第十八話
「なんかさ、管理官に勧められて来たと思うと、あんまりノれ無いよね。言われなくても来るつもりだったのに」
誰に聞かせるわけでも無い言葉。桃李のそんな言葉は、それより多く、大きな声と鳴り止まぬ音楽の中へと消えて行く。
その耳が貫かれそうな騒音と、押しつぶされそうな雑踏の中、集まった人々はそれを不快とも思わず、むしろ熱気を増していた。
ライブ会場とはそういうものだ。今なお、人々が行き交う隙間があるのは、まだ本番では無く、まだ抑え気味である煌びやかな照明と立ち並ぶ椅子の数は、今、このライブ会場は本番前の段階である事を見せてくれていた。
ごくごく自然にサイリウムを購入して、チケットで指定された場所へ向かえば、最前列とは言わないが舞台近くで全体も良く見えるそんな席が宛がわれている。
(すごく良い席を貰ったってわけだから、そりゃあ楽しむ事を期待されているはずなんだよ。僕の方だって、そのつもりさ)
美少女部隊のライブにやってきたのは今回が始めでもない。初めて彼女らを知ってファンになってからは、彼女らの話題に何時だって飛びついて興奮していた。
ライブ会場でなんて、周囲から引かれるくらいに騒いだりした記憶がある。
(その感情はどこへ行ったのか。いや……)
桃李は視線を上げた。会場で流れる音楽と光が調子を変えて、何かを待ち受けている様な空気になる。
気が付けば周囲の席にも他の観客が集まっていて、一時の静けさがそこにあった。
それは溜めだ。これからが本番であると告げるための一瞬の溜め。だから激しい音と光と共に彼女らが飛び出してくる。
第266美少女部隊。それぞれ個性的な恰好と性格をした、それでも皆キラキラとしているそんな彼女ら。
先日まで共同で作戦を行っていたとは思えない程に、今の彼女らは遠い世界に居た。音楽と共に歌いだす彼女らの姿を見れば、むしろその距離が正しいのだと桃李は実感する。
遠い世界。輝かしい世界。手が届かなくても憧れる事が出来る世界がそこにある。だから桃李だって騒いだり興奮したりした。
けれど……。
(今はそこまでじゃない。何でだ? いや、そもそも、なんでこれまで、そんなに興奮出来たんだ。その気持ちはそもそも、どこから来た?)
周囲でも舞台でも人々が騒ぐ。それに反比例するかの様に、桃李の心は自分の内側へと向かって行った。
けど、幾ら問い掛けたって分からないままだ。自分で分からない答えを、自分に聞いたって分かるものか。
そんな風に自嘲し始めていた桃李の意識が、ふと現実に呼び戻される。
歌が終わり、また少しばかりの静寂が来たのだ。部隊の中心に立っている青原・志麻がマイクを持ち、観客達に手を振りながら大きく声を張り上げた。
「みんな! 盛り上がってる? けど本番はこれから! だってみんなも分かってる通り、今日は新しいメンバーが参加してくれるんだから!」
その少女の名前を桃李は知っている。実際、舞台ではその少女、赤丸・古野子の名前が告げられ、姿を現した。
以前は親しみと、そうして訳も分からぬ罪悪感を彼女に対して覚えていたが、今は彼女もまた、遠い世界の存在になってしまった様な、そんな気持ちにさせられる。
(彼女たちは違う世界の人間だ。そうだ。そんな事は分かっていたって言うのに、今さらそれを自覚して、冷めたのか? 僕は?)
そんな手前勝手な気持ちで、美少女部隊のファンになっていたのか。そんな風に桃李が気落ちし、視線を落としかけた瞬間、赤丸の声が聞こえて来た。
「みなさん! 赤丸・古野子です! 今日は私のためにこんなに集まってくれて……なーんて言うと調子に乗り過ぎですよね! けど、わたしったら、今までこんな場所に立てるなんて思ってなかったから、とても興奮しているんです! まるで違う世界に来たみたい。そんな風に思ってます」
生きる世界が違う。そんなこちらが思った事を彼女も言葉にしてきたから、はっとする。彼女もそうなのだろうか? これまで戦場を生きて来て、華やかな、まったく違う世界で生きられる様になった。その事に興奮している?
「あ! けど、勘違いしないで欲しい事があります! わたしは、違う世界の人間になったつもりは無いんです! あっと、ちょっと違うかな? ここは別の世界みたいだけど、そこでも、わたしはわたしです。これまでのわたしとこれからのわたしは同じ。きっと、ぜんぜん違う世界に来たとしても、違う世界に住んでいたとしても、わたし達はそこで盛り上がったり楽しんだりできる。そう思うから……今日は、一緒に盛り上がりましょう!」
一瞬。赤丸がこちらを見た気がした。そんなのは彼女たちみたいなアイドルを見つめるファンの大概が感じる錯覚だろう。
けれど、目線だけでは無く、その言葉もまた、桃李に向けられている様に感じた。
(違う世界でも……生きられるだって?)
そんな簡単な事じゃあ無いだろうそれは。君の方は、それが出来たって言うのか? そう問い掛けたくなったが、赤丸は変わらず遠い世界のまま。
なのに、どうしてか、桃李の目からは涙が零れていた。無くしていた様に思える、彼女達のファンとしての興奮も、何時の間にかそこに戻っていた。




