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第二十話

 平穏と混乱は天秤を支え合っている様で混乱側に傾きがちだと言ったのは誰だったか。

 平和だとか退屈だとか考え始めるタイミングで、だいたいはまた次の仕事が入って来る。そうなりがちだと桃李は考えていた。

 場所は街中央付近にあるビル街の中の一つ。大会議室というよりもはやホールと表現だける広さがあるそこで、並べられた椅子とそこに座る人間も相応にいる。そんな空間の、椅子に座っている人間の一人が桃李だった。


「こういう光景ってライブ会場と似てないか?」

「馬鹿言うなって。全然似てない」


 隣の椅子に座っている田井中が冗談を言ってくるも、桃李の方はあまり笑えなかった。

 二人して並んでいる時点で、和やかな会議のはずが無く、恐らくまた仕事の会議である事は分かり切っているからだ。

 そもそも管理官に呼び出された身。席の前に配置された長机には、席に座るそれぞれのために用意された、マイクも兼ねた通信端末が置かれていた。


「おい、桃李、見ろよあっち」


 次は何だと袖を引っ張られながら、田井中が指さす方を見れば、そこには美少女部隊の姿があった。

 席からは大分離れているが、中に赤丸の姿がある。一瞬、彼女が視線をこちらに向けたので、桃李はどんな表情を返せば良いか戸惑ってしまった。

 彼女からは、少し手を振られる仕草をされたため、桃李もそれをつい返す。

 とりあえず、この大会議場において彼女らとの交流はその程度のものだ。会って雑談でもという空気では少なくとも無い。


「なんかまだ、いろいろ思うところあるのか? 美少女部隊に」

「あるけど無いよ。今度また、話した時は、普通に? 話が出来ると思う。興奮さえ抑えられればね」

「じゃあ無理だな。何時ものファンの顔になってるぞお前」


 田井中の言葉で、咄嗟に手を顔にやったが、別におかしく歪んでいるわけでは無かった。いや、少しニヤけて居るか?


「まー、見ての通り、何時も通りにはなってるよ。ったく」

「そりゃ結構な事で。どーにもこの会議、何時もの仕事の話だけで終わりそうに無いんだよな。何人か、戦争世代じゃない人間も混じってるぞ」

「本当か……?」


 怪訝そうに大会議場を伺うも、田井中の言葉が証明されるより先に、会議場内でブザーが鳴った。会議の開始を告げる合図だ。

 会議場内にあった、それぞれの人間が発する騒がしさが抑えられていき、部屋の明かりもやや暗くなる。

 会議場前方。その中央に配置されたスクリーンのみはむしろ明るく照らされ、何かしらの画像が映し出されていく。

 それは街付近の地図だった。


『失敬。それでは始めさせて貰うぞ。後ろの席。こちらの声が聞こえるかな? ああ、それならオーケーだ』


 スクリーンの脇に、通信端末を手に持った男が一人立っていた。小柄で、桃李達よりは十は年上だろうか? そんな男。


「珍しいな。どっかの管理官が進行役じゃないのか?」

「あれだよ。戦争世代じゃない人間。確か街の行政官の一人だ。一度見た事がある」


 桃李の独り言に、田井中が小声で返してくる。彼が街の行政官の顔を憶えている事には驚かない。そう多い人数では無いからだ。

 街中央の、戦争世代や一般の人間を生産する機構含めて、多くの施設は長らく管理官達が文字通り管理して来たわけだが、最近になって、その管理官の仕事を移管された人間達が現れてきている。それが行政官だ。

 最近という文字通り、かなり新しい取り組みであり、選ばれた人間もまだ多く無かった。ちなみに、今のところその人間の中に戦争世代は含まれてはいない。


『さて諸君。君達の多くが現在進行形で行われている戦争の現場で戦ってくれている事だろうと思うが、昨今、君達が戦う化け物連中の動きに妙なところがあると感じた者はいないだろうか?』


 行政官の問いかけに、会議がほんの少しだけざわつく。戸惑いに寄るものでは無い。心当たりがあったからこそのざわつきだ。

 確かに、ここ最近のインディ退治は、桃李にしたところで本来そこに居ないはずのインディが何故か現れるという事が多かった。


『既に何件か、実際に街の意思決定機関内にも報告が上がって来ている。端的に言ってしまえば、やつらめ、どうにも複数種類を含めての大移動の準備をしているらしい』


 街周辺地図を映しているスクリーンの一部が変わる。地図上の、街からかなり離れた斜め上あたりに赤い三角形のマークが印されたのだ。


「インディって、群れて移動したりするのかな?」

「インディたって砂漠に適応しただけの生物の総称だろ? そりゃあ草食の奴らは群れるし、それを狙う肉食の奴だって集まって、大集団にはなるんじゃないか?」


 桃李と田井中も含めて、会議がややざわつく。桃李達が戦うインディであるが、統一的な何かというわけでは無く、田井中が言う通り人類にとって脅威となる生物を一括りに表現しただけなのだ。

