第十九話
桃李はふわふわとした気分に包まれていた。
ライブが終わり、辺りはすっかり夜となった時間帯。
自宅へと帰る道中の街並みも夜に閉ざされ、空には無数の星がそこに瞬いている。
「何か……分かった気がするんだ」
ふと、呟いてみる。頭の中で考えるだけでは、どうにも掴み切れない気分の中にあったから。
けれど、言葉にしてみたところでどうとなる物でも無い。何かが変わった様な気がするが、何が変わったかは分からないまま、ぼんやり、足だけが道を進んでいた。
(ライブは終ってみれば楽しかった。それは事実で……赤丸さんの言葉を聞いた結果……なんだと思うけど)
違う世界。遠い世界。そんな世界がある事は分かっているけれど、そんな世界でだって生きられる。桃李はそういう感覚になった事が無かった。
今もきっと無い。けれど赤丸は実際にそうやって生きられると語ってくれた。
「僕に……じゃないだろうけどさ」
けれど、共に砂漠で戦った後、こちらを責める様な視線を向けた彼女は、同じ事を桃李に伝えたかったのでは無いか。そんな風にも思っていた。
自分の世界で、何かを諦めたつもりになっていた桃李に、赤丸はあのライブ会場と同じ事を―――
「あれー? 君、確か八加瀬君じゃん」
背後から話しかけられ、咄嗟に振り向く。
その動きが素早かったから、相手を驚かせてしまったかもしれない。
後ろには、きょとんとした表情を浮かべている同年代の男女が四人程、こちらを見つめていた。
「ええっと……」
彼らの顔を見て、桃李の方も困惑してしまった。見覚えがある顔だ。けれど、どこで見たっけ?
「俺だよ俺、寛我。寛我・隆。同じクラスの」
なんて事は無い。彼らは同級生であった。それぞれが確かに同じクラスで見た事がある。名前は……なかなか思い出せないものの。
「あー……えっと。君達、こんな夜にどうしたの?」
「いや、それはお互い様っていうか、そっちもライブ帰りだろ? 美少女部隊のさー」
寛我と他の同級生も、桃李と同じライブ会場に居たらしい。見て良かっただったり、お前美少女部隊のファンなんだだったり、雑談みたいな話がそこに続く。
「けど、意外だよ。八加瀬って、こういうの好きだったんだな」
「意外かな……? ほら、ああいうのって、やっぱり僕も憧れるよ」
煌びやかで、綺麗で、そうして賑やかな、そんなライブだった。若い人間なら、大半は好きになるものでは無いか。
「だからそれが意外なんだって。八加瀬はあれだろ? こー……ほら」
「ああ……うん」
戦争世代。寛我とは違い、戦うために生み出された側。寛我の側だって、同じくどこかのドームで生み出されたかもしれないし、ちゃんと両親が居るかもしれない。どちらにせよ、戦うために生み出された側では無かった。
彼らと桃李の、明確な違いがそこにある。
「けど、安心したっていうか。俺達と変わらないじゃん。八加瀬。学校じゃあ変な事してる時が結構あるから、話し掛け辛くってさ」
「それはまあ……奇行については? ちょっと? ほら、僕の個性みたいなもんだよ。うん。戦争世代だからとかじゃない」
少なくとも、みんながみんな、桃李みたいにひねくれた姿勢で学校生活を送っているわけじゃなかった。無いよね?
「なんだ。じゃあ、普通に話せるわけじゃん。明日からもそれで良いか?」
「明日?」
「いや、明日だって学校あるだろ。あ、もしかして砂漠の方に行く予定とかあるの? そうだったら大変だよな。なんというか、そういうの立派だと思う。こう、俺達と同じ年齢なのに、もう働いているっていうかさ」
「働いてると来たかぁ……」
傍から見たらそう見えるのか。戦場で生死を賭けながら、文字通り死に物狂いで生きて、そうしてそれが日常になって、何時か自分が死ぬ事だって受け入れている。そんな生き方だって、ただ働いている一人として見ている。
彼らが酷なのでは無く、また桃李が不幸なのでも無い。まさしく生きている世界が違うのだろう。彼らと桃李。美少女部隊と桃李。そこにはどうしてだって埋められない隔たりが常にあって―――
「なあなあ八加瀬、じゃあ俺もさ、砂漠でバンバン銃とか撃ったり出来たりするかな?」
「は?」
「え? いやさ。インディと戦ってるんだろ? 戦争世代って。なんかそういうの恰好良いじゃん」
なんという事を言うのだろうかこの男は。そもそもなんて名前だったか? 聞く人間が聞けば、舐めた口を叩くなと襲い掛かられて仕方ない事を言ってしまうなんて。
「あ、もしかしてなんか地雷踏んだ? まいったな……良く言われんの俺。口が軽いんじゃねえかみたいな事で喧嘩になったりもしてさぁ」
「ま、まあ……それは確かに? けど、なんでまたそんな発想に……」
「だって、八加瀬は学校で馴染んでるじゃん。じゃあ俺達もって思うだろ。思わない?」
他の生徒達にも顔を向けているなんとか、いや、寛我だったか。彼の視線に、皆、それはどうだろう? みたいに首を傾げたり視線を逸らしたりしているものの、寛我自身は本気の言葉らしかった。
「そんな上手く行くわけないだろ。僕だって馴染んでる様に見えて、それなりに色々思って……けど……実際は……あー」
顔を覆いたくなった。何か、最近ずっと引っ掛かっていたものが喉をすっと落ちて行く感覚。
こんな事か? こんな事が答えで良いのか? 桃李だって、桃李の周囲だって、そんな事に苛立ち、どうしてだと悩み、そうしてお互いの認識をぶつけ合っていたのか?
なんでもない。それどころかふざけた類の寛我の言葉が、それでも桃李に気付きを与えて来た。
「どった?」
「いや……その……次会った時、なんて話そうかって、そんな事を考えてる」
次は学校なんだからおはようで良いんじゃね? そんな返答をしてくる寛我に対して、お前の事じゃないと桃李が返さなかったのは、彼への礼みたいなものであった。




