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第二十七話

「ええそう。こっちは終ったから、足りない物資を別の部隊に分けてあげて。群れ全体の観測は引き続きやってちょうだい。群れの進路が変わったのは分かってる。恐らくは街を避けるコースになってるのも分かっているけど、確定できない以上、戦いはまだ継続するしか無いでしょう? だから手の空いてる部隊が積極的に観測を続けないと。ええ、了解。そっちも頑張って」


 インディ達の群れからやや離れた場所に配置された簡易テント。些か心許ないものの、一応は後方と言える場所にて、青原・志麻は一部隊の取り纏め役として、他の部隊との調整を続けていた。

 今も報告と確認にやってきた自分の部隊員に指示を出し、テントからまた出ていくのを見送ったばかりだ。

 第266部隊。通称である美少女部隊とやらがなかなか腹立たしくなってくる忙しさの中で、とりあえず山は越えたらしいという実感だけが彼女を支えている。


(気を抜けば全部が崩れる可能性もあるから、気を抜く事も出来ないし、後方要員なんだから前線で戦ってる部隊員に対して弱音も吐けない……ものね)


 正直、立ったり座ったりするだけでも眩暈がしてくるのだが、倒れればどこぞのベッドに運ばれるだけマシな立場である。

 それに実際、後方に来る情報に関しては、事態が好転している物が多くなっており、後は順次、戦闘部隊をインディの群れから撤退させていく仕事ばかりというのは、仕事のし甲斐はあると言えた。


「うちの部隊は……やっぱり全員無事。良かった……」


 こういう安堵もあった。他の部隊の事もあるので、大声では言えないが、今の自分を奮い立たせるためにも、小声で呟く。

 というか、上がって来る報告で自分の部隊の情報がある度に、部隊員の生存報告ばかり気にしてしまう。


(悪い癖だと思うけれど、本当に奇跡的だったものね)


 テント内の上に重なっていく幾枚もの報告資料を見つめながら、自分達が今回の作戦でやった事についてを自覚していく。

 あのインディの大群に対して、少数の部隊員で中枢を攻撃、その圧力に寄って群れ全体の方向を変えさせる。こうやって字面だけ見れば、そんな都合の良い事が出来るものかと思ってしまうが、事実、出来たのだから自分で感嘆する他無い。


(第73部隊の八加瀬君。彼という要因もあったんでしょうけど、当人が言っていた通り、協力してくれたみんなの頑張りもあった。今回の作戦が無事に終わったら、みんなでお祝いでも企画してあげないと)


 こうやって、戦線以外の事に頭が回る事になったのも、悲壮感のある作戦では無くなった事の証だ。

 正面からただぶつかって消耗するよりも、人的資源の消耗は遥かに抑えられるだろう。それにしたところで、まったくの零にするのは難しいのだが……。


(そう。それは戦いが始まった以上は無理。だからこそ、私達の仕事が終わったからって、私自身は手を抜けない)


 頭の中の結論としてはそういう比較的マシなものになったので、仕事に戻る事にする。周囲には自分ところ以外の部隊員だって慌ただしく動き、上がってくる報告をまとめ、他の部隊と擦り合わせているのだから、自分もその動きに戻るだけ。

 そう志麻が気持ちを切り替えたタイミングで、テントに見知った顔が入って来た。


「青原先輩っ。ちょっと良いですか!?」


 慌てた顔をした赤丸・古野子という少女。

 彼女は現在、一仕事終えた上で、後方での待機時間……有り体に言えば任務を終えたから休養を命じていたはずだ。

 命を何度か賭けるくらいの作戦だったのから、それくらいは必要だと考えていたが……。


「何かしら、赤丸さん。何か大変な事でもあった?」


 もしかしたら、今回の大作戦に関わってくる重要事項かもしれないので聞き逃さず確認する。


「大変な事も何も、八加瀬くんが居ません!」


 その言葉を聞いて、志麻は溜め息を吐きかけた。それは予想外では無く予想していた通りの言葉であったからである。


「ああ、彼の事ね」


 赤丸が、こんな顔をしながら自分に話を聞きに来るのではないかと、実はずっと予想していた。それが何時になるかについては、彼女がそれに気付くかどうかだったので、もしかしたら一度も無いかもと期待はしていた。

