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第七話

 桃李達が住む街の中央付近にある喫茶店というのは、評価において大半が並となるものである。

 というより、すべてが並になるようにシステム化されているというか、採点出来る対象であるところの店員が居ないのである。

 店内に入ってすぐにある自販機に金銭を投入して、メニューから飲食物を注文すれば、暫くしてそれが食器ごと自販機横の棚が開く形で提供され、自由席になっている店のテーブルのどこかでそれを食べ、終われば食器を食洗器に直行する別の棚に返すという、なんとも無機質な店。

 それが桃李が来た喫茶店であり、この手の喫茶店が少なく無いのが街の中心部であった。

 その無機質な喫茶店のテーブル席で、桃李はハンバーガーを口に運びながら、目の前でパスタを食べている少女と世間話をしていた。


(あか)(まる)(あか)(まる)古野子(このこ)って言うんですよ。ちょっと田舎っぽい感じの名前じゃありません?」

「そうかな。君を見てる限りにおいてはらしい名前に感じる……」


 少女、今、世間話の中で名乗られた名前では赤丸・古野子と言うらしいが、何か堰を切ったかの様に喋り続けていた。


「いいえ、田舎臭いなって八加瀬君も思ってます。きっと今も思ってます。どうにも周囲のノリと合わないなって時が最近多くて、こー……とてもうずうずして来るんですよね!」


 別に詳細は聞いていないし、聞ける程の関係でも無いらしいが、彼女、赤丸は、最近フラストレーションが溜まる日々を送っているらしいとの事。


「確か別の部隊に異動になってこっちに来たんだっけ? それは誰だってその……うずうず? するもんだよ。だから君のノリが変ってるわけでも無いと思うかな。今は変だけど」

「うー。喋り過ぎですか? 今の私?」

「ちょっとね。けど、食事時なら賑やかしになって僕の方に不満は無い。それはそれとして、そっちは大変じゃない?」

「たしかにー。ちょっと食事が進んでませんねぇ」


 食事をする口を会話に傾けているのだからそうもなるだろう。漸く話の方のペースを落とした彼女であるが、それでも、ぽつりと呟いた。


「わたし達って、何時までこうなんでしょうね」

「こうって?」


 聞き返したが、何を言っているのかはなんとなく分かった。

 何時まで、自分達は戦争世代かと聞かれたのだ。

 そんなのは死ぬまでだろう。そうも思ったが、彼女が聞きたい事はそういう話ではあるまい。


「ほら、砂漠で戦って。街に帰って来たらこうやって日常を過ごす事もあるけど、普通の、一般の人達からは怖がられたり距離を置かれたりするじゃないですか。そういうの、何時まで続くのかなって」

「……」


 それはこっちが聞きたい。そんな言葉を率直に返せる程、桃李は恰好を付けない年頃では無かった。

 自分なりに、返せる言葉ならまだあるわけだし。


「僕達がこうなのは……僕達はこんな風に生み出されたからだ。かつて続いた戦争は激しくって、辛いもので、だから人間は戦う事に適した街や、そうして人を作った。それが僕達だ。この街の、壁に囲まれた向こう側には、僕達を作った研究所や工場があるって聞く。けど、それはもう行われてない」


 だから桃李達は最後の戦争世代などと言われている。これ以降は無いのだと。これからはもっと平和な日常が続くのだと。


「だから、わたし達が何時か居なくなって、そうしてやっと、わたし達が悩む事が無くなるって、そう思ってるんですか?」

「ちょっと違うかな。戦争は終わったんだ。少なくともみんなそう考える様になった。だから今は……過渡期って奴なんだよきっと。間に挟まれて悩んでる僕達だけど、僕達以外だって悩んでる。なら、もしかしたら、明日にだって、悩みの一つや二つは解決するかもしれない」


 だから日々、言われた仕事だって行っている。大変だったり無茶だと思う仕事だってあるが、理屈に合わないという仕事は無かった。

 世の中、少しは良くしたいと考えてる人間が、良くするために桃李達みたいな戦争世代に仕事を頼んでくるのだ。なら、仕事を続ければ、少しくらいは良くなっていくのではないか。

