第十二話
「分かっちゃいたけど、しんどいよこれ。すごくしんどい。みんなからの目がキッつい!」
「そりゃそうなるよなぁ……」
砂漠の真ん中にある前線基地の外縁部で、エンジンをふかしたままのトラックの中、桃李は田井中に愚痴を言っていた。
まだ日が高く、いまや合同部隊となった第73部隊と第266部隊の作戦決行時間まではまだ数日時間があるが、それでも少なく無い作業がノルマとして課せられている。
今は定期的な基地周辺の見張り時間であったが、桃李にとっては愚痴の一つを漸く漏らせる、そんな時間でもあった。
「ほら、第266部隊の女の子達。思ったより、こっちを見る目線がこー……いや、怪しい人間を見る程度なら良いんだよ? けど、なんか敵意が混じってる? 嫌味を言ってくるなんて想像もしてなかった」
手をわなわなと震わせる桃李。最近まで、キラキラとした世界の登場人物みたいに見ていた少女達から、生の感情を向けられるというのはここまでショックを受けるものなのかと、自分で驚いている最中だった。
「そっちも、分からなくは無いんだよな」
田井中はそう言うが、桃李にとっては理解したくない。
例えば第266美少女部隊における突撃隊長などと呼ばれる黄志岡・亜由美という金髪の少女がいる。
彼女は部隊において活発さの象徴というか、強気で高飛車な性格で他の部隊員との軋轢もあるが、それでも膠着した状況を動かし、停滞した空気を一新させる事が出来る逸材として、ニッチなファン層を獲得しているという評価を桃李はしていた。
まあそれは良いし、美少女ユニットにはそういう普通では無い方面の性格の人間が必要だと思っていたが、そんな彼女の敵意というか、部隊における現在の壁として認識しているものというか、そういう彼女にとって打開すべき対象として、なんと桃李が見られている節があるのだ。
「ちょっとさ、任務の方向性が彼女と似てるみたいなんだよ。こうやって周囲の警戒をするのが僕らの役目なんだけど、僕らが居ない時は黄志岡さんが担ってたらしくて……目が合うと露骨にわたしの仕事を奪いやがってみたいな顔される」
「それでその顔をされた後に何て言われたんだ」
「何も言われないのさ! 目で敵意を向けてるのに、何も喋ってくれない。それが辛い!」
「分かる話だよなぁ」
今は状況を理解して欲しいのでは無く、同情して欲しいのだが。
だからこそ、周辺警戒の仕事の合間に、サボる様にトラックを止めて話をしているのだろうに。
「僕はね、そりゃあね。アイドル部隊と言っても、内側はもっと違う現実があるってのは一ファンとして覚悟しているところではあったよ? けどさ、そこらへんに居る虫程度の扱いじゃなくて、害虫扱いされそうになってるっていうのは、かなり悲しいわけでさぁ」
「害虫ってのは多分違うな」
「じゃあ何さ。虫未満って事? 僕が?」
「どっちかと言えば、得体の知れない獣なんだよ」
「……」
田井中にそう言われる。桃李はその言葉に黙るものの、その返答が意外だったわけでは無い。むしろちょっと納得してしまったのだ。
「俺達、第73部隊がどういう連中か。向こうも警戒してるんだ。お前が美少女部隊の現実に頭を悩ませているのと同じ様に、擦り合わせが今、上手く出来てないんだろ」
「そこは……まあ仕方ないよね。僕は兎も角、田井中なんか要警戒って雰囲気あるしさ」
「お前がそれを言うかぁ? だいたい昨日の夜だってな、その手の話になり掛けたから俺が―――
『失礼、今、よろしいかな?』
桃李と田井中の話を遮る様に、第三者の声が聞こえて来た。
トラックの中の人員が増えたわけではない。トラックの通信機器からの声だ。
「えーっと。こちら第73部隊、八加瀬・桃李。大丈夫です」
「同じく第73部隊。田井中・孝則。応答可能です。よろしければそちらの立場を明かしてくれますか」
知らない声からの通信だったので、必然、応答も硬くなる。だが、この声が誰なのかは何となく予想が付いていた。
『こちらは第266部隊の管理官だ。挨拶が遅くなって申し訳ないが、第73部隊の二人が揃っているのなら好都合だ。ここで正式な部隊間の意思疎通を図っておきたい』
