ以来だろう。彼女自身が情熱を注いでいた観望会、その準備の日に限って欠席するなど、予想すらしていなかった。
僕は無意識に、手元のペンを強く握りしめていた。
「先輩、今日の定例会で観望会の話をする予定でしたが……椿先輩がいないので、どうしましょうか?」
後輩が遠慮がちに声をかけてくる。彼女がいないという現実を改めて告げられ、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
──僕は、何かを壊してしまったのだろうか。
椿が築いてきたものまで、失ってしまうような気がしてならなかった。
「予定通り進めよう。椿が立てた企画だから。」
自分に言い聞かせるように資料に目を落とす。彼女がいない今だからこそ、誰よりも率先して動かなければならない。
準備にはふたつの課題があった。
ひとつは僕が提案した「恋愛にまつわる星座の話」と、それに連動するプラネタリウム機材の投影準備。
もうひとつはビラに使用するキャッチフレーズの決定だった。
プラネタリウム機材については後輩の一人が、「椿先輩が手配済みです」と教えてくれた。その言葉を聞いた瞬間、彼女がちゃんと動いていたことを知り、胸がじんとした。
台本は天文に詳しい後輩が手早く草案を仕上げてくれた。アナウンス文で悩んだが、放送部の友人に無理を言って協力を得ることができた。
問題はチラシのキャッチコピーだった。
「……これで、どうでしょうか?」
後輩たちと議論を重ね、迷った末に決まったフレーズは──
『星に願いを。星空からの贈り物、お届けします。』
どこか照れくさい言葉で、椿なら「甘すぎるな」と軽く笑いそうだったが、今の僕たちにできる精一杯だった。
デザインを担当した後輩が美術部の友人にすぐ連絡を取り、印刷前に椿にも確認してもらうことにした。
たった二時間の作業なのに、僕たちはぐったりと疲れてしまった。
椿はいつも、こんな手間を独りで背負ってきたのか。そう思うと、自然と窓の外に目が向いてしまった。
冬の空はすでに夕暮れの色に染まりかけていて、葉を落とした木々が静かに影を伸ばしていた。
その翌日も、僕は椿に会えることを期待して部室に向かった。
しかし、彼女は現れなかった。
さらにその次の日も、僕を迎えたのは静かで空っぽの部室だけだった。
カーテン越しに差し込む冬の光が、ただ静かに床を照らしていた。