 結構殺伐とした日々の中、桃李が前向きに生きて行くための、桃李なりの理屈だ。目の前の少女を、少しくらいは元気を与えられれば良いと思う、桃李の勝手な理屈。


「八加瀬君って、結構大人なんだ」

「どうかな。背は低めで、もうちょっと伸びて欲しいって思う」


 冗談を交わしに、お互いに笑う。別に相手の考えを大きく変えられたわけでも無いだろうが、それでも、今日一日くらいは気分良く過ごせる話題にはなったかもしれない。

 そう思った方が建設的だろう。


「そうだ。日常と言えば、最近、僕もこの日常を好きだって思える事があってね」

「へぇ? どんなです?」

「これこれ、第266部隊。知ってる? 美少女の」


 と、ポケットの中に突っ込んでいた、今朝方田井中に見せられたチラシ。桃李の人生に潤いを与えてくれるアイドル部隊について、デカデカと写されたそれを赤丸に見せながら桃李は言葉を続ける。


「彼女たち。もうこっち方面ではそりゃあ人気でね。僕もファンっていうか、あれだね。一人目を名乗るのは烏滸がましいけど、結構初期から応援してる。なんと言っても、近くに居る部隊って演出されているのが良いんだよ。仕事に学業に友達が比較的少ない日々の中、ラジオ一つ聞いてるだけでも華やかになってくれるっていうのは、生きている意味の一つになっているというか、出来ればライブの頻度ももっと増やして欲し……」


 一旦止まる。桃李が自分自身で止まった事を褒めて欲しいところだ。何時もは田井中からもう良いと、時々は蹴りを入れられる事すらある桃李の興奮だが、今は赤丸からの視線のおかげで、とりあえず途中で止まる事が出来た。

 いや、もう遅かったかもしれないが。


「ふふっ。そんなに好きなんですか? 第266部隊。美少女部隊でしたっけ?」


 意外な事に、赤丸の反応はドン引きという感じでは無かった。これはギリギリセーフのラインだろうか。


「ま、まあその。うん。こういうの好きなんだ。笑われちゃう話かもしれないけどさ……元気の一つにはなってる。うん」


 急に気恥ずかしくなった桃李は頬を掻くが、そんな桃李を赤丸の方は楽しそうに見つめて来ていた。

 なんだろう。他人の恥を見て嘲笑えるタイプの女なのだろうか。


「いやー、ちょっとした雑談目的で昼食に誘いましたけど、気分転換になりました」

「僕はストレス発散用の何かかい?」

「いえいえ、そういう事では無くー……端末、鳴ってますよ?」


 赤丸に言われて、ポケットに入れた携帯端末から音が鳴っているのに気が付く。赤丸に対してごめんと言いながら、その端末を手に取って、相手との会話を始める。音の種類で、通信相手が田井中である事が分かった。


「はい、こちら八加瀬・桃李。そっちの会議は終った? え? これから話したい事って……急ぎ? いや、こっちに用事は無いけど……」


 ちらりと赤丸の方を見る。彼女はどうぞどうぞと、手でジェスチャーをしてくれた。桃李側に緊急の用が出来た事を察してくれたらしい。

 とりあえず話を終えた桃李は、通信を切り、赤丸に頭を下げた。


「ごめん。ちょっとこれから部隊の仲間と仕事の打ち合わせをしなくちゃいけなくなったみたい。先に昼食、終わらせて貰うね。これから君の方が向かう目的地については、だいたいの場所、分かった?」

「いえいえー。わたし達にとっては、そういうの大事だと思いますから。気にしないでください。最初に教えて貰ったここ周辺の見取りについても、恐らく理解出来たかと」


 とりあえずは迷惑にならないらしくて幸いだ。

 急な用事。お互い、その手の事情はよくよく知っている。戦争世代同士の気安さという奴か。

 そう思うと、この手の世代である事が有難くも思えて来る。いや、本音では忙しい日々を与えて来てクソッタレと思っているものの。


「それじゃあ赤丸さん。何か機会あるなら、また」

 そう言って、店にトレイを返して去ろうとする桃李。そんな彼の背中に向けて、赤丸は尋ねて来た。


「あ、そういえば八加瀬君の部隊って、どこでしたっけー?」

「第73部隊。この街周辺で主に仕事してる部隊だよ。それじゃあ」


 今度こそ、そんな言葉を残して桃李は去る。赤丸はまだ何か呟いていたが、桃李に向けた言葉では無かったので、立ち止まる事は無かった。


「第73部隊って……あれ? 確か―――



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