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第一話

 大きな戦争があった。とてもとても大きな戦争が、かつてあった。

 けれど今は戦争が終わり、戦争の傷跡が残る世界で、それでも平和な時代に生まれた子どもたちが僕達……。

 なんて言えれば良いのだけれど、ぎりぎり、僕達は戦争をした世代に区別されるらしい。

 残念な事に、戦争の傷跡は違わず残るこの世界で、僕達は戦争を知っている最後の世代とやらに区分けされながら、今も生きている。




 公立東南(とうなん)中学校という字面を見た時、大半の人間は最終的にどっちなんだという何の意味も無い疑問を抱く。

 在籍している生徒からの意見を言わせて貰えれば、そんな事より新校舎と旧校舎が並び立っているのに露骨に旧校舎が黒くくすんでいる事をなんとかして欲しいと思う。

 そんな中学校を見つめながら、今日もその学校の旧校舎へ向かうのが、学校の生徒である(はち)加瀬(かせ)(とう)()の日々であった。

 彼は東南中学校の二年であり、どちらかと言えば真面目に授業を受けるタイプの学生に区分されている。

 背丈は中肉中背。よりは少しばかり高いと自負しているが、これと言った特徴があるのかと聞かれれば悩み、困ってしまうタイプの人間であろう。


「だから何の悩みもなく、目立つ事も無く、それで終わりってなるなら、それが一番なんだろうけどさ……」


 ふと桃李は呟いた。誰に語るでも無く、学校の正門前。そこに入る前にだ。

 これと言った特徴が無い。そう自負してすらいると言うのに、桃李は何人かの生徒達にじろじろと見られていた。

 だから足を止める。というより、これから校舎に向かう意味が無くなったと表現するべきか。

 校舎の脇から回り込む様に、薄い砂色に染められた大型のトラックが正門までやってきたからだ。

 トラックは大きい。だいたい大型トラックをさらに一回りがっしりとさせた様な、そんな見た目と大きさをしている。

 何故桃李が周囲の生徒達から視線を向けられているか? その理由の半分くらいは、このトラックが正門までやってきて、桃李のすぐ傍で停車したからだ。


「よー、八加瀬。見ての通り、朝から出張命令だ。わざわざ無駄足になる前に迎えに来てやったぞ。それとも、自宅へお迎えの方が良かったか?」


 トラックの運転席から、窓枠に腕を掛けながら運転手が話し掛けて来た。

 その仕草はトラックの運転に慣れ切ったそれであり、正門を出て一般人が横を通れるくらいの余裕を持たせながら停車させる手際も、それなりに経験を積んでなければ出来ないものだろうか。

 実際、運転手のその姿を桃李が見れば、酷く馴染んでいるなと感じてしまう。

 桃李以外が見ればどうか? それは勿論、こう返って来るだろう。中学生がなんで大型トラックなんて運転しているのかと。


「遠慮しとくよ、田井中(たいなか)。せめて朝のこの瞬間くらいは、自分が学生だって気分を味わいたいんだ」


 運転手の名前を田井中(たいなか)孝則(たかのり)と言う。れっきとした桃李の同級生であり、桃李より背は低く、代わりに横幅がある、小太りと表現できる少年だ。

 彼に促される様に桃李はトラックの助手席へと座り、正門まで来たところで東南中学とおさらばする事になった。

 本日の学業は通学のみに限られてしまったわけだ。


「思うんだけど、寮とか欲しく無いか? ちょっと離れた場所のマンションの一室借りられたとしても、こういう事が何度もあると面倒しか無いんじゃねえかな」


 田井中が街中にトラックを進ませながら尋ねて来る。やはり慣れた手つき、危なげない運転であり、彼の年齢に見合わず、経験が積まれた運転技術だと桃李は思う。

 思いつつ、何時もの事なので、彼の世間話に付き合い始めた。


「寮って、僕ら専用の寮ってこと? だったら無理だと思うよ。というか、僕らが学校に通ってる事がそもそも良く見てない人達だっているだろうし」

「じゃあ差別だのなんだのを気にして、年齢だけで学生とは学校に通うべきだーなんて言わなきゃ良いんだって偉い人間はさー」

「いつかは、そういう綺麗事だって真実になるんだろうさ。何時かは知らないし、戦後とか言われる様な時代はまだまだ先だろうけど……世の中、とりあえず先んじるのは、目の前の問題をどうするかって、そういう部分でしょ」

「ま、それで住む場所と給金を貰ってる身としては、文句を言ったって仕方ないんだろうが、この景色が黄金に見えるなんて事は無いよな」


 まったくだ。

 田井中に言われて、トラックが進む先の光景を目に入れる。太陽の日差しに反射されて、黄金色に輝いていると言えなくも無いその光景が、街をそこから削り取る様に広がっている。

 戦争砂漠。そんな風に呼ばれる戦禍が、今、この街の外側には多く存在していた。桃李達の街だけで無く、他の街の周辺においても、この傷跡は残り続けている。

 戦争を知っている最後の世代などと言われる、桃李達だって、無関係と言えない、そんな光景の中を、学生が運転するトラックは進んだ。


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