第八話
「まー、当日に追加で打合せをしたくらいには、複雑な仕事だね、今回」
窓の向こうの砂漠を見つめながら、トラックの揺れの中で桃李は呟いた。
砂漠はひたすらに広大で、そこに人間が等間隔で打ち込んでいっている杭が無ければ、自分の居場所すら見失ってしまいそうな、そんな場所。
見つめてるだけで憂鬱になるその光景の只中、慣れたてトラックを運転している田井中が答えて来た。
「ちゃんと覚えてるだろうな? とりあえず俺達は所定の箇所まで進んで、俺とトラックは本隊のある前線の拠点まで向い、お前トラックを降車後に指定された経路を巡回の後に、相手隊の斥候役とトラックと合流。お互いの情報を突き合わせて問題無ければ、お前達も前線拠点に向かう。結構複雑だぞ?」
「人手不足だからか、個人個人が有機的に動く事で、作戦を迅速に進めるための云々って奴だろ? 分かってるよ。やるべき事くらいは忘れないって」
作戦が複雑になればなるほど、それを実行する人員への危険も多くなるというのも良く理解している。
今、桃李達は事前に伝えられた仕事。別部隊の護衛役となるべく、対象部隊との合流に向かっている最中であるが、その合流の過程で、一仕事して来いとの指示であった。
本来、お互いの部隊を拠点で合流させた後に打合せをして、それぞれの役割をまとまって行うのが正当であろうが、最近はそれすら出来なくなって来ているのか、この手の、ついでにこれをして来いという仕事が多くなってきている。
(大丈夫なのかな? 戦争は終わったなんて言われてるけど、それで気が抜けたりしてないか?)
そんな事を思うものの、その心配はいろいろと決定権があるはずの人々に通じる事は無いだろう。
合流先の部隊に対して文句を向ける事も出来ない。作戦概要を聞けば、向こうの部隊だって、ついでにその斥候役というのを向かわせる必要があるとの事だから。むしろお互い様だとしか思えない。
「こっちは向こうの部隊の斥候役と仲良く愚痴でも言ってるから、そっちは本隊と合流した後の面倒な手続きを進めておいてよ。多分、僕の方がやる事は気楽さ」
そう言いながら、トラックの席でシートベルトを外す。もう少しで田井中と一旦分かれる場所だ。
携帯食料に地図に予備の通信機。荷物を確認しつつ、トラックが停車の後に外へと出て、荷台にある戦闘用の多機能コートを着込む。
なかなかに暑苦しいが、これがこの過酷でインディが潜む砂漠を生き抜くための装備だと思えば無下には扱えない。
「気を付けろよ。偵察が必要って事は、インディの生息地が近いって事でもある。しかもお前に任されている範囲は特に危険度が高いって話だ」
トラックの運転席側の窓から顔を出した田井中が、再度、桃李に注意を促して来た。
それを邪見に扱わず、桃李は頷く。
「それでも出来るだろって評価されてるんだと思っておくよ。ところで、合流予定の部隊ってどこの部隊かそっちは聞いてる? 未だに僕の方に情報が降りて来てないんだけど」
「会ってからのお楽しみにしとけ。伝えられてないってのは、それなりに理由があるんだ。こっちに関しては俺もその方が良いって考える程度の理由がな」
田井中がそう言うのなら納得しておく事にする。管理官を通して繋がっているであろう上層部の判断より、余程信用出来るからだ。
「偵察先で合流する相手の容貌くらいは教えてくれたりは?」
「そっちは一応、お前と同年代の女性隊員と、俺みたいなトラック運転役らしい。さすがに俺だって詳しい外観とかは分からないな」
なら、聞くべき事はもう無いだろう。装備を整えて、歩き出し、仕事をさっさと終わらすのみだ。
「本当に気を付けろよ! どうにも今回の仕事は、大袈裟な部分が多い気がする」
信用出来る言葉だとは言え、不吉なニュアンスを混じらせてくるのは止めて欲しいと思う。
とりあえず田井中のトラックに対して背中を向けたまま手を振り、別れの挨拶とする事にした。
これが今生の別れにならなければ良いと、お互い、心底思いながら。
砂漠は広い。とてつも無く広い。どれくらい広いかと言えば、かつてあった地球という惑星の大半を覆ってしまっているだろうくらいに広い。
突如として起こったその事件から不運にも生き残り、この地獄を戦争という言葉で誤魔化しながら、戦い続けた人類は、やがて砂漠の中から辛うじて住める環境を見つけ出し、幾つかの街を作って文明を維持し続けていた。