どこか機械みたいな声を発するその男の話し方を聞けば、通信のみで会話をしてくる管理官である事がすぐに分かった。
第73部隊の方にも女性のそれが居る。性別の違いはあるだろうが、どちらも機械的という印象を持つので、聞いただけで相手がどういう立場なのか分かってしまう。
(いや、どちらかと言えば、まだこの人の方が感情的かな。うちの管理官が酷いって話でもあるけど)
とりあえず挨拶染みた事から話を始める情緒はありそうだなと桃李は感じた。勘違いかもしれないが。
「第266部隊の管理官とも、今後の合同作戦のために話をしておきたいと思っていたところですが、うちの……第73部隊の管理官と話は―――
『無論。既に行っています。八加瀬、田井中、両名はこれより第266部隊管理官との会議を許可します。こちらからは以上です』
田井中の言葉を遮る様に、管理官の声が聞こえた。しかも第266部隊の方では無く、良く聞く第73部隊の女性管理官の声。
(そこに居るなら、最初はそっちから話を始めろよ……)
と、桃李と田井中は同じ事を思ったらしく、二人で目線を合わせた。もっとも、文句を愚痴ったところで、この女性管理官はどこ吹く風だろうけれど。
『という事で、君らへのある程度の指示も許可を貰っている。理解してくれただろうか』
「分かっちゃいますけど、はいそうですかって頷くのは、指示の内容を聞いてからで良いですか?」
ちょっと腹立たしい気分でもあったため、桃李が雑に返答する。田井中も止めて来ないという事は、似た様な心境であると思われる。
『指示と言っても、既に伝えている通りだ。君らは我々第266部隊と共同で作戦を行って貰う。その役割としては第266部隊の警護と周辺の警戒。作戦内容そのものに関してはワイアームの撃退を目的とするもので、こちらに関しては第266部隊が行うという任務分担だ。その部分は従って貰えると考えているが』
「そこについては、納得してここに来てますからね。けど……なあ、田井中」
「分かってる。言っても仕方ない事かもしれませんが、人手不足の状況は物申しますよ、俺達」
『確かに言っても仕方ない。が、その部分についてはどうしようも無い。人手不足に関しては受け入れて貰わなければ困る』
うちの女性管理官より多少は人間味があると思っていたが、こっちに関してもかなり機械的な部分がある。話を続けていて気分の良い相手では無さそうだった。
それでも、相手の役割を思えばしない訳にも行かない。
『それに、人手は少ないかもしれないが、能力に不足は無いと私は思っている。君達の管理官からの情報提供に寄るが』
「……胡散臭いですよ、それ」
『そうかな? そうとも思えない。妥当性があると考えたから、私と君達の管理官の話は付いたのだ。双方共に、合同作戦には利があると』
「……」
上で予想された事を順調に下が実行出来れば、どれほど理想的な世界が作れるだろうか。事実としてそんな世界は存在しない以上、この第266部隊の管理官が何を言ったところで、桃李達は胡散臭げにその声がする通信機器を見つめるのみだ。
『まあ良い。今は伝えた通りの仕事を続けてくれ。そこに関しては従って貰わなければ困る。今、この瞬間に、仕事をサボっていられるのは事だ』
「サボっちゃいませんでした。メンタルの調整って奴はしていましたけど」
『なるほど。ならば今はそれを中断して、本来の仕事に戻って欲しい。以上だ』
こっちの管理官も変わらず、一方的に通信を切って来た。残された桃李は溜め息を吐きたくなったが、隣の田井中が嫌がるだろうから我慢しておく事にする。
「そういう事だから、仕事に戻ろう。トラック動かしてくれる?」
「了解。ま、今後も我慢して頑張ってくれや」
お前だって第266部隊とは仲良くしていく努力をしなきゃいけないんだぞと言いたくもなったが、それも桃李は止めておいた。
彼の人付き合いに関しては桃李よりはまだ随分とマシだ。何を言ったところで、桃李よりは上手く出来てしまうのだ。
(そういう性能してるしね。そういうもんだ。僕達はさ)
そんな諦めにも似た事を頭の中で考えて、さっさと捨てた。考えたって仕方ない事は悩まない事にしている。それが桃李の生き方だった。




