第十話
背負われている状態だから、碌に顔なんて見えないだろうに。鋭くなっている目とやらをどうやって判別したのだろうか。そんなにじろじろと見られていたか?
「あー、ほら、あれだよ。集中力がさ、切れない様にすると、きっとそうなるんだ」
お前は時々怖くなるな。なんて事は田井中からも言われている。けど、怖く見えればこそ、敵とだって戦えるのだろうさ。そう思う事にしている。
「今は頼もしいかな。八加瀬くんの事」
「そう思ってくれてるのなら、うん。その方が嬉しい」
敵で無い相手に怖いだなんて思われたくは無いから。
暫くは無言のまま砂地を進む。赤丸の息が荒くなっているのを感じた。彼女の怪我の状態が悪くなってきているのかもしれない。
もう少しばかり、足の進みを早くしなければ―――
「参ったな……」
「どう……したの?」
息も絶え絶えな赤丸であるが、それでも桃李が漏らした言葉に対して聞き返して来た。
しまったなと思う。心配させるべきでは無かった。一度聞かれたら、隠す事だって相手の調子を悪くするだけだ。
だから今、桃李が思っている事を話すしかない。
「さっきのワニの群れ。あれがどうして、本来予想された場所とズレたのか考えてた」
きっと理由があるはずだ。桃李が通って来た場所から赤丸が通って来た場所まで、ワニの生息域が変わった理由がきっとある。
実を言えば、さっきまでそれは考えない様にしていたのであるが、残念ながら今はその必要が出て来てしまっている。
自分の上空を何かが通り過ぎた影が見えてしまったからだ。
「八加瀬くん……あれ……!」
赤丸の方も気が付いたらしい。それはそうだ。
その影の主は大きい。さらに空を滑空する。滑空である以上、長期間は飛んではいられず、砂漠の大地に着地する。
丁度、桃李の後方。かなり距離があるはずだが、その大きさを思えば安心できる距離では無かった。
それは以前に出会ったワームよりさらに大きい。
当たり前だ。あれはワームの成体だからだ。ワームの時点でひたすら大きいという印象を与えて来るというのに、あれはそれよりさらに大きい。そんな正真正銘、化け物みたいな生物。
ワームより太く、先端は短く見えるも、身体全体の巨大さを思えば全長はやはりワームよりあるだろう。
外骨格に覆われた姿は変わらないが、顔部分はより鋭くなった様な印象。顎と一体化した牙の凶悪さは成りを潜めている様に見えるが、そこも大きくワームから印象が変わる物では無かった。
大きく違う点は二つだ。それは羽があった。羽ばたくためでなく、砂漠の空を滑空するための羽。折り曲げたりは出来ない様で、胴体よりさらに長いその羽を広げたままこちらを見ている姿を見れば、感じる大きさはより一層とんでもないものとなっている。
そうしてもう一つ。そいつにはワームには無い足……いや、胴体から生える羽よりさらに前方より生えている腕がそれの特徴である。
それは砂漠を滑空するために、その巨体を跳ねさせるだけの腕力があるのだ。動体とは違って、鱗に覆われているそれは可動域が広く、柔軟だ。近くにいる者にその巨大な腕を届かせ、潰してしまうくらいに。
「ワイアーム……」
ぽつりと呟いたのは桃李だったか赤丸か。
どちらなのかが桃李自身ですら判然としなかった。
そちらを考えるだけの余裕が無かったからだし、頭の回転は今、この状況をどうするべきかについて全力を出していた。
頭痛がするくらいの思考の中で、幾つもの案が浮かんでは潰れて行く。逃げる? 空を滑空出来る奴の方が速い。戦う? 今、怪我人である赤丸を背負った状態で? 赤丸を見捨てるか? 冗談じゃあない。
「八加瀬くん……わたしの事なら……」
「そういうのは嫌だからな。そんなのを僕に提案しないでくれ」
赤丸の力の無い言葉に、桃李はそう返すしかなかった。赤丸を見捨てるという方法を早々に潰したのは、そうしなければ、それが理屈だと思ってしまうからだ。
その選択を否定しているのは、ただ桃李の強い感情だけ。
けど、こうやって、こんな世の中で必死に戦って来たのは、そんな感情を大事にしてきたからだ。
「……」
小さな桃李に大きなインディ。それが不思議に睨み合う。だが、そう長くは続かない。ワイアームの興味はこちらにあるし、狂暴なそれは縄張りを荒らした桃李達を許すまい。
(なら、やる事は決まっているじゃないか)
桃李はそっと、赤丸をその場に降ろした。仕方ないよね。そんな表情を向けて来る赤丸に、ああ仕方ないと表情を返して、桃李はワイアームの方へ足を進めた。
「えっ……?」
赤丸の表情は驚きへと変わっているだろうか? それを見る事は無い様に努める。怪我をした彼女一人、この後にどうやって生き残るかは赤丸次第。
桃李の方はただ、あのワイアームと単独で戦うのみだ。
「悪いね赤丸さん。こういう手段しか思い浮かばない奴なんだ、僕は」
手の内側に杭を発生させ、それを握り込む。武器にしてはなんとも頼りないそれであるが、まあ無いよりマシだろう。
足に力を入れる。まだ装備は機能しているか? 走り出したら止まる暇などそう無いぞ? 自分に言い聞かせ、さあ行こうという判断が下る頃、桃李は砂漠を駆け出し、ワイアームへ突貫———
ゴォン。
そんな鈍い音が砂漠に響いた。鐘を鳴らしたかの様な音であるが、それは両腕に抱えるくらいの大きさの鉄球が砂漠に叩きつけられた音だった。
ワイアームの興味は桃李では無く、自らの近くに着弾した鉄球と、それが放たれた方向へと移ったらしい。
警戒する様にそちらへ視線を向けるワイアーム。桃李もそちらの方を見れば、複数のトラックが並んでいる。
「援軍だ! くそっ。絶妙なタイミングじゃないか!」
もうちょっと早く間に合ってくれれば無駄に焦らずに済んだのに。そういう悪態も混じらせながら、桃李はトラックとその周辺に展開している部隊員達を見た。
そうして、トラックからは大きな砲身が後部から伸びており、先ほど砂漠に着弾したものを再びその砲身から轟音と共に叩きだしていた。
「ワイアームが……」
身体を翻す。状況は自分にとって不利と感じ取ったのか。その両腕により跳ね、滑空し、戦線を離脱していく。
「……終わった。そうだ、赤丸さん! 大丈夫だった!?」
慌てて、砂漠に横たわらせていた赤丸の方へと向かう桃李。彼女の顔色は悪いままだったが、それでも意識も息もあり、助けが来た今、命にだって別状無い事が確認できる。
なので桃李はホッとしたのであるが、一方で彼女の方はどうにも違う様子であった。
「八加瀬くん……あなた、さっき、あのワイアームに特攻しようと―――
「そういうの、言いっこ無しだって。助かったんだからさ。良かったじゃないか」
現実の状況は明るくなった。それを伝えるのであるが、彼女の表情は変わらないままだった。
これで今日も、何とか生き残る事が出来たって言うのに。