 だって、聞かれたらどう答えたものか困る話題だったから。


「色々、言える前段階はあるんでしょうけど、聞きたいのは率直な話でしょうし、言ってしまうわね。彼、別の戦線に向かったわ。この後方には居ない」

「そんな……八加瀬くんは怪我人ですよ!?」

「そうね。しかも、重要で重大な任務をしたばかり。体力的にも休むべきでしょう。それを咎める人間も居ない。それくらいなら、私だって彼に伝えたわ」

「じゃあどうして!?」


 どうしてだろうか。やはり答えに窮する。

 さっき青原が言った質問に、八加瀬・桃李という少年はこう答えた。

 自分の怪我については戦えない程じゃあない。体力だってある程度休んだので随分とマシになった。身体は動く。だから……無茶はしないので戦場に向かわせて欲しいと、彼はそう志麻に伝えて来たのだ。


「……彼の所属は第73部隊。私達第266部隊との共同作戦が終わった以上、彼への指揮権は元の部隊にあるから、私が止められるものじゃあないし、戦場で人手が足りなくなっているのも事実だった」

「そういう事じゃあありません! 八加瀬くんは―――

「そうね。そういう話じゃあない。けど、彼、こう言っていたのよ。自分は高望みをしてるって」

「高望み……?」


 思い出すとどうしてか、つい笑ってしまいそうになる。そんな事を八加瀬・桃李という少年は語っていた。

 一度の作戦を終えて満身創痍、応急治療を受けて、二時間程度の休息の後、体力が回復したからと言って、また戦うなんて正気とは思えない。

 そんな事を話す志麻に対して、彼は自分の願望を話し始めた。


「一人でも多く、助けられれば、それが自分にとっても良い事なんですって。自分を含めて、一つでも多くの命が残れば、明日はもっと気分が良くなるから、戦えるだけ戦わせて欲しいって、そう言って来たのよ」

「そんな……」

「言っておくけれど、命を無駄にするなんて考え方だったら、さすがに私だって止めていたわ。彼は生き残る気満々で、それ以上を望めるから望みたいって言うのよ。それはさすがに、私だって止められない」


 志麻だって、人の死は少ない方が良いと切に願っているのだから。


「青原先輩、私―――

「追うのは駄目よ、赤丸さん」

「先輩っ!」

「駄目なものは駄目。彼の場合はそれで良いと思ったけれど、あなたの場合は、私に指揮権があるもの」


 戦闘能力という面でも、驚くべき事に、八加瀬・桃李はまだ十二分に戦える事を、実際に杭を発生させる事で示して来た。

 一方で赤丸の方は、まだ戦闘継続は不可能だ。今だって青い顔をしているのは、慌てているから以外の理由もあるだろう。


「そんなのって、無いですよ、先輩。わたし、わたしは……」

「置いて行かれちゃったわね、赤丸さん」


 赤丸に対して、話してやれる事が思い浮かんだ。そうだ。きっと、これを伝えてあげたら良い。


「置いて……ですか?」

「うん。あなた、知っていたかしら、八加瀬くんって多分、あなたに憧れてたのよ」

「わたしに? わたし達の部隊にじゃあなく?」


 やはり気付いていなかったかと内心で笑う。彼女、結構鈍感なところがあるのだ。直接言ってやるのは野暮だろうと、少しばかりぼかした言い方をしたが、好意に近いそれだろうと志麻は思う。

 そうして、伝えるべき事だけ伝える。


「多分ね、以前までの彼って、見てる世界が狭かったんだと思う。そうして、もっと広い世界を知っているあなたに憧れた。こうやって戦ったり、歌ったり? しているあなたが凄いって思ったんじゃないかしら」

「それって、わたし以外でも、それこそ先輩だってそうじゃないですか」

「かもね。けど、彼が一番、素のままの相手を知っているのは、私じゃなくてあなたなんじゃない? 赤丸さん」

「それは……」


 聞いた話では、赤丸が八加瀬と出会ったのは第266部隊に所属する少し前の時点だったそうだから、きっと、その時点から、まず赤丸の方が変わったのだ。


「あなたを凄いと思ったから、八加瀬君はあなたを追いかけて、今は追い抜いちゃった。そんなところなのよ、きっと」


 戦場で、自分の命を気遣いながら、他人の命だって守りたいと思い始めた。

 それは随分と、頼もしい話に思える。そういう事が本当に出来るなら、彼はもしかしたら、英雄にだってなれるのでは無いか。そんな事すら思えるくらいに、志麻に話しかけて来た彼の目は綺麗だった。


「だからね、赤丸さん。今はそれを受け止めなさい。もし、癪だと思うなら、今はしっかり休んで、走り出せると思える様になったら追いかけるの」


 だから今、赤丸には休息が必要だ。この戦場で生き残れば、追い付く機会は幾らでもあるだろうし。


「確かに……それは分かりますけど。それはそれで、なんだか悔しいじゃないですか」

「ええそうね。それについてもその通り。私もそう思うわ」


 だから第266部隊もまた、休み次第、また走り出そう。今日生き残る事は、どうやら出来そうだから。

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