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第二話

 金色というより、まさに砂色の砂漠は、一度入り街並みから遠ざかれば、その砂の大地が延々と続いている様に見える。

 そうして、それは今のところ、事実そうであると学者なんかは話しているらしい。


「ポイント1238確認。大丈夫。ルート通りだ」

「おーけー。監視続けてくれ」


 桃李の気怠そうな言葉に、同じく気怠そうに田井中が答えて来る。

 桃李が進むトラックの窓から双眼鏡越しに見つめるのは、砂漠に突き刺さった棒である。

 砂地からでる高さはだいたい電柱と同じくらい。太さはそれよりも細く、柱というよりかは、やはり棒を思わせるそれ。

 風で形を変える砂地でもその立ち位置を変えない様に、大地に深々と刺さっており、それが等間隔で幾本も並んでいる。

 コンパスも効かないこの砂漠においては、それぞれナンバーが振られたこの棒……というより杭こそが自分達の位置を示すための唯一の方法である。一応、星を見て場所を確認は出来るが、今は朝から昼に変わるくらいの時間。星空なんてどこにも見えない。


「とりあえずはポイント1242を過ぎたあたりで、何も無ければ新しい杭を突き刺して終わりだけど……」

「どう思う? そうなると思うか?」


 手元の地図とトラックの外の砂漠を見比べている桃李に対して、田井中が尋ねて来る。

 答えなんて明確に返せない内容だったが、桃李はすぐに答えた。


「楽には終らないよ。僕らに仕事が回って来てるってのはそういう事だろ?」


 一応、街にある幾つかの組織を経由して、桃李達に委託されている仕事がこれだ。たかが学生。戦争を知っている最後の世代などと揶揄されるそんな複雑な身の上である、誰から見ても子どもな自分達に回って来る仕事。

 そんなろくでもない状況になっているのだから、ろくでもない事がこの先に待ち受けているという事だろう。


「本格的な戦争が終わってもう幾らになるんだよ。まだまだ、世の中楽にならないってのは嫌だねぇ」

「そうだね。僕らみたいな子どもがこういう事愚痴ってるのを、偉い人達も真摯に考えて欲しいけど……待った。一旦止まって」


 桃李の言葉に反応して、田井中はすぐにトラックを止めた。二人して、さっきまでの気の抜けた表情から、一気に心まで引き締まる。


「向こう。次のポイントから向かってやや左側。動く影が見えた。そっちは?」

「悪い、こっちは確認できない。どうする? もっと近づくか?」

「いや、僕が単独で確認する。田井中は変化があった時の本部への報告を頼む」


 桃李は頷きを返してくる田井中を後目に、トラックを降りて後部に積まれている幾つかの装備の中から、黒いコートを学生服の上から羽織った。

 部分部分が金属部品になっているそのコートの袖に腕を通し、皺が寄っている襟を整えれば、準備と覚悟は完了だ。

 砂地に足を深く落とし、そうして力を込めて走り出す。


(大きさはどれくらいだ? 目算で三メートルから十メートルくらい……こういう時、比べるものが無いのは困るな)


 幾つかの砂山の向こう側に、あの影は居たはずだ。距離にして数キロ。その地点へと脚力だけで一気に近づきながら、桃李は自分が見たはずのものについて考える。

 それが出来る身体能力と余裕が、今の桃李にはあるという事でもある。

 羽織ったコートは重い。足に纏わりつく砂は不快感と鬱陶しさを増してくる。だがそれでも、全力を出さずに砂地を数十キロの速度で移動できる能力が桃李にはあった。

 戦争世代。そんな風に表現されている。

 常人離れした身体能力と、ある種の特異な能力。それを先天的に与えられた存在。それが八加瀬・桃李の、些か一般的で無い特徴である。


(そうして……そんな僕らの戦争相手だったのはこいつみたいなのだ!)


 影が良く見えなかったのは、そいつが砂地に半ば埋もれて隠れていたせいだ。

 桃李の接近を察してか、そいつは身体に乗っている砂を振るい落としながら、の上体を持ち上げてくる。

 それは蛇、蚯蚓、長虫の類。外観的にはそれを思わせるそれだ。外骨格に見える硬質の外殻がある事は確実で、一方で、頭から尾の先端にかけて骨が通っている様にも思える動きをしている。

 虫、爬虫類、はたまた獣にも見えるし、そのどれよりからも外れたそれの一番の特徴は、巨大であるという事。


(目算は悪い方に当たり。頭の先から尾まで八メートルはあるな)


 しかも長くはあれど細くは無い。胴回りだけでも桃李の身長よりはあるだろう。

 それが砂地より全身を出し、大きく開く顎から、顎と一体化した様な牙を数十本見せつけて来る威嚇行為。

 桃李を敵と判断するその仕草を見て、桃李はこれから、自分が戦わなければならない存在を認識する。

 ワーム……人類圏においてはそう表現する敵の一体が今、桃李へと迫る。


「接近し過ぎたかもだ……田井中! そっちから見えるか! 八メートルくらいのワームが居た! 出来れば撤退したい!」


 身体をうねらせ、こちらへと接近してくるワームから、今いる場所へ来たのと同程度の速度で後退する桃李は、同時にコートの襟付近に搭載された小型の通信機から、トラックで待機している田井中へと話しかける。


