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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うわさの焦点

作者: 恵良陸引

ミステリー調で展開する物語ですが、本質はホラーです。

ふっとストーリーが浮かんだのでまとめてみました。

1.


――依田原よだはらが死んだって?――


 そんなうわさ話を聞いたのは、高2になってひと月あまり過ぎたころ、ちょうどゴールデンウィークの休みが明けてからのことだった。1限目が終わって間もない休み時間でのことで、連休ボケであまり授業の内容が入らなかった頭に、その話が脳みそにまできちんと届くはずもない。僕は意味がわからずに聞き返した。「何だって?」


 「だから……、依田原が死んだって知ってたか?って」

 僕に話しかけてきたのは天川耕哉てんかわこうやだ。呼びやすいのでみんな「コーヤ」って呼んでいる。コーヤとは中学から同じ学校だった。クラスも2年連続同じで、こいつとはほんと「腐れ縁」だと思っている。コーヤはいいやつだが、話に唐突すぎるところがあって、この日も僕が窓際の席でぼんやりと校庭を眺めているときに、何の前振りもなく、いきなり聞いてきたのだ。

 「依田原」という名前は1年以上耳にしていなかったので、最初、誰のことを言っているのかわからなかった。

 だから、あまり深く考えずに「知らんわ」と答えかけたが、ふいにある顔が浮かんだ。


 「依田原……昌史まさし……か……?」


 僕のひとり言のようなつぶやきにコーヤはうなずいた。「そう。その依田原」


 「まじで? 何で?」


 「それをお前から聞こうと思うとったのに」

 コーヤは残念そうな顔をした。


 「いや、僕が知るわけない。あいつとは中学卒業してから、いっぺんも会ってない。メアドも知らんし」


 「1年と2年、同じクラスやったやろ?」

 「3年はお前が同じクラスやったやんか」


 僕の反論にコーヤは「うーん」と言って腕を組んだ。「おれ、あいつとあまり仲良くなかったんや」

 それは僕も同じだ。依田原とは同じクラスだったことからいろいろと覚えていることはあるが、「思い出」ではない。つまり、友だちと呼べるほどでもなかった。

 「僕かて同じや。依田原と特に仲良かったわけやない。あいつ、どこか壁造ってる感じあったし」


 だからこそ浮かぶ疑問がある。僕はコーヤに尋ねた。

 「さっきの話、どっから聞いた?」


 「今朝、南雲さんから聞いた。さっきの選択クラスのとき」

 うちの学校では、2年生から文系、理系に分かれ、さらに文系であれば地理歴史、公民。理系であれば物理、化学、というように教科を選択して授業をうけるようになる。うちは公立の普通高だが、大学進学を見据えたカリキュラムになっている。コーヤは僕と同じ文系だが数学を選択している。南雲さんは僕たちと同じ中学出身で、銀の細ぶち眼鏡が似合う美人女子高生だ。難関国公立を目指す特進コースに入っているので、成績については言うまでもないだろう。

 「南雲さんから? 妙やな。南雲さんって依田原と親しかったっけ?」

 「中3のとき、南雲さんはおれと同じクラスやった。つまり、依田原ともクラスメイトやった、ちゅうこった。わかるか、この相対関係?」

 さすがにわかるわ。


 「南雲さんって周りを気遣うちゅうか、やたら優しいところあるやろ? 学年最後のころ、依田原って、どこか荒れた感じがあったから気にかけてたみたいなんやわ」

 「推薦落ちたときのころか」

 クラスは違うがそのあたりのことはなんとなく知っている。コーヤはそのとおりというようにうなずいた。

 「南雲さん、そのとき学級委員長やったからな。あれこれ心配してたようや。で、南雲さんの耳に依田原死んだって話が飛び込んできたから、本当かどうか、おれに聞きに来たんや」


 「で、南雲さんはその話をどっから聞いたんだよ」

 「それは知らん。うわさやろ」


 僕はコーヤの顔を呆れ顔で見つめた。

 「あのさぁ、うわさと言っても必ず火元ってのがあるんやで。そこを手繰れば、そもそも依田原が死んだって話がほんまかウソか、すぐにわかりそうなもんやろ」


 「お前、たまに賢いひとみたいなこと言うなぁ」

 「たまにとか言うな」

 「でも、言われてみればそうやな。次の選択のときにでも南雲さんに聞いてみるわ。もしかしたら、それで、うわさはうわさやった、で、終わるかもしれんし」

 コーヤはこの話を自分で終わらせるつもりのように言ったが、残念ながら、このうわさ話はこれで終わらなかった。



 特に親しくもない依田原のことをコーヤや南雲さんが気にするのは、依田原が卒業式に出席しなかったからかもしれない。それは僕も覚えていることだ。


 当時の依田原は、背が高いわけでも低いわけでもなく、イケメンではないが、特にブサイクというわけでもない。スポーツ、勉学、いずれも目立ったところがなく、それこそ、どこにでもいる『フツー』の中学生だった。僕と同様、部活動もしていなかったし、性格も明るいところはなかった。そんなんじゃ交友関係が広がるわけもなく、あいつと友だちだったやつなんてまるで思い出せない。