桃李が住む街もその一つ。桃李が所属している部隊は、街が直下で持つ戦力とも表現出来るだろう。
今や街はかつてあった国家という集団と同じ意味を持つ。砂漠程広く無いとは言え、街の範囲も広がり続けており、その街を守る部隊数もそれなりの数だ。
一生掛けて顔すら合わした事の無い相手も少なくは無いだろう。
(今回、僕が出会う相手も、これまではそういう類の相手だったんだろうけど、一緒に仕事をするっていうのなら、仲良くしたいもんだよね)
と、砂漠に足跡を残しながら進む桃李は考える。
砂漠と言っても、日中に酷く暑くなる事は稀だ。気温的にはむしろ過ごしやすい。桃李の身体が、ある程度の環境に対してそう感じられる様に調整されているというのもあるが、それにしたって生きて行く事が辛いというものでも無かった。
それでも桃李は、頬を伝う汗を拭う。
(過ごし易い気温っていうのも、この分厚いコートが無ければの話だろうさ。後は、インディが突然襲って来ないっていう保障さえあれば言う事無し)
仕事に対して愚痴は思えど、手を抜く事は無い。自分の命に直結するのだから当たり前だ。偵察任務中は、前に進む以外にも、周囲を伺うという集中力を欠かしはしない。
そうする事で、前に遭遇したワームからだって逃げ切る事が出来る。いざとなれば倒す自信もあった。
だが、それでも、今の桃李の頭には疑問符が浮かんでくる。
「なんだ? 警戒しろって言う割には、何も無いじゃないか」
進み続ける中で、小型のインディにすら遭遇する事は無かった。それでも引き続く警戒心が返してくる答えは一つ。
ここらにインディはいない。少なくとも桃李が移動している範囲には。
(楽な場所を偵察させてくれている……なんて事は無いね。だったら僕の方は田井中と一緒に移動させてくれれば良いんだよ。僕単独で送り込まれてるって事は、相応に危険が待っているはずなんだから)
自分の身を思う。ついでに自分の立場もだ。戦争世代として作り上げられた我が身と我が装備と我が能力は、それを日頃持て余すために与えられたものでは無い。
(こんな力なんて要らないとは、今のところ思った事は無いくらいに、仕事の役に立ってきているさ。じゃあ、今の状況は何だ? 僕の幸運か? もし、そうで無かったとしたら……)
別の人間にとっての不運か。
ふと嫌な予感がして、桃李は進む足を速めた。
ここはインディが多い場所であったはずと仮定して、では何故、今、ここに居ないのか。
(あくまで予想だ。悪い予感だ。予感が当たったところで、向こうの運さえ悪くなければ問題は無い)
だが頭を過ぎる。もし、ここのインディが、予想を外れて違う地域に移動していたとすれば。
その移動先が、これから合流する予定であるはずの部隊員達の偵察範囲であったとすれば。
(少し、危険にはなるけど……!)
周囲への警戒を疎かにしてしまうが、それを受け入れて桃李は走った。砂漠とそこに突き立てられた黒い杭の景色を疾走していく。
ざっざっざと足が砂山に叩きつけられる音が続く中、桃李はそれでも警戒すべきインディには遭遇せず、代わりに、合流予定地点であった場所の少し向こう側で横転している一台のトラックを見つけた。
「くそっ! 生存者は!?」
トラックに走り寄り、それがどの様な状況になっているかを桃李は見てしまった。
運転席側が、外装ごとばっくりと抉れている。
それがいったい何を意味するか。抉れた部分の全体を見ればすぐに分かった。これは歯型だ。トラックを運転していた隊員はインディに食われた。
(確か合流相手は二人だったはずだ。運転役と女性隊員が一人。運転役が食われたとして、女性隊員はどうなった? いや……)
そっちを心配するより先に、自分の事を心配するべきだ。
桃李の戦争世代としての経験と育ちと生来からの能力がそれに気付かせる。
だから桃李はトラックから少しでも離れようと走り出す。次の瞬間、トラックの下の砂中から、巨大な爬虫類染みた顎が、口を開き、牙をぎらつかせながら飛び出して来たのだ。
(トラックを襲ったのは、こいつか!)
それは未知の相手では無い。桃李達はその種のインディをワニと呼んでいる。砂に身体を隠れさせ、四足で進む獣の身体と、その身体と同じくらいの大きさを持つ巨大な爬虫類の顎を持つ化け物。それがそのワニだ。
(こいつらの縄張り……いや、その縄張りを広げている最中ってところか?)