『おーけー。ちょっと待ってろよ……』


 接近するワームに後退する桃李。二者の距離は縮まないまま、田井中の返答まで暫しの時間。


『駄目らしい! そいつの退治までが仕事のうちだってよ! あと、ここで杭打ちしてた前任者が腹の中にいるかもしれないから、見つけたら回収よろしくだって!』

「だと思ったよ、くっそ!」


 叫びながら、桃李は後退を止めた。続けたって自分が疲労するだけになってしまったからだ。

 この身は戦争世代。お上の命令には逆らえない。宮仕えは辛いなと不遜にも学生の身で思いながら、今度はワームの方へと直進した。

 正反対の向きへの方向転換は桃李の身体に負担が掛かるものの、ワームの方を驚かす利点の方は大きかった。

 逃げ続けた獲物が急に自分に迫ってくるのは、この巨大な化け物には想像すら出来なかったのだろう。

 ワームは勢い余り、桃李へと振り下ろさんとした顎が桃李の後方へと叩きつけられる。

 勢いが余ったのだ。ワームの巨体は砂上で桃李を潰すには至らず、その時点で既に桃李はワームの腹部脇へと辿り着いていた。

 出来れば下腹に潜り込みたかったものの、砂地をうねるワームのそれは地面に接した状態だ。

 故に狙うのは背面部。ワームの身体を登るのか? いいや、その必要も無い。桃李は足と腰に力を入れ、その場で一気に跳躍した。

 桃李の身体能力ならば、相応の高さへと跳ねる事は出来るが、今、桃李はそれよりも高い位置でワームの身体を見下ろしている。

 それが成せるのは、桃李が着込んだコートの力に寄るところも大きい。

 黒いコートは防弾防刃に優れた素材と各種機能が搭載されている物であるが、仕掛けはそれだけに納まらず、今は裾部分が緑に輝いていた。

 完全にとは行かないが、重力をカットできる機能がこの輝きと共に発揮されているのだ。なので相対的に、桃李の身体は軽くなっている。だからこそ高さを稼げるし、落下の速度も和らいでいた。

 攻撃を仕掛けるには都合の良い状態。そう言えるだろう。もっとも、ワームと距離が開いた状態で攻撃を加えられる飛び道具があればだが。


(あるんだよな!)


 桃李は中空で右腕をワームの方へと伸ばし、親指と人差し指と中指を伸ばす事で指鉄砲を作り出す。

 別に指から何かが出るわけでは無い。そんな不気味な機構が自分の身体にあるはずも無いだろう。

 だが、他人から見ればもっと不気味な力が桃李にはあった。作った指鉄砲は、対象に『それ』を跳ばすための照準だ。

 それは丁度、桃李が伸ばした右腕の外側へ、平行するように現れた。

 それは杭である。

 この砂漠に、幾つも打たれた杭だ。実際のそれより小さく、桃李が伸ばした腕と同じ長さくらいであるが、それは黒い杭と呼べるものだった。

 その杭の鋭い先端が、桃李が作る指鉄砲の先端と同じ方へ向く。


「行け!」


 別に言葉を発する必要は無いが、対象を仕留めるという気概を持ってそれを放つ。

 杭は引き金を引かれた後の弾丸の様な勢いで、下方のワームへと向かう。

 硬質な殻で覆われている様に見えるワームの背中だが、重力による勢いも借りた杭は容易くワームへ突き刺ささる。

 それも一本だけでは無い。杭が射出される度に代わりの杭が、桃李が伸ばす腕の横側に発生し、やはりまた次々と射出されていく。

 その本数だけ杭がワームへと突き刺さり、ワームの悲鳴に似た咆哮が桃李の耳にも届いた。


「悪く思うな……よ!」


 これで最後だから。

 桃李は杭を射出するのを止めて、杭を自分の手の平に上に発生させて、杖を持つ様に握り込み、今度は自分ごと落下した。

 落下先は他の杭と同様にワームの背中側。頭部があるその部分。

 幾本もの杭に打ち付けられたワームは、砂漠をのたうち回り、動きに激しさを増していくが、それは桃李から見れば足掻きに見えた。

 あまり長く続けるのも酷である。そう感じる桃李は、その思いも勢いにして、ワームの頭部に着地、手に握り込んだ杭もまた、頭部に突き刺さっていた。


「————ッッッ!!」


 野太いワームの咆哮が聞こえる。大きく叫ぶそのワームの頭部は激しく揺れ、桃李は自分が突き刺した杭を支えに、ただその揺れに耐えるのみだ。

 大丈夫。それくらいなら耐えられる。これは長く続かない。だってこの咆哮は、ワームにとっての断末魔の悲鳴なのだから。


「……っ! ふぅ」


 桃李が歯を食いしばって堪えている状態から、漸く溜め息を一つ吐ける様になる頃、ワームは砂漠の砂に埋もれる様に倒れ、身体を痙攣させているものの、息はしなくなっていた。

 その身体に突き刺さる杭を見れば、自分のやった残酷さが目に入る様で、桃李はつい目を逸らしたくなる。

 もっとも、ここで起き上がって来られたりしたら事なので、目は離さないままだったが。


「そんな目で見るなって。こっちだって必死なんだ。生きるか死ぬかなら、どっちにも権利はあるだろう?」


 そんな言葉をワームに向ける。死んだ相手に何を語るのかという話であるが。


「よぉー! 桃李! 無事終わったみたいだな! 腹の中には可哀そうな被害者は居たかー!」


 通信越しにでは無い田井中の声が聞こえた。こちらの様子を確認したのだろう。トラックを運転しながら、すぐ近くまでやってきていた。

 まだ安全確認は十分では無いのだが、それでも構わないだろうくらいの気安さが桃李にも田井中にもあった。


「あっ……そうだよ。これからこいつの腹を掻っ捌かなきゃならないんだった……」


 田井中の言葉を思い出し、うんざりする様にワームを見つめる。

 さっきまではやりたくない仕事が続いたが、その次もまたやりたくない仕事が続行する。そんな人生に嫌気がさしてくる桃李であったが、やらないわけにも行かず、手の内側に再び杭を一本発生させ、作業を開始する事にした。

 八加瀬・桃李の日常というのは、ここ最近はずっとこんな風である。



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