 そんなやつだが、誰かにいじめられていたとか、逆にいじめていたというような話はない。少なくとも僕が知っている事実はない。じゃあ、僕たちの中学が平和だったのかというと、そういうわけでもなく、ひとつ下の学年の女子が自殺した事件があったことを忘れてはいけない。たしか、『相田美晴』って名前の女子だった。自殺の動機にいじめがあったのでは、と言われていたが、けっきょく、理由はわからずじまいだったことは覚えている。マスコミもあまり騒いでいなかったようで、それに違和感を抱いた記憶がある。


 ただ、その事件で学校が揺れていたころに依田原が学校に来なくなり、そのまま卒業してしまったのだ。クラスが違うといえ、当時は僕も気になったし、同じクラスだったふたりはもっと気にかけただろうと思った。

 だから、あのふたりが依田原のうわさで右往左往するのは当然だと思ったが、ミッキーまでもが僕にうわさ話を持ってきたのは予想外だった。


 「聞いたか? 依田原が死んだって話」

 放課後になり、帰ろうと鞄に教科書など詰めている最中に三木谷――通称、ミッキーが僕に話しかけてきたのだ。

 「なんや、お前も僕に聞くんか、それ?」

 僕は呆れて声をあげてしまった。

 ミッキーは2年まで同じ中学だった元同級生だ。両親が離婚したため父親と一緒に地元を離れたため、転校してしまったのだ。転校、と言っても同じ神戸市内だったので、高校で改めてクラスメイトとなった『奇縁』の関係だ。まぁ、それほど偶然性はないのかもしれないけど。

 それはともかく、中学2年の途中までは僕と同じクラスだったので、当然だがミッキーも依田原のことは知っていたのだ。

 「だって、こんな話、お前ぐらいにしか聞かれへんし」

 ミッキーは言い訳するように小声で答えた。話し方に気弱な感じがするが、実際は180センチの恵まれた体格で、とても「弱そう」に見えないやつだ。試したことはないが、ケンカに勝てる気は全然しない。

 「その話、コーヤにも聞かれた。コーヤにも言ったけど、僕、あいつと仲いいわけちゃうから、卒業してからのあいつのこと、全然知らんねん。なんでみんな僕に聞くんや?」


 「そっか、知らんか……」

 ミッキーは頭をかいた。「でも、お前に聞いたらわかるかもって思ったんや」

 「だから、なんで?」


 「お前って、目端が利くってゆうか、けっこういろんなこと知ってたりするやろ。探し物見つけるのも得意やし、西北高校一番の情報通やって言われてるし」

 僕が西北高校一の情報通? そんなデタラメなうわさ、誰が流しとんねん。

 「えらい誤解ちゅうか、誤情報が飛び交ってるみたいやな。僕がそんなやつなわけないやん」


 僕の声に抗議の響きを感じたか、ミッキーはすまなさそうに頭を下げた。

 「悪い。何でもお前に頼ろうとするの、良くなかったな」

 そう言われると、こっちが悪いように思えるから困る。

 「気にすんなって。それより、そのうわさ、いったい誰から聞いたんだよ?」


 ミッキーは顔をあげて答えた。「望月高の志田川」



2.


 『……それが、どうしてぼくに電話する話になる?』

 スマホから聞こえる声は明らかに不満そうな声だった。

 今、僕が電話しているのは志田川ではなく、成山諫なりやまいさみだった。僕たちはイサと呼んでいる。イサは僕たちの中学校でただひとり、超有名進学校である白秋高校に進んでいた。

 まぁ、本当に優秀なのだと思う。でも、あいつを知る僕たちにすればイサの優秀さは異端だ。

 勉強嫌いで授業はサボる。休み時間は僕たちのようなバカたちとはしゃいで騒ぐ。そのくせテストは満点ばかり取るんだから、異能児と呼んでもいいんじゃないだろうか。どうやって好成績を獲れるのか聞いてみたら、難しい問題はやっぱりわからないと言う。それでも、「この問題はどのようなのが正解なのだろうか?」と、答えを「想像」してみるんだそうだ。そして、想像して浮かんだ答えを答案に書くと、それが、だいたい正解になっている、というのだから、本当に異端で異能児だと思う。


 この奇怪なうわさ話の件は無気味に感じる。でも、その無気味の正体が何なのか、僕の頭では手に負えない。誰かの知恵を借りるとすれば、僕にはイサしか考えられなかったのだ。


 そこで、僕はこの日、家に帰った晩にイサへ電話をかけたのだ。直接電話したのは、メールとかだと自分の言いたいことや疑問をうまく伝えられないと思ったからだ。イサの聞き上手に期待していた部分もある。


