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第十六話

 ぼんやりと気の抜けた様な感覚。

 戦いの後は何時もこんな気分になる。激しく、すぐ傍で死が待っている様な作戦の後はだいたいこうだ。

 ふっと息を吐きたくもなるが、今は作戦終了後のミーティング中であった事を思い出し、桃李は姿勢を正した。

 丁度良いとの表現が正しいかは分からないが、ミーティングを主導している彼女、青原・志麻の目線がこちらを向いていた。

 長机と折り畳みの椅子がテント内で雑に並ぶ、即席の会議場であるが、彼女が立って何かを言葉にすると、どこか芯が通る様な気がするのだから不思議だ。


「それでみんなも既に思っている通り、今回の合同作戦は無事成功に終わったわけだけど、一番の功労者について、私は73部隊の彼にあると思う。異論はある?」


 その声を聞いてきょとんとする。やはり青原の目はこちらに向いたままだし、隣に座っている田井中の方を見ても、彼からは俺じゃなくてお前の事だという目線で返される。


「……僕?」

「ええ。その通り。あなたが牽制役を適切にしておくれたおかげで、私達はワイアームを大した損害も無く倒す事が出来た。一部隊がそのまま当たって勝てるかどうかって、そういう怪物をよ?」

「……一人じゃ無理だった。やられてた」

「そうね。そこは反省点だけれど、一人でも無かったでしょう?」


 言われて他の部隊員を見る。田井中以外は第266美少女部隊の面々だ。大半が顔が良い。目の毒かもしれない。そんな相手なのに、向こうからの目線はかつてあった敵意みたいな物が無くなっている様な気がする。

 一名だけ……前と変わらない目の者が居たが。


「ちょっと、一言が良い?」


 手を挙げて発言の許可を求めて来たのは、金髪の少女、黄志岡・亜由美だ。青原が彼女に対して頷くと、黄志岡はその場で立って桃李に話しかけて来た。


「悪かったわね」

「ええっと……」

「だから、作戦前に妙に突っかかって悪かったって言ってるの! あんたの戦い方。あたしじゃ出来ないものだった。あたしがしてたら……もっと酷い事になってたかもしれない。だから突っかかって悪かったって言ってるの」


 つまり、これは彼女なりの謝罪であったらしい。気恥ずかしさやら、プライドやらの関係か、それだけ伝えて来て、彼女は席に座り直していた。


「その……うん。僕の方もそう言って貰えると……良かった?」


 桃李の方で上手く言葉を返せれば良かったのであるが、今はこう返すのが精一杯だ。それほど、ウィットに富んだ会話を得手とはしていない。

 そもそも、桃李にとっては彼女らの方こそ憧れの対象なのである。そんな彼女らの一人、黄志岡から、見直したと言った内容の言葉が聞けた以上、普段の桃李なら興奮して文字通り小躍りでも始めかねない言葉ですらあった。

 けれど、今の桃李はそうでは無かった。唯一、作戦前と変わらない目線。悲しそうな目で見つめて来る、赤丸がそこに居たから……。






 作戦終了後の中継基地。その夜は、作戦準備中より随分と静けさと寂しさを増している……と桃李は思う。

 空を見上げれば賑やかなくらいの星々が見えるものの、世界を太陽程には照らしてはくれず、やはり夜は暗いものだった。


(中継基地って言っても、ここで作戦を行う部隊が居なくなるのなら、最低限の人員と資材だけ残して後は撤収するし、片付けだってどんどん行われる……そういうのは、どうしてか誰から見ても寂しいって思うらしい)


 どうせ、こんな場所で行う作戦なんて、命に係わるろくでもないものでしか無いのに。


「お祭りの後みたいだよね。何かが終わったって気持ちになるの」

「赤丸さん……君もサボり?」


 基地の端で、基地と夜空を見比べている最中の桃李に、彼女、赤丸は話しかけて来た。

 作戦前もこんな風に話をしていたが、今はどうにもぎくしゃくしている様に見えた。赤丸の方も、桃李自身にしたところでだ。


「やっぱり、後片付けの方は気持ちが緩んじゃうから。いけない事なんだけど」


 赤丸は少し固くなっている空気を誤魔化す様にはにかみながら話を続けて来る。桃李にしたところで、そうされる以上は普通に話を続けるしかない。

 本当は、色々とさらけ出したい本音を隠しつつ。


「ライブの後とかも……こんな感じなのかなぁ」

 桃李に並び、話の本題はそんな当たり障りの無いものであると言わんばかりに、赤丸はそんな言葉を向けて来た。

「僕はもっぱら見る方だから、裏方がどんなのか分からないけど……確かに似た様なものかもしれないね。ライブも、命がけの作戦も」


 そんなものなのだろう。そう思ってしまう。桃李にとっては、勿論、どちらが楽しく、どちらが辛いかという区分けがあるものの、自分の人生におけるイベントとしては、どちらも同じだと思えてしまう。

 画期的で、記念的で、特別な何か。

 ああ、けど、実際のところは、そこまでになる程の物でも無さそうだ。


「わたしの方はね、そこは違うって思いたいの」

「思い……たい?」

「そ。今日の戦いと、近くにあるわたしのデビューライブは、違うものだって思いたいかなって」


 そんな風に言いながら、赤丸が真剣な表情をする。

 なら、ここからが本題か。そんな風に桃李は心の中で身構えるも、赤丸の方はただ手をこちらに伸ばして来た。

 そこに一枚、長方形の紙が握られている。


「これは……?」

「わたし、八加瀬くんにも同じ様に思って欲しい。戦いと、それ以外は違うって。わたし自身、まだ良くわかってないから、せめてこれを渡したいの」


 そう言う赤丸の手には、ライブのチケットが一枚握られていた。近々行われる予定で、発売もまだな、そんなチケットだ。


「これって、君達が予定してる……」

「八加瀬くんってさ、わたし達のファンなんだよね。なら、受け取って貰えると嬉しいかな。今回の作戦で、お礼って言うのも変だけど、感謝みたいな気持ちで渡そうってなって……誰が渡すかって話で、わたしが渡すってなった。はい」


 こちらの返答も待たずに、赤丸は桃李の手にそのチケットを握らせて来る。何か、重要な話が始まるのかと身構えていた桃李にとっては虚を突かれた形だ。


「い、いやけどさ。これを受け取ってその……いや、そういう話じゃなくて、さっきから赤丸さんは……」


 桃李の選択を責めたいのでは無いのか。そんな言葉を発しようとして、止めた。何か、それを聞くのは違う気がしたから。


「わたし、思ったの。戦ってる八加瀬くんを見て、言葉だけじゃお互いの事、何も分からないし、分かって無かったんじゃないかって。わたしの方は、八加瀬くんの戦いを見せて貰ったから、次はわたしの番って、そう思うの」


 だから、ライブには来て欲しい。そう言って、赤丸はすぐにこの場を去って行った。次は言葉じゃなく行動で表現すると言わんばかりに。


「僕は……僕の方は……」


 昼の戦いで、何かを示せたわけでも無い。示したつもりも無い。そんな言葉は、夜の冷たい風の中に消えて行った。

 彼女が桃李に何を見たのか。桃李にはまったく分からなかった。







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