第二十一話
故に会議は紛糾する。誰も出口を知らない迷路の中で、どの方向に進むかを話し合う様なものだ。
どこまで行っても、意見はただ直感や経験則に寄るもので、それが良い方へ向かうのかどうかを誰も判断出来ない。
出て来る案にしたところで、直接ぶつかるのでは無く、群れの側面を触れる様に攻撃すれば移動先を変えられるのではだったり、群れを統率するリーダーを潰せば群れは霧散するのではだったり、桃李でも思いつくし、桃李でも反論出来てしまう物でしかなかった。
例えば前者、移動先の変更については、群れは生物の群れである以上、意思を持っているから、多少の進路妨害ではすぐに方向を修正してくるだろうし、後者にしても、複数の生物が偶発的に作り出すタイプの群れである以上、リーダーとなる何かなど存在しない。
(まあだから……消耗覚悟でぶつかるしか方法が無いっていうのは確かなんだろうけど……)
会議場を出たすぐ近くの廊下にて、桃李は溜め息を吐くのを我慢しながら、壁に背中を預け、天井を見ていた。
会議場ではまだ話し合いは続いている。けれど、結論はもう出ていた。やるしかない。そういう結論以外が出るとはとても思えなかった。
だから、溜め息が出そうになる。こうなるしかないから、仕方ないだろう。そういう諦めからは、なんとなく遠ざかる事が出来たと最近は思い始めていたのだが、どうにも世界の方は、まだまだ諦観に包まれているらしい。
(それとも、僕がまだ-――
「もしかして八加瀬君……? あなたも廊下で休憩中だった?」
と、聞き覚えのある声で思考が一旦止まる。そこに居たのは、やはり見た覚えのある顔。さっき会議場で喧々諤々と意見を飛ばしていた者の一人、青原・志麻だった。
「青原さん……あなたもっていうか、青原さんの方こそ、会議を出て良いの?」
彼女はむしろ会議の中心の一つだった気もする。いや、桃李が会議場を出る頃には、複数人の中心が出ていたと思うが。
「私? 私の方は……うん。言うべき事は言っちゃったから。それに他の隊員が聞いているでしょうし。八加瀬君もそうなんでしょう?」
出来る事も無い。そんな諦めに似た感情がその言葉には込められていた。そこは確かに桃李と一緒だ。
けれど、それは謙遜では無いかと桃李は思うのだ。
「最初の発言、かなり良かったと思いますよ、僕は」
「あらそう? 私が言わなかっただ、誰かが言ってたと思うけれど」
「もしくは、誰も言わなかったか。多分、今、会議がまだ続いているのも、青原さんの発言があったからじゃないかな」
「進展させる事が出来たわけじゃあないのだけれど……ね」
だとしても、こうやって話し合いを続けるのは大事ではないか? 不満があって、無駄かもしれない話し合いをだとしても、それをする事には意味があるんじゃあないか。
そんな風に桃李は思うのだ。
「みんなで、納得して動けるなら、同じ作戦だってまだマシになると思うし、もしかしたら、万が一にでも、新しい案だって浮かぶかもしれない。そういう希望ならまだ、残ってる。青原さんが残したんだって、それくらいは思っても良いんじゃない?」
「買い被り過ぎ……って言いたいけれど、むしろキミ、八加瀬君って、思ったより前向きにいろいろ見てくれているのね。前の作戦の時はこー」
「視野が狭かった?」
「かもね。ううん。というより、余裕が無かったんじゃない? どう?」
聞かれて考える。確かに、余裕なんてものは無かった気がする。何時だってギリギリで生きて来た。そういう世界なのだから仕方なかったと思うし、今だって同じだと思うけれど、何かがそれでも変わったというのなら……。
「チケットを貰ったライブ……見たんですよ。そこで久しぶりに楽しめたから……少しは気持ちを入れ替えられたんだと思う。特に……赤丸さんにですけど」
「あらら。私じゃないのは残念。けれど、あの娘に影響を受けたって言うのはちょっと納得」
「元気が良いから?」
「それもあるけど、それだけじゃあ無いのよ、あの娘?」
その言葉に興味が湧いてしまう。ここに居ない、現在進行形で会議に出ている人間の話なんて悪趣味かもしれないが、桃李は赤丸・古野子という人間に対して、もう少し知りたいと思う様になっていたのだ。
「身内同士だと、さらにはしゃぐタイプ……とか?」
「逆よ逆。むしろね、多分、八加瀬君に近いタイプだったのかな」
「僕に?」
「さっき言ったでしょう? 余裕が無いというか、自分の世界とそれ以外を区切ってそうなタイプっていうか。最初、美少女部隊に来たばっかりの頃は、自分はどうしたら良いんだろうって、ぼんやりしてる事が多い娘だったの」
なら、桃李もそんな人間として見られていたという事か。否定は出来ない。自分でもそうだなと思う部分はあった。
「けど、青原さんの口ぶりじゃあ、赤丸さんはそこから何か変わったって事ですよね?」
「ええそう。何だか急に、はきはきし始めて、美少女部隊の隊員として、何か新しい事が出来ないかって発言も増えて、いまやすっかり私達の一員。だから聞いてみたの。何か変わった切欠でもあった? って」
そこだ。そこが気になった。どうして赤丸は変われたのか? 桃李は彼女みたいに変われるのか? 大変な作戦がこの後に控えているというのに、今はどうしてか、赤丸の事が気になってしまう。
「彼女には、何が……?」
「友達が出来たんだそうよ」
「友達?」
「そう。美少女部隊に転属になって、こっちの街で心細い思いをしていた頃、偶然知り合った友達が出来たんですって。その友達と、やっぱり偶然、砂漠の戦場でも出会った」
「それは……」
「インディに襲われていたところを助けられた。命を救って貰った。だからこう思う様になったそうなの。偶然にしても出来すぎだから、その人に助けて貰った命を、無駄にしたくは無いって。運命なんてものがあるなら、きっと、助けられた事に意味がある様に生きるべきなんだって、そんな事を言うの。ロマンチックな話かもね」
「その人って……」
「あなたよね、八加瀬君。赤丸さんは、あなたとの出会いを大切にする様になって、変われたんじゃないかしら? だから多分、あなたに感謝しているのよ。本人からは聞いた?」
「いや……それは……」
どうだろうか。暗に伝えられては居たのだろうか?
だから、一方で、世界を諦めた様に見ている桃李に対して、責める様な目を向けていた?
桃李の方は、彼女を変えたっていうのに。
「なら、これ以上語るのは野暮ね。もっと知りたければ、二人で話をして。あの娘、今日はここに来ているんだから、きっとまた、顔を合わせる事だってあるでしょう?」
ここで無くとも、次の作戦にだって、生き残れば。
青原という女性は、強い女性なのだと思う。あんな無茶な作戦を聞かされて、意地かハッタリかは知らないが、そんな事を言えてしまうのだから。
(なら、僕は……)
どうするべきか? どう生きるべきか?
そこに答えを出すべきなのだろう。桃李はそう強く思う様になっていた。




