第二十三話
トラックの振動が止まる。外には幾台もの同じ形をしたトラックが並び、詰め、砂漠に設置された大型基地を狭くしている。
運転する者達の腕が良いのであろうが、整然と並んでいるその光景を見ると、酷く無機質な物を見ている様な、そんな気持ちに桃李はなってしまう。
「これからそれぞれの作戦概要が配られるみたいだ。俺が貰ってくる。お前は残っておいて良いからな」
トラックを完全に停止させた田井中が、桃李に対してそう告げて来た。
これから、激しい戦いに赴く桃李に気を使っているのだろう。少しの体力も、本番より前に消耗させないためだ。
そんな親切心は素直に受け取っておく事にした桃李は、田井中に対して頷いた。
「うん。時間掛かるだろうし、ここでゆっくりしてるよ」
トラックの助手席はくつろげる程に広くも無い場所だが、慣れ親しんだ場所ではある。ここで仮眠を取るなんてわけない事だった。
田井中が運転席から出て行って、暫し目を瞑る。
そうして、眠るより先に、頭の中に考えが浮かんで来たので、ふと呟く。
「管理官。聞こえているなら教えて欲しい。僕達の戦争の勝敗っていうのは……どこにあるんだろうか?」
それは、本当に呟きでしかなかった。答えが返って来るなんて考えもしなかった。ただ、仮眠するまえに抱いた疑問に、答えの無いだろう問いかけをしただけ。
けれど……。
『この戦争における勝利とは、あなた達と我々の生存です』
トラックの通信機器から声が聞こえて来た。
スイッチを押したつもりは無かったが、別にスイッチを押さなくても、向こうに何かあれば、ここからは声が聞こえて来る。
女性の、無機質な、管理官の声。
「なら、なんで僕が、戦場で自分のやる事を良く考えず、ただ自分の役目だけを実行していたら、戦争の敗北になるんだろう?」
以前、管理官が残した言葉を思い出す。自分が特攻役として戦う。それは自分が生まれて要求された性能なのだから、それを選ぶのは当たり前だ。
だが、そんな桃李の考えは良く考えたものでは無いと、そんな考えであれば戦争は敗北したのだと、管理官は告げた。
今は、その言葉がどうしようも無く気になった。
『我々の、この街の、この世界の成り立ちについては、既に学んで居ますか?』
「そりゃあ学校で歴史の授業くらい受けてるからね。かつてはもっと繁栄していて、突然にそれは崩壊した。世界は砂漠だらけになり、崩壊した後に生き残りが何とか集まって、戦争を始めた」
『それは我々の歴史であって、あなた達の歴史ではありません。中学校の授業ではまだその理解で良いですが、あなたの問いかけに答えるためには、もう少し踏み込んだ表現が必要です』
管理官は何時になく多弁だった。作戦の概要やら報告の催促やらを求める時とは違う、無機質なままなのに、何かの感情がこもっている様な、そんな声が通信機器の向こうから聞こえてくる。
「その踏み込んだ表現っていうのは……?」
『我々の世界は敗北したのです。世界は繁栄しましたが、そんな世界そのものは、今の世界には敗北しました。分かりますか?』
「ええっと……」
管理官はあっさりと、敗北を認めた。それも一国だとか、一個人とかの話では無く、世界そのものが敗北したのだと。
その言葉を……実は理解出来なくはない。そうだ。授業でも教えられた。
「今、僕らが生きているのは、元の世界じゃあ無いんだっけ?」
『そうです。未だ謎の多い現象ですが、少なくとも世界は二つあり、世界は世界とぶつかり、我々の世界は敗北しました。崩壊しました。世界は砂で溢れました。その砂は、我々の世界そのものです』
街を包む砂漠。遥か遠くまで続いていそうな、桃李が知る世界の大半であるこの砂漠は……かつての世界の残骸である。実感は無いが、それだって知っている。
『我々の国も社会も、自然環境も、星も。世界ごと破壊される。それが世界と世界のぶつかりです。世界にも質量があるとしたら、質量が少ない方は、すべてが大きい方の世界に敗北し、砂となり崩壊する。それが我々の歴史です。我々は儚い抵抗を試みました。今の、我々の世界を崩壊させた世界に触れれば我々もまた砂となる。そんな世界で、無意味かもしれない抵抗を続けたのです』
