第二十二話
作戦の決行日は決まった。
会議から一週間後。その間、作戦中の行動についての幾つかの訓練が行われたが、それ以外の部分はこれまでの日常と変わらない。
学校に通い、ただ日々を過ごす。むしろ砂漠での作戦が一週間後まで無いのだから、日常の部分が何時もより濃い気がする。
桃李にとってそれは、これまでまったく無かった事では無い。
(時々あったよ。作戦と作戦の合間の、休養期間みたいなものはさ。けど、意識した事は今回が初めてかもしれない)
東南中学校の教室。その昼休み。昼食も終わり、気だるげな空気の中で、桃李は自分の座席でふと、そんな事を考えていた。
何時もとは違う。それは間違いない。何せ机を挟んだ目の前に、何時もとは違う顔があったからだ。
「よーよー。だからよ、言ってやったんだ。そりゃあ強い。すごく強いかもしれないけど、俺よりは弱いってさ。分かる?」
「うーん。いまいち、その手の話は分かんないかな」
目の前にはクラスメイトの寛我・隆が居た。
第266美少女部隊のライブの帰り道、偶然会った彼とは、何故か時たま会話をする仲になっていたのだ。
「かー、やっぱり八加瀬君にこの手の話は分かんないか。この話を聞けば、そりゃあみんな盛り上がるんだぜ?」
「……そうなの?」
「そうでもないかなー」
居るのは寛我だけでは無かった。他のクラスメイトも回りに居る。
別に桃李が人気者というわけでは無く、教室ではその時々に応じて、人の集まりが出来るというだけ。
今回はそれが桃李の席の周囲だっただけ……なのだが、それ自体がこれまでには無かった。
この教室内においては、八加瀬・桃李の席の周辺は雑談をする場所では無い。という考え方から、何時の間にか雑談出来る場所に変わっていたのだ。
その切欠が何だったかと言われれば、やはり寛我の影響があるのだろう。
「けど、やっぱりさ。思うんだよ。恰好良く生きようとすれば、恰好良くなる。これは俺の座右の銘だね」
彼が特別というわけでは無い。今の話だって、意味なんて欠片たりとも無い、数秒後には何の話をしていたっけとなる程度の話だ。
けど、そんな話を、彼がまず桃李とする様になった。その内に、他のクラスメイトの距離も何時の間にか縮まっていた。
ある種の異分子であった戦争世代の桃李が、今、普通に他の生徒と話が出来る環境になったのである。
ならばやはり、寛我が特別なのか? 彼が別に特殊な人間で無い以上、それは無いだろう。特別な何かがあるとすれば……。
(僕が勝手に、壁を作っていただけ……なのかな?)
桃李側にも、最近になって心境の変化があった。それを言葉にするにはまだまだ、桃李の人生経験は足りないものの、何かが変わったのだ。
だから今、こんな状況になっている。こんな状況を心地良いと考える自分が居る。
「でさー……どった? 八加瀬君よー」
話の途中、桃李が教室の窓を見つめていたせいか、寛我が訝しむ様に尋ねて来た。
「ああ、ごめん。ちょっと今日は用事が出来たみたいだ」
桃李の視線の先。教室の窓の外には、大きなトラックが止まっていた。砂漠を走るための、大きく分厚く、頑丈で武骨。
桃李達戦争世代を戦場へ運ぶためのその車両。
「今日も仕事? 大丈夫か?」
「ああうん。多分、大丈夫だと思う。何時も通りの仕事だから」
心配してくる寛我に対して、桃李は笑ってそう返した。
会議から一週間後、化け物の群れから街を守る作戦の実施日は今日だ。
事前の取り決め通り、現場の準備が整い次第、桃李の様な前線で戦闘を行う部隊員が向かう事になる。
日常から、戦場へ。
(そうだ。この日常は、僕が違う世界だと思っていたはずのものだ)
それが今、この瞬間、自分はここに居たのだ。ここも居場所だと実感できるようになった。
そういう実感を忘れない様に、桃李は一度だけ振り返ってから、教室を出て行った。




