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第三話

 戦争はいったい何時、誰と始まったのか。

 それを語る際、何時は数十年前からと言う風に答えられるが、誰とという言葉はそれをそもそも訂正する必要がある。

 誰とでは無く、何とが正しいと。


「帰り道の途中で言う事じゃあないけどさ、砂漠砂漠砂漠で嫌になってくるよね、この光景」


 桃李がそう呟くと、トラックの運転席でハンドルを握る田井中が溜め息を吐いて答えて来る。


「あんまり考えない様にしてんだから、意識させないでくれよぉ」


 そこのところは申し訳ない。だが、桃李が暮らす街よりももっと広い範囲で広がるこの砂漠の光景を、戦争世代であるところの桃李達は考えずには居られないのだ。

 これが戦争の相手なのだから。

 正確には、突如として発生した砂漠とそこに潜む化け物みたいな存在との戦いが、かつて続いた戦争なのだ。

 世界はその瞬間、分断された。突然に現れたその砂の海は実際の海や当時の人類の生活圏であった大陸をも瞬時に飲み込み、残った生存圏とやはり生き残った人類達はその脅威に晒される事になったのである。

 戦争の初期、それはもう戦争どころかただ崩壊していく世界からの避難と維持を続ける事しか出来ないくらいに酷いものだったと聞く。

 その後、戦争による被害が続く中、なんとか纏まる事が出来た生き残りの人類は、あらゆる手段を使って反抗を開始し、ある種の小康状態へと至る事が出来た。

 故に戦争は終わったのだと、そう世間では言われている。その小康状態とやらになったのはつい最近の事らしいが。


(だから……僕達が最後の戦争世代ってわけだ。僕らはこうやって仕事をまだ続ける必要がある。まだ、砂の脅威とそこに潜んでるものへの警戒は、すべて無くなったわけじゃあないんだから)


 田井中に愚痴ると文句を言われるため、桃李は頭の中で考える。

 本当に、この理屈により、自分達が最後の戦争世代と表現出来るのか? 本質的なところではもっとこう―――


「お、良かったー! 間に合ったぜ八加瀬!」


 田井中の声で潜りかけた思考が現実に引き戻された。彼が言っているのは、トラックのラジオが聞こえて来た事を言っているのだろう。

 砂漠に幾つも打ち込まれた杭は、砂漠に地図を作る上でのポイントとしての役割もあるが、一定、規則正しく並んでいれば、送受信機の役割も果たせるのだ。

 そんな多機能な杭のおかげで、今、トラックからラジオの音声が聞こえて来る。

 ラジオからは華やかな音楽と共に、番組名が若い女性の声で高らかに宣言される。


 『それでは始まります! せーの! 第266美少女部隊! ただいま進軍中~!』


 複数人の女性、それも桃李達と同年代くらいの少女の声。それを聞いて、桃李もまたその番組に耳を傾けた。


「そうだ。丁度放送時間じゃないか。良かった。すっかり忘れてたよ」

「なー。今日、向こうは昼からの出撃だから、学校に通ってたら聞き逃すところだった」


 その番組は、その番組名通りの内容である。第266部隊と区分される部隊が、砂漠へと進軍し、命じられた作戦を遂行していくというもの。

 ちなみにラジオドラマなどで無く、れっきとした本物の番組である。第266部隊は少女達によって構成され、実際に砂漠で桃李達がやった様な仕事をするのである。

 向こうはワームの腹を掻っ捌いたりはせず、もう少し華やかな仕事が多い印象があるものの。


『今回、私達は発見された【トンボ】の巣の掃討作戦を行う予定です。火力の補充は十分で安心安全と言いたいところですが、何があるのか分からないのが戦場という事で、気合入れて行きますよ~!』


 そんな風に言ってのけるラジオの向こうの少女に、桃李の心も高揚してしまう。

 彼女の名前は(あお)(はら)()()。年は16歳高校生。快活で爽やかな印象を持つ第266美少女部隊のムードメーカーだ。人懐っこい喋りでラジオのメインを務める事も多くあり、一方で肩に掛かるか掛からないかくらいに髪を伸ばし、動く様はまさに少女らしさが溢れるもので、ラジオだけでなく美少女部隊の中心として存在する印象が桃李にはあった。さらに彼女の魅力はそれだけでは無く、以前に行ったライブではなんと―――


「八加瀬……おい八加瀬!」

「え? 何!?」

「ラジオに顔近づけたって意味無いからちょっと落ち着け」

「おっと。こりゃ失礼」


 言いつつ、田井中の運転の邪魔になるくらいに顔を動かしていた事を反省し、席に座りなおす。

 落ち着け桃李。別にラジオは逃げたりしない。志麻ちゃんの声は確かにそこから聞こえて来る。そうだ。心を落ち着かして、礼儀正しく聞くのが正しいラジオのリスナーであり、美少女部隊のファンの鑑となるはずだ。


