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第十三話


『事実として、上手く行くと思うかな、君は』


 それは男の声だった。機械的で、人間味が無く、しかし感情が微かに感じ取れる、そんな声。


『データの提供は既に行っていて、検証済の話でしょうそれは』


 男の声に反応して、女の声も聞こえて来た。男と同じく、機械的な声。より感情的な部分が抑えられていて、本当に機械が喋っているのではないかと思わせてくる声。


『私の部隊と君の部隊。確かにお互い、特異な立場だ。お互い、それを目指していた部分もあるだろう。だが、それを合わせれば上手く行くという保障もあるまい』

『ですが、補い合える特徴はあります。それを単なる偶然と流す事も不合理でしょう』

『ふむ。偶然に対して合理か不合理かと話し合う事ほど、滑稽な事は無いと思うが……ただ、変化は起こるだろう。お互い、特異ではあれ、今はそこで安定し始めた部隊だ。第73部隊と第266部隊。今の安定で納まるには勿体ない。そう考えるのは私も同じだよ』

『では、今後とも』

『ああ、勿論、経過観察を続けよう。彼らの交流がどういう結果をもたらすか。そここそが我々にとっては重要だ』


 その言葉で話は終る。お互い、ここで終わろうという意思疎通も無く、話すべき事が終わった事を、二人同時に理解したかの様に。

 声がそのまま聞こえなくなった後、声が発生していた場所。幾つかの輝くガラスと金属機器、パイプで埋め尽くされた薄暗い空間は、微かな機械音だけが聞こえ続ける、そんな空間へと戻って行った。







 腕をインディに向け、腕の傍に黒い杭を発生させ、それを放つ。

 その時の感覚はどういう物かと、桃李は田井中に聞かれた事がある。

 返答としては、何でも無い。そういうのが出来るのは、物心付いた時、もしくは街の中心のドームで生産された瞬間から分かっていた事だからだ。

 出来るんだから出来る。足が二本あって、十分に動かせるなら、歩く事はどういう事かと聞かれても困るだろう。桃李にとってはそんな感覚で杭を扱える。

 今、この瞬間、基地近くに現れたワニを串刺しにしている時も、出来るからやっているとしか答えられない。


「出来るから、仕事が任される。っていうのなら、出来るのは損な事じゃないかって言えるかもね」


 砂漠の只中、今は周囲に人も無い状況で、桃李は黒い戦闘用コートに身を包みながら、ぼんやりと呟く。

 周囲にはワニの死骸が三体程。周辺警戒中に見つけたインディの数としては些か多い。ワイアームがワニの縄張りをより積極的に荒らしているのだ。ここの三匹はそこから逃げて来て、結局は桃李に仕留められる事になった。

 大型のインディの活動はこれが厄介だ。それ単体も脅威だと言うのに、それ以外のインディの活動にも影響を与える。


(作戦本番までの準備に、第266部隊は集中したいだろうから、僕らみたいなのがそれまでの露払いをするっていうのは理解できる話ではある)