顎が飛び出してくる前に距離を置けた桃李は、お互いに睨みつけ合いながら様子を伺う。
ワニは砂漠における危険な原生生物の一種だ。以前遭遇したワームよりかは小ぶりだが、それでも人体よりは余程大きい。大きな顎の咬合力はトラックの残骸を見れば簡単に分かる。
厄介なのはそんな凶悪な力を持ちながら、自らを隠して待ち伏せするという狡猾さを持っている事だ。
(相手さん。周囲の警戒を怠ったな。丁度、こいつが隠れている上をトラックで通ったんだ)
ワニに対してまず行うべきは、隠れている場所に近寄らない事。近づかない限りは積極的に襲撃してこない。こいつらは兎に角待ち伏せ型の狩りをする。
そうしてもう一つの注意点……。
「お前らは……群れる!」
さらに桃李は身体を跳ねさせた。左右や後方にではなく、無論、敵がいる前方でも無い。
兎に角上空へと跳んだのである。
予想した通り、桃李のすぐ近くからまた別の顎が砂中より飛び出して来ていた。
上空に飛び、コートの力に寄って暫しの滞空状態となった桃李が下方を見れば、まるで桃李を三点で囲む様に、二匹のワニが現れていた。
最初の一匹を含めて三匹。とりあえずはそれが桃李にとっての敵であろう。向こうはこちらの着地を待ち受ける様にこちらを見て、大きな顎を開いていた。
だが、そんな相手に付き合うつもりが桃李には一切無い。
「口を開けっ放しにするなんてのはさぁ!」
滞空状態のまま、徐々に落下する桃李であるが、腕をその落下地点へと伸ばし、指鉄砲の形としながら、次に狙い澄ました。
まずは落下地点で顎を開いている間抜けなワニに向けて、発生させた杭を放つ。
「ギャウッ」
悲鳴というより、息がおかしな場所から漏れた。そんな音を発しながら、口の奥を黒い杭で串刺しにされたワニが命を落とした。
一本なら兎も角、桃李が射出したのは三本。そのどれもが顎の奥の脳天ごと貫いたのだからそうもなる。
そうして、仲間だったものの死骸を警戒する様に、残り二匹はそこから距離を置いた。正確には、その死骸を足場に落下してきた桃李に対して。
「次!」
死骸の上で姿勢も正さず、桃李は二匹のワニそれぞれに左右の腕を向け、やはり杭を放った。
だが、ワニの方とて姿勢を正した状態ならばまともに当たるものでは無いらしい。
その四足を機敏に動かし、杭が迫る軌道から身体を逸らす。一匹に掠りはしたが、もう一匹は無傷。
二兎を追うものはなんとやらと言ったところだろうが、一匹掠って怯んだのなら好都合。
次の瞬間にはそちらのワニへと桃李は迫る。
咄嗟の判断が出来なかったであろうワニはびくりと震えるも、次の瞬間にはその頭部に直接杭を発生させ、絶命へと至らせる。
残り一匹。
(頭の回転はこっちが上。人間、獣より頭が良いから生き延びられるわけだけど……まあ、それも時と場合に寄るか)
桃李は残り一匹の方を見る。するとそこには、残り一匹どころか、さらに砂中から姿を現すワニが追加で三匹。倒す量より現れる量の方が多いのは勘弁して欲しいところだ。
「どうしたものかな……」
腰をためながら、次の行動を模索する。変わらず数で上回るワニであるが、さすがに桃李が単なる獲物で無い事は理解したらしく、さらなる警戒の元に距離を置き、隙を見せて来ない。
なんだったら、餌とするのは割に合わぬと退散する可能性もあるだろう。故にこれからの桃李の行動は幾つか選択肢が出て来る。
さらに威嚇を続け、奴らの退散を促すか、このまま睨み合いを続けて異変を察知した仲間を待つか。
もしくは……どうせこいつらを警戒しての偵察任務中。いっそ全滅を試みるか。
「……」
決まった。だから走り出す。向かう先はやはりワニが居る方……ではなく、睨み合いを続ける事すらせずに明後日の方向だ。
ワニにとっては予想外だったのか判断が追い付かないのか、桃李を追っては来ていない。ならばこれは撤退成功という事か。
いいやそうではない。桃李はある意味では前進していた。ワニが群れる砂漠の中に、人間の足跡を見つけたのだ。
丁度、横転して食い破られたトラックの近くから伸びる足跡。
(生き残りが居る! 急げば無事のまま救出する事が出来るかもしれない!)
そちらの方が、ワニとの決着より余程優先される。桃李はそう判断して、足跡を追った。出来れば、そう遠く無い場所で、無事避難が完了してくれていれば良いのだが……。