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第五話

 今回の仕事場はどこまでも広がってそうな砂漠では無く、むしろ街の中心地付近。街の中央に存在する、これまたひたすらに大きなドーム状の建築物の、その外縁部である。

 ドームは大きく広く、その端に付属品の様に建てられた構造物も、ちょっとしたビルの機能を持っていた。

 灰と白と青。その三色で彩られた様に見えるそのビルこそ今回、桃李達が呼び出された場所であり、その内部にある会議室に今、二人して立っていた。


(椅子は沢山あるのにね)


 自分達以外に誰も居ないその会議室を見つめながら、桃李はぼんやりと考えた。

 誰も居ないのなら好き勝手しても良いのでは? そんな考えも頭を過ぎるが、それはなんとか押し留める事にする。

 桃李達以外誰も居ないが、そこに桃李達を管理する者の存在は確かにあるのだ。

 その存在……桃李達が持つ携帯端末より一回り大きな装置が、会議室の丸机の中央に置かれ、画面側をこちらに向けていた。


『それではこれより会議を始めます。よろしいですか?』


 声だって聞こえて来た。装置に付いている画面には小難しい進行表が描写されているが、それを理解する意欲というのが桃李の中から欠けがちだ。


「はい。管理官。準備万端なので椅子に座っても良いでしょうか」


 と、机の上の装置の、さらに向こうにいるはずの相手……第73部隊三人目の部隊員であり、桃李達の管理官であり、何時も声だけで指示を伝えて来る彼女に対して桃李は返事をした。

 多少の嫌味も加えながら。


『足腰について疲労が蓄積している状況ですか? 八加瀬・桃李』

「どうですかね。ここまでトラックで移動する許可があれば良かったんですけど、徒歩でとの指示だったので蓄積しているかと聞かれたらまあしていますと答えます」

『でしたら、もう少し堪えてください』


 言ったって話にならなかったねと隣に立つ田井中に対して口パクで聞いてみるも、田井中からはちょっと静かにしてろと口パクで伝えられる。


『現在、あなた方には主に砂漠に潜む生物……インディの討伐仕事を行って貰っています。それは分かっていますね?』

「ええ、そりゃあもう実感しています」


 インディ。先日であればワームの事であるが、あの手の砂漠に棲む危険生物を総称しての名前だ。何故そんな名称を付けているかは理由が各種あるのだろうが、呼びやすくて助かる程度の意味でしか桃李は理解していない。


『ですが今回、それとは少し方向性の違う仕事を務めて貰う事になりました。今回はその打合せになりますので、画面が良く見える様に立ったまま会議を続けさせていただきます』


 大きなスクリーンでも用意して、そこに画像を映せば良いだろうに。そんな風に思った桃李であるが、彼女には……いや、彼らにそれは無理だろうと結論を出した。


「話の方針は分かりましたが……方向性が違う仕事……?」


 田井中が片眉を上げて尋ねる。彼にしても、トラック運転以外の仕事を頼まれれば、技能不足を不安に思う事だってあるだろう。

 それくらい、やるべき仕事が変わるというのは桃李達にとって深刻な話だった。

 ここ最近の仕事は、砂漠に杭を打つかインディの討伐ばかり。それ以前はもっと大変な仕事だってさせられた事もあるので警戒はする。


『詳細はこの後に説明しますが、護衛の仕事です』

「護衛……?」


 疑問符を浮かべる桃李。自分達が護衛だって? いったい誰の、誰から? そこも気になるが、もっと気になる事が一つ。


「僕達の部隊は、護衛向きじゃないですよね?」

「八加瀬の言う通りです。俺達は実働部隊が二人っきり、指示を出してくれるあなたがも含めて三人でその……手早くインディを処理するのが最適な役割って思ってたんですがね」


 別に護衛という仕事がまったく無いという事も無いが、別の班に任せた方が効率的だとは思う。いざという時の戦闘員という話なら、それこそ桃李一人だけしかいないのだから。

 桃李達第73部隊の強みというか特性は、少数であり小回りと迅速性があるという事。何かを守るためにどっしりと、複数人が構えるというのとはまったく違う特徴を持っているはずだ。


『確かに、単なる護衛任務であればより適した部隊が存在します。表現がやや違いましたね。援護と表現するべきかもしれません』

「援護って……もしかしてその護衛対象はどこか別の部隊ですか?」


 そんな田井中の言葉に、当たり前だが目の前の装置は頷きで返したりはしない。

 ただし空気は変わったと桃李は思う。これはこれで、結構大変な事では無いか。


『近々、ある部隊が大規模な任務を行う予定です。一方でその部隊の管理官は、単独での遂行は難度が高いと判断し、不足している戦力を別部隊からの援護の元で行う事を提案してきました。我々の部隊の事です』

「へぇ。じゃあ、その部隊の規模や行う予定の仕事内容なんかを聞かせて貰って、これから検討するって事ですかね」


 だから会議室なんかに呼び出されたのかと桃李は納得した。仕事は仕事。それを無下に断る事はしないが、それでもまず、自分達なりに考えてから―――


『いえ、既にこの提案を私は了承しています』

「は!? ちょっとちょっと。それって無くないですか? ほら、こー、相手の部隊がどんな雰囲気だとか、気まずくなったらいけないよなとか、盛り上がる話出来なかったらどうだろうとか、色々事前に考えなきゃいけない余地があるでしょう!?」

「八加瀬、お前、人見知りか?」

「田井中! お前だって初対面の相手とどう接したら良いかなんて深く考えた事ないだろう!」

「そんなん仕事上の付き合いなんだから杓子定規で良いだろうが!」


 二人して言い合いを始めるが、端末からの声にその意味の無い争いは中断する事になった。


『そちらの選択肢については、これまで通りありません。やるべき事をしていただく。そこについても既に決定しているはずですが?』

「わかっちゃいるけども……」

「直接言われると気分が落ち込むよなぁ……」


 酷な端末からの言葉に対して、桃李達から出て来るのは怒りでは無く、諦観であった。

 戦争世代は何時もこういう感じだ。何時だって、何かを決められて、何かをしろと命じられ、出来れば明日も普通に暮らせて、出来なければ追い詰められる。

 そんな日々を桃李達もまた送っているのだ。だから怒りよりも先に仕方ないが先立つ。何時までこんな日々が続くのかと思えば、少々嫌気が差してくるくるものの。


『詳しい内容はこれから伝えます。その後、八加瀬・桃李、あなたは先に帰宅してください。田井中・孝則、あなたにはさらに細かく内容を詰めていく作業をこちらで行って貰います』

「うわっ。またかよ」

「残念だったね田井中。業務分担ってやつだ」


 移動手段となる各種乗り物を運転出来る技能の他にも、作戦内容の整理や進行度の管理もまた田井中の仕事だ。桃李よりも頭を動かす仕事が多いとも表現出来るだろうか。


『八加瀬・桃李。これから伝える内容の記憶については、あなたの仕事でもあります』

「分かってますって。仕事内容の詳細を忘れたら、自分の命だって危ういんだから、そこの手は抜きません」


 当たり前の事を、当たり前に返す。こんな切羽詰まった会話を、戦争世代では無い人々がする事ってあるのだろうか?

 ふと、そんな事が桃李の頭を過ぎった。もっとも、過ぎったうえで、留まる事は無かったのであるが……。




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