「前みたいに、発生させた杭をサイリウムみたいに振るなよ? まったく」

「分かってるって。そんな事しない。嫌だなぁ、田井中は」


 と、手から杭を発生させようとしたのを止める。ラジオはライブじゃないのだから、幾ら身体を動かしたって伝わらないから仕方ないか。


「俺だって嫌いじゃないけどよぉ。お前の場合重篤だよな。そんなに好きか? 美少女部隊」

「だって夢があるじゃないか。彼女らも僕らと同じ戦争世代。砂漠に出て、厄介な化け物と戦う煌びやかな存在だ。こーんな砂と杭以外見えない戦場でさ、どこかに彼女らが居ると思うとこう……仕事に張りが出来る!」

「当人にとってストレス解消になってるってんなら、俺から言える事なんざ無いけどなぁ……ま、確かに、同じ戦場に居るかもしれないってのはロマンがあるよな」


 それだけじゃなく、組織上、桃李や田井中とラジオの向こうではしゃぎながら作戦概要を話す美少女部隊とは同僚と言える存在なのだ。

 彼女らが第266部隊という部隊の所属なのに対して、第73部隊である桃李と田井中。それとあと一人で構成されるその部隊は、まさに番号と役割しかそこに違いはない。

 組織図上は番号ごとに横に並び、視線を横にずらせばお互いに辿り着けるというのは、どうしたって心が昂ってしまうものだろう。


「もしかしたら、ほら、そろそろ街に付くだろうけど、街から出発する彼女たちともすれ違えるかもしれない」

「へぇ。確かに向こうからトラックが来てるな。部隊番号は266……」

「本当かい!? 今、もしかして番組収録中!」


 咄嗟にトラックの窓から身を乗り出して、すれ違う予定の街から来るトラックを見る桃李。


「266に近い、191のトラックが今、すれ違いまーす。お客様は、さっさと窓から顔を出していただければ幸いでーす」

「おい田井中~」


 脱力して、乗り出した身体を席に沈める桃李。それを見て田井中の方は笑って来た。


「そんな上手い話あるわけ無いだろ? 部隊数だけで幾つあると思ってるんだ」


 さすがに1000番台までは届いていないが、桃李が知る限り800番台には入っていたと記憶している。

 その中に美少女部隊と桃李達の部隊も含まれているが、それぞれが出会うという事もなかなかあるまい。


「夢みたいな話だとしても、それを見せるっていうのは酷い話じゃないか?」

「だから、そりゃお前が嵌り過ぎなんだっての。一ファンを自覚するなら、落ち着いてラジオでも聞いてろよ」

「分かってるさ。実際のところ、そんな上手い話が本当にあるだなんて、僕だって信じ込めないし、こうやって彼女らの声を耳に入れられるだけで―――

『第73部隊、八加瀬・桃李。田井中・孝則。定期報告をお忘れではありませんか。返答をお願いします』

「……」

「……」


 ラジオ脇の通信機から聞こえて来た声に、一気に沈黙する桃李と田井中。

 気分が落ち込む。さっきまで聞いていたラジオで高揚していた心が、一気に最底辺だ。それくらいにこの声はそんな気分にさせてくる。

 同じ女性の声だというのに、どうしてこうも与えて来る印象が違うのか。


『報告を。第73部隊。聞こえていますか?』

「あー……はい。八加瀬です。こちら聞こえています」

『それは良かった。あなたがたの葬儀をする準備がこちらは整っていません』

「無事で良かった……じゃないんですね」

『それを聞きたかったのですか? でしたら無事の帰還という事ですね。喜ばしい報告です。軍内部におけるあなた達二人の評価は上がる事でしょう』


 どうしたもんだと桃李は田井中と視線を合わせた。

 一応、この声の主が桃李達第73部隊の三人目であり、さらに言えば管理官でもある。部隊長では無く管理官だ。

 管理官と呼ばれる地位の彼女や彼らは、幾つもある桃李達の様な部隊の働きを監視し、上層部に報告する役目を持っていて、声を聞く限りは血も涙も無いタイプだと桃李は判断している。

 実際、声を聞く度に嫌な気分にはなりがちだった。


「こちら田井中。俺も無事です。今、任務を終えて帰還中でして……完了報告が遅れた事は申し訳ありませんでした」

『不手際を理解していただいて結構。今後は必ず、任務終了後すぐの報告に勤めてください。以上です』

「……」


 声が聞こえなくなり、声の主との通信が切れた事を確認するまで暫しの沈黙。

 その後、桃李は口を開いた。


「お疲れ様の一言も無しだって!」

「なー! そこは何とかして欲しいよな?」


 第73部隊、最後の一人の不愛想さに二人して愚痴を溢しながら、トラックは進む。実際、今日の仕事はこれで終わりだ。装備や備品を返却して、シャワーを浴びて、遅めの昼食を食べてから、学校でまだ授業があるならそこに参加して、後は自室に戻ってひたすら疲労を取るだけ。

 そんな風に今後の予定を考えた桃李は、トラックから見える景色を眺める事にした。

 ちなみに、ラジオの続きを聴く事をすっかり忘れていた桃李が叫びだすのは、学校に帰還して授業を受けている最中の事だ。




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