 ただ、基地周辺にまでこの様にワニが見られる状況であれば、普通はもう少し人員を用意する状況だとも思う。

 ワニというのは各種居るインディの中でもまだ比較的大型では無いが、それにしたって個人で相手にするには困難とされる種であるからだ。


(じゃあ、それが出来る僕が優秀かって? そんな事は―――

「おーい! 八加瀬くーん!」


 考えに沈む前に声が聞こえて来た。ここ数日で、ある程度聞きなれた声だ。

 赤丸・古野子。第266美少女部隊の新人隊員であり、桃李にとっては新たにファンになるべき相手なのだが、どうにも彼女と話をする時だけはそれを忘れがちになる。


「赤丸さん。こっち。とりあえず近づいてきた連中は退治したけど、他に居るかもしれないから警戒して」


 基地のある方面から走ってこっちへやってくる赤丸の姿は、桃李よりも軽装であるタイプのコートを羽織り、手には小型の短機関銃が納まっている。

 ワニを相手にするには心許ない装備であるが、これでも砂漠で戦う部隊員にとっては平均的な装備であった。

 これでワニを一人で相手にしろというのも無茶だろう。一方で桃李は出来る。その差は個人の才覚を越えた、生まれ持って与えられた力の違いと表現出来る。


「大丈夫。わたし、これでも勘は鋭いから」

「前はワニにトラックを襲われるまで気が付かなかったのに?」

「あはは。あの時は緊張と油断の2セットだったから……けど、勘が鋭いのは本当」


 つまり、それが彼女の方が生まれもって与えられた力だ。

 桃李達戦争世代は、戦争をするために生み出された。比喩表現では無く、文字通りそういう施設があり、そこで多くの人間が生み出されている。

 かつてあった戦争は、世界の有様を一変させるのと同時に、多くの人間の命を奪ったのだ。

 それは通常の繁殖活動では種族を補えない程の傷であり、結果として、生き残った人間達は通常の繁殖以外の方法で種を残し始めた。

 当時からここ最近まで……より戦いに特化したそんな種を、専用の工場で生み出し続けたのだ。

 それが桃李であり赤丸だった。赤丸が自分の勘が鋭いと言うのも、周囲の環境に対する認知能力か予想能力が、生来より強化されて与えられているという意味だ。

 一方の桃李の能力はと言えば、自分で良く良く分かっている。黒い杭を発生させて放つなんていう、色気も優しさも無い力である。


「それより、八加瀬くんってやっぱりすごいじゃない。普通、ワニって二対一で戦うのが常道って話だし。勿論、わたし達の方が二」


 ニッと笑いながら言ってくる赤丸に対して、桃李は苦笑で返した。


「僕はほら、そういう力があるだけだって」

「杭を発生させるって、だけじゃ済まないと思うけど……」


 かもしれない。黒い杭にはある強い意味がある。砂漠に幾本も突き刺さっている杭にもだ。

 杭とは、今の人類文明を文字通り支えるものなのだ。

 戦争が始まった時、人類は発生した混乱においてもそうであるが、その後、生き残りを賭けた生存競争においても不利な状況に置かれた。

 砂漠に生息する様になった正体不明の化け物。それまでの生態系に無い生物種。それらに、既存の火器類は……いや、物質そのものが通用しなかったのだ。

 火薬により発射された弾丸は、化け物にぶつかる前に霧散し、それまでに存在した大型の戦略級兵器は稼働すらしなくなったと聞く。

 今、戦争が終わったと表現出来るのは、その代替え手段を、漸く手にする事が出来たというのもあるだろう。


「わたし達に用意されてる短機関銃って、こんなのでも、漸く用意して貰えるものだもの。撃つ弾丸が、漸く量産出来る様になった小さな黒い杭を加工したものでしょう? それより何十倍も大きい杭を発生出来る力って、わたしにとっては頼もしいって思うもの」

「こうやって、独力でワニ程度の化け物を相手に出来るのは、僕自身の力のおかげっていう自覚はさ、あるんだよ。そこは否定しない」


 今、人類を支える火力というのは、ほぼすべてが黒い杭により支えられていると言って良い。黒い杭は化け物でも破壊出来るものでは無く、砂漠を人類の生存圏とするために幾つもの大型の杭が刺さっている。

 杭は通信手段と位置情報を得るためのツールとして使用されているが、これは杭の方が便利なのでは無く、安心して根本と出来る道具が杭しか無いため、それを無理矢理に使用する技術が発展したのだ。

 対インディとしての火器についても同様で、杭を発射する機構。それが現在、桃李達に与えられた武器、そのすべてと言える。昨日、ワイアームを牽制した黒い弾丸も、杭を加工……というか丸めたものと聞いている。

 つまりは桃李自身もまた、杭を加工し、射出ために存在する、その類の機構とも言える。


「けどさ、それってつまり、それだけを求められてる立場って事で……褒められてもどうしたもんかなって思うわけだよ」

「そこは同感かな。わたしも、もっと別の事を褒めて欲しいし、だから今の部隊に配属されて、今のところは良かったって思ってる」


 美少女部隊。客観的に見れば馬鹿な表現だと思われるかもしれないが、この過酷な世界で戦い続けるためだけに生み出された戦争世代にとって、それ以外の価値がある事を証明できるというのは、相当に偉大な事なのだ……と、桃李は思っているから、熱烈なファンをしている。

 似た様な考え方を、美少女部隊の当人が持っているとしたら、それはそれで嬉しい事だなと桃李は思った。


「赤丸さんはさ、まだ美少女部隊員として外に正式紹介はされてないけど、デビューはしてるわけだろ? こうやって仕事もしてるわけで」

「一応ね。ラジオで声を伝えたりはまだ無理だけど……これ、はい。同僚に昼食を運ぶくらいならもうしてる」


 彼女は背負った袋から、頑丈な包みがされた箱の様なものを渡してくる。携行する事も出来るタイプの昼食だろう。袋の中身から考えて、桃李に渡されるのが最後だろうか。

 仕事終わりの休憩時間に世間話をするつもりで来てくれたというのなら嬉しい話だ。桃李なんか後回しで良いやなどと思われていたらショックであるものの。


「自分が生まれた時の役割以外の事も出来るって、良い事なんだってわたしは思うな」

「ああ、だからか……」

「うん?」

「美少女部隊なんて、何で存在しているのかって、文句を言う人間も居るだろ? けど、そんな文句の中でも部隊が出来たのは、もしかしたらそういう理由かなってさ」

「つまり……わたし達に、別の生き方もあるって教えるためって事?」

「そういう親切心もあって良いんじゃないかって、僕は思うよ」


 その手の目的を決めている管理官達の愛想からは、そんな風には思えないものの、どこかの誰かが、少しでも状況を良くしようとしているのだとすれば、それは素直に受け入れたいと桃李は思う。


「だったら……それは八加瀬くんにだって向けられた言葉なんじゃない?」

「僕? 僕は別に美少女部隊員じゃない。誰が見たって美少女じゃないだろう?」


 そもそも男子だ。顔立ちだって美形などと表現するのは恐れ多い。今、こうやって話しかけてくれる赤丸にだって、戦闘中は目付きが悪いなどと言われたくらいである。


「そういう事じゃなくって……八加瀬くんも、違う生き方みたいなの、あるんじゃない?」

「僕に? そうかな? そうだったら嬉しいけど……」

「うん。嬉しいって思えるなら、きっとあった方が良いんだよ。心に留めておく事だと思う」

「うーん」


 いまいち想像出来なくて、首を傾げる桃李。それを見て、苦笑している赤丸。こういう姿は確かに、これまでとは違う光景かもしれない。

 ふと、桃李はそう考えていた。



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