 「依田原が死んだってうわさを聞いて、うわさの出元と思われるシッダにも電話したんや。けど、あいつ、妙なことを言いだしとんのや……」

 僕はイサにシッダと話したときの説明を始めた。志田川――通称シッダ――は、依田原が死んだという話を知っていた。いや、聞いていた。しかし、その話を誰から聞いたのか、また、誰に話したのか記憶があいまいだと言うのだ。


 『いや……、たしかに、依田原の件は知ってたけど……、誰かに話した気もするけど、三木谷に話したっけ……?』

 「おいおい、しっかりしてくれよ。誰から聞いたかわからんかったら、この話が本当かわからへんやんか」

 僕は呆れて再度確認したが、シッダからはそれ以上の情報が得られなかった。煮詰まった僕はイサに電話したのだが……。


 『確かめたいんやったら本人に電話してみたらええやん。『お前ほんまに死んだのか?』って』

 イサはあからさまに関わり合いになるのを避けようとしている。そうはさせるか。

 「電話から『ほんまに死んでるで』って返事が来たら完全にホラーやんか。それに、あいつんとこの電話番号、誰も知らんから、こんな回りくどい確認になってるんやし」

 『中学校に問い合わせしたら?』

 「そういうのは個人情報のなんたらかんたらで答えてくれんやん。そもそも、卒業した学校に情報が行ってるかどうか」

 『たしかに、そういうのは同窓会の管理団体とかがやってるんだよな。卒業して一、二年程度で物故者情報を集めることはないわな』

 イサは事情を理解してくれたようだ。


 『しかし、それでうわさの出どころが手繰れなくなった、ということか』

 イサは考え込んでいるような口調になっていた。


 「気味が悪い話やん、実際。急に、中学の同窓が死んだって話が広まっていて、しかも、それが単なるうわさかどうか誰も確信持てんのやから」

 『まぁ、当人が生きていたら、『誰や、俺の死亡説流したん?』って怒って出てくるやろ』

 「ガセだとしたら悪質やからな」

 『……たしかに、お前の言うとおり、このうわさは変やな。依田原って3年の終わりごろ、ほとんど学校に来んかったやつやろ? ぼくはあいつと同じクラスやなかったからな。あのときの事情はよう知らんのやけど、あいつ、いじめられとったんか?』

 電話では見えないとわかってはいるが、僕は首を振った。「いいや。そんな話は聞いていない。ちょうどあの時期、いじめの話に敏感なころやったやんか」

 イサも当時の事件のことは知っている。イサは『そうやな』と同意した。

 「3年のときはコーヤが同じクラスやったから、あいつに依田原の進学先を聞いてみたんや。なんでも神戸南工科高校ナンコーに入った、て」

 『ナンコーか。ぼくたちの学校から、ほかにナンコーに行ったやつ知らんのか?』

 「僕は知らん。コーヤによれば、1組からは依田原ひとりだけやったって聞いた」

 『ぼくは4組やったけど、誰かいたかなぁ……。一応確かめてみるわ』

 「頼むわ」

 『お前んとこ……2組やったか。2組全員の進路なんか知ってるんか?』

 「男子はだいたい知っとる。女子はあんまり……」

 『まぁ、ナンコーは男子校やから女子の進学先から手繰るんは遠回りになりそうやな。じゃあ、男子にナンコー進学者はおらん、と?』

 「絶対やとは言い切れんけど、たぶんおらん。まぁ、2組の連中はSNSのグループに入っとるから、今日中にでも確認はできると思うけど」

 『依田原は1組のグループに入っとらんのか?』

 「入ってたけど、卒業の前後に切れたらしい。たぶん、依田原のほうから抜けたんや」

 『ほんまにいじめはなかったんかなぁ』

 ここで僕たちは互いに無言になってしまった。依田原がいじめられていたかには疑問がある。たしかに依田原はケンカが強そうなタイプには見えない。でも、怒るとキレるタイプだった。キレたら何するかわからなような危うさがあった。ああいうのをいじめるのは反撃されても平気なやつだけだ。1組は比較的おとなしいやつばかりが集まったクラスで、依田原よりも怖いタイプも強そうなのもいなかった。そんなクラスで、よりにもよって依田原をいじめるやつがいたとは思えない。

 「……あのさ。なんでも絶対って話は無いのは前提やけど、依田原がいじめられてたってのは、やっぱなかったと思うな。そりゃ、具体的な根拠って無いに等しいんやけど」

 僕はやっと言葉に出せたのはそれぐらいだ。それでも、イサは納得してくれたみたいだ。

 『そうか。じゃ、その線はひとまず考えから外すわ』

 あっさりとした返事が来た。なんとなく良かったと思ったが、新たな疑問も湧いてくる。


 「その線は……と言うことは、ほかの線でもあるんか?」


 『うわさそのものについても考えてみるんや』

 「うわさそのもの?」


 『うわさってさ。感情とか思惑とか、そんなんがあったりせんかな?』

 「うわさに? さぁ」


 「ぼくはこう想像したりするんや」

 イサは一呼吸おいて続けた。


 