 別に奴らは人間だけを狙っているわけでは無く、ただただ、生存のための縄張りが人類と被っているからこそ争いが発生している。

 故に、今、説明した様な群れを構成する事だって、普通にあるのかもしれない。


『これまで、君達が言うインディの大移動が確認されなかったわけでは無いが、今回、特に目立つのは街の近くでそれが発生しようとしている点だ。良い面を見れば、またとない奴らの生態を観察出来るだろうが、悪い面を見れば、街の壊滅危機と言える。これが今のところ、大移動の予定進路だからだ』


 会議場内のざわつきを止めるかの様に、行政官の説明が続き、実際に会議場内は静かになった。

 地図上の赤い三角形のマークがそのまま斜め下。桃李達が住む街へと食い込んでいく光景を見せられたからだ。

 地図は単純な地形図だけで表現されているものの、代わりに見ている者の想像力を働かせてくる。


(インディの群れが、街を襲う?)


 奴らに特別人間を襲うという思考は無いだろう。だが、野生の獣らしく、目に映る獲物を襲ったり、邪魔な障害物を押し倒すという行動はするはずだ。

 ぞっとしない話。誰しもがそう取った。


『これまで、幾つかの部隊にはこの群れの牽制や偵察任務に付いて貰い、一定の成果を出しているところだが……如何せんまだ群れの構築と進行を妨害出来たとは言えん状況だ。この状況において、我々がすべき事は一つ』


 行政官の言葉を合図にしたわけでも無いだろうが、地図上に青いマークが街のある場所から出て、化け物の群れを現わす赤いマークの脇へと進む。


『群れの横腹を攻勢部隊で叩き、その進路を街から逸らす。無論、激戦が予想される以上、相応の部隊数を用意する予定だ。この会議場の大きさも、別に他が無かったから用意したわけでは無い』


 行政官は淡々と説明を続けているが、当事者であるところの桃李達の心境は落ち着いてなど居られなかった。


(インディの群れに複数の部隊でぶつかれって事だろ? 牽制なんてもんじゃなく、それこそ火力で押すって事だ。被害は……どれだけ出る?)


 群れの規模に寄るだろうが、行政官の言葉を借りるなら、この会議場に集まった人間の数は飾りでは無いだろう。

 あくまで部隊の代表者が来ている会議でもあるだろうから、その総員は千の台に乗ると予想出来る。


『作戦の概略については以上だ。詳細はこれから配付する資料に書かれているが、この会議でも意見があれば聞こう。今のところ何かあるかな?』

「一つよろしいでしょうか?」


 行政官のその言葉に、躊躇なく手を挙げた者がいた。

 自分達と同じ部隊員。顔も知っているし声だって知っている。桃李で無くともそうだろう。第266部隊。美少女部隊のリーダー格である青原・志麻の姿がそこにあった。


『では君……ああ、青原君と言うのか。どうぞ』


 行政官の方は美少女部隊の彼女を知っている様子では無く、事前に用意してあったらしい名簿から青原の名前を今知った様子だった。

 行政官にとっては美少女部隊の彼女とて数いる隊員の内の一人。そういう事でしか無いが、青原の方は物怖じした様子も無く、彼女から出て来る言葉も躊躇が無かった。


「現段階の作戦の概略については分かりましたが、概略だけでは、戦力を直接的に消耗する事になる様に見えます。何かこれを抑える策がこれ以降に提示されるのでしょうか?」


 それはここに居る、このインディの群れという差し迫った危機に直接当たる事になる部隊員達にとっての総意だったろう。

 その言葉を聞いて、最近目立っているチャラ付いた美少女連中が何かズレた事を言っているなんて目で誰も青原の事を見てはいない。

 少なくとも、彼女は自分達側だ。そういう目で見ているだろうし、だからこそ行政官の返答だって気になる。


『意見があれば聞くつもりだが、それが無い場合において、新たな策が提示される事は無い。そうだな。この期に及んで言い訳するつもりは無い。君の言葉を借りて率直に言うなら、今回の作戦は、戦力を直接的に消耗するものだ』


 それは、桃李達の様な戦闘部隊に、避けられない多大な被害が出る事を意味していた。それを避けたいのなら、自分達の頭を動かさなければならない。

 今回の会議は、そういうものであるらしかった。



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