「元の世界の生き残りは、砂漠の砂だけは元の世界のものだから、その上でだけ存在出来るんだったよね? だから砂の上に残った生き残りや残骸を集めて、街や武器を作った」
『我々は戦おうとしました。ですがそれはやはり無意味に終わりました。何故なら我々のあらゆる武器も思考も、この世界の原生生物一匹にすら通用しない』
インディ……ただ、そこに縄張りを持って生きているだけの、当たり前の生存競争を続ける生物。それらに対して、元の世界はあまりにも弱かった。弱者の側だった。
だから追い詰められたのだ。だって世界そのものが既に負けた側だったのだから。
「けど、今、僕達は戦える」
『あなた達はそのために作られました。あなた達が生きる街も、道具も、武器も、八加瀬・桃李、あなたが発生させる様な杭も、この世界と戦うために作ったのです。その戦いとは、何かに勝利するという類のものではありません』
「この世界で、生き残るため……。さっきから、我々とあなた達ってわざわざ分けた言い方をしているけれど、それって」
『そうです。あなた達はこの世界にある物質で作られています。敗北した我々に対して、あなた達はただあなた達というだけで勝利している。ですが、それは我々の勝利では無い。勝利とは、この世界と世界の戦争における、我々の勝利条件とは一つ』
「あなたを受け継ぐ事だ。管理官」
『……』
何故か、答えが自分の中からふっと出た。むしろ、この管理官も、桃李が生きる街も、世界の有り様だって、ずっとそれを伝えて来ていたのかもしれない。
ただ桃李だけが、勘が悪くて、そこに気が付かなった。戦場で、戦う事が自分の役割であり、それ以外を上手く理解出来なかった桃李だから、気が付けなかった。
「僕がただ、戦うための道具なら、僕に考える事も、生きる事も、こういう人のカタチだって与えなかったはずだ。けど、僕はこうやって、どうしようもなく悩ましい事を考えながら、生きている」
『我々の世界は敗北しました。けれど、我々の意思は? あの、輝かしかった世界と、夢や希望や、多くの悩みや不安に包まれていた思いは、まだ消し去られてはいません。我々にとって、あなた達は奇跡なのですよ、八加瀬・桃李。今、こうやって会話する事ですら砂となっていく我々にとって、我々の……思いを受け継ぐ事が出来るあなた達は、唯一、戦争に勝利出来る存在なのです』
何時か消えていく我々。残る事になるあなた達。あなた達である桃李はきっと、戦う事だけしか知らないのでは駄目なのだろう。
戦うため。過酷な世界に生き残るための能力を与えられ、作られた桃李達が、どうして学校に通っているのか? アイドルとして歌う者がいるのか? そのライブではしゃぐのか。
なんとなく、本当になんとなく、分かった気がする。
「僕がただ、戦うだけの道具なら、管理官達は負けるんだ。かつて、管理官達があった様な人間として、この世界で生きて行こうとしない限りは」
『世界は歪です。我々は十分な物をあなた達に残せていない。残せる見込みも無い。けれど、それでも我々を継いで欲しい。それは残酷な期待です。ですが、我々にはもはや期待する事しか出来ない』
無機質な。もはやどこかの時点で、そういう声しか発する事が出来なくなったであろう声。それでも、込められている物を感じられる。
管理官達。元の世界の生き残りは、世界に戦争を挑んだ。弱い世界であったけれど、強い世界に残せる物があるのだと。それを、残される側である桃李達に伝えていた。もしかしたら、これまでずっとそうだったのかもしれない。
だから桃李を、あの美少女部隊と合同で仕事だってさせた。何か確定した結果では無く、異質な者同士がお互いに接する中で、かつてあった世界の様に、色々な思いや考えが生まれてくれると信じて。
「管理官……僕は……今の僕の中にあるこの思いや考えが何なのか、まだ良く分からない。けど、もし、それが未来、管理官達の思いを継ぐようなものだとしたら、一つ、僕の考えを聞いて欲しい」
『話を聞きましょう』
桃李は笑う。
ああ、そうか。彼女とはこういう話しをすれば、話し合える相手だったんだ。




