第四話
学校は好きか? そんな事を尋ねられて、大半の学生は積極的に好きとは答えないのでは無いだろうか。
友達に会うのは好きとか、部活動に熱心に取り組みたいとか、そういうのはあっても、直球で学校そのものが好きと言い出すのはかなり奇特な生徒と言える。
桃李とて、そんな奇特さは持たない。彼にとって学校が好きという表現は、一面砂と黒い杭だらけの世界で妙な怪物と戦うよりは、大分マシな日常があるという意味に他ならない。
(友達がいるから好きって言えれば良いんだけどさー)
ガタガタと、机の上に足を乗せて、背中を預けた椅子すら傾けてガタガタと鳴らしている東南中学での昼休み。
他の生徒からなんだあいつという目を向けられていたのも一学期までの事。若者の適応能力とやらはあらゆる環境や時代においても発揮されるものなのか、今やクラスの珍しい置物みたいな扱いを受けているのが桃李だった。
「何してんだお前」
「世界の儚さに、多少なりとも反抗の態度を示してるんだよ」
何時の間にか隣に立っている学生服姿の田井中に聞かれて、素直に答える桃李。
一応、彼は数少ない桃李の友人であるが、彼の場合は学校内に限った事では無いので、学校を好きな理由の一つには上げられない。
「あのなぁ。そういう挙動不審な態度を時々見せるから、周りから距離を置かれるんじゃないか?」
「それが理由で距離を置かれてるっていうののなら万々歳さ。けどそうじゃないだろ。そっちはどうなのさ」
「俺は……まあ……ほら、向こうだって話しかけたいタイミングとか立場ってのがあるだろう?」
田井中が言っているのは、東南中学校の他の生徒達の事だ。
彼らの多くは戦争世代では無い。朝からトラックに乗って砂漠に乗り出して、妙な生き物と戦ったりはしない。
ただ日々を普通に過ごし、無為に消費し、時々同じ様な一般人と交流関係を作って、やはり時間を無駄にするような娯楽活動に勤しむ。
桃李にとっては、自分もその中に入りたいと強く願う、そんな日々を彼らは送れている。
そうして、そういう生活を送れない桃李達とは距離を置きがちだ。なんというか、居ないものとして扱われている様な。そんな時もあった。
「ま、お互い友達が少ないんだから、周りの目を気にしたってどうしようも無いって事で」
机から脚を降ろし、ちゃんと椅子に座ってから桃李は答えた。と言っても、これから何か本題が始まるわけでも無い。
今日は別に、学校外での仕事があるわけでも無いのだから。
「甲斐の無い生活を送ってるよな、お互いよー。けどまあ、こっちについては興味深々なんじゃないか?」
と、田井中はチラシを一枚渡してくる。昼休憩にわざわざ話しかけて来たのは、それを桃李に見せるためだったらしい。
「おっと田井中。それに僕が勢い良く飛びつくと思ったら大違いだ。もう既に知ってるよ。美少女部隊に新メンバー加入だろ?」
「新人隊員が配属って書いてあるけど、お前の頭の中じゃあそう変換されるのか」
大きな違いはあるまい。何せ第266美少女部隊は選りすぐられた少女が幾つもの選考を重ねた結果、辿り着ける遥かな高みである。
そこには約束された大舞台が待っており、少女はそこで魅力を発揮するわけだ。確か最年長だった一人が卒業……これは他の部隊への異動という意味を桃李なりに解釈した言葉だが、その代わり、新たに一名、メンバーが加入する事になったと表現して、いったい何の不都合があるのか。
「まあ良いけどよぉ。チラシには顔写真とか付いてないんだよな。なんでだ?」
「ふふん。素人はこれだから困るね」
「何の素人だよ」
「サプライズって奴だよ。いきなりこの少女がこれから活躍します。みんな応援してねっていうより、顔の見えない誰かに決まりましたの方が、姿を現すまでの期間、いったいどんな娘なんだろう。もしかしてあの部隊のあの少女か? みたいにワクワク出来るじゃないか。僕の予想だと、恐らく、一週間後のライブで初お披露目があると思うんだけど、そこにも根拠があって―――
「あーあーあー。黙れ。黙れって。一旦黙って落ち着け」
何故か嫌そうな顔を浮かべながら止めて来る田井中。おかしい。美少女部隊の事なら、幾ら話をしたって退屈はしないはずなのに……。
「そうだよな。お前唯一の趣味だもんなぁ。知らないはずないか」
「唯一の趣味って、別にそれだけじゃないよ」
「じゃあ他に普段はどんな趣味があるんだ」
「それはその……足の指の数を数えたりとか」
「十秒で済むじゃねぇか」
手の指も入れたら二十秒だぞ? そりゃあ美少女部隊の公式広報を見たり、彼女らの活躍を想像したりという行為に当てる時間よりかは少ないし無意味かもしれないけれど……。
「あ」
「どうした?」
「今、凄い学生らしい話をしている。時間を無駄に使ってるなぁ! って感じする」
「いちいちそれに感動するってのもどうかと思うんだが……」
そうは言っても、ここ最近は忙しかったのだ。先日は朝から半日かけてワームを狩ってその内蔵を探る作業だったし、その少し前には昼休みに出動命令が出てそのまま二日帰れず砂漠を彷徨う仕事なんて事もあった。
兎角戦争世代は戦争が終わったというのに働かせられがちだ。本当に、戦争は終わっているのかと問いかけたくもなる。
「きっとさ、僕らもね、もっとこう、馴染むべきなんだよ。そうすればきっと友達が増えるし、手足の指の本数について熱く語るのが日常にもなるさ」
「前者は受け入れるけど、後者は絶対無いと言い切れるね」
田井中とのこの様な雑談だって、日常を感じられる良い傾向だと思うのだが、彼と話をする場合、ところどころに、戦争世代同士のお約束事が混じりがちなのだ。
そのお約束とやらが他の生徒からは奇異の目で見られ、距離を置かれている事を桃李は理解している。今、この瞬間だって、桃李と田井中の周辺からは人が少し遠退いていた。
「もしかしたら、数年後には僕ら向けの仕事が無くなるかもしれない。そうなれば、僕らも日常に馴染もうと努力しなきゃならなくなる」
「そんな事、あると思っているのか?」
「夢見たって良いじゃないか。そりゃあ、こういう話をしている時こそ、その手の話が来るジンクスが―――
ポケットに入れた携帯端末が震えるのを感じた。
ああくそっと田井中と顔を合わせ、二人してそれぞれの端末を取り出す。
金属質の本体にガラス一枚が取り付けられたその端末には、呼び出し通知のお知らせがあった。学校外に出ろ。所定の場所でお仕事関係の話をするぞという呼び出しであった。
「……あー、行くかー」
田井中の言葉と共に、桃李は席から立ち上がり、少しばかり距離を取っている隣の席の確か……樺島だったか奥野下だったかの姓である同級生に話しかけた。
「ごめん。ちょっと僕達早退しなきゃいけなくなったから、連絡しといてくれる?」
「えっ!? あ……うん? うん」
話しかけられるとは思っても無かった。むしろそこに存在した事に今気づいたかの様な反応を見て、桃李は苦笑を浮かべた。
こういうのを変えたいっていうのに、世の中はどうして桃李達を血生臭い仕事場に向かわせようとするのだろうか。恐らく、こんな周囲との関係が、桃李の人生においてはずっと続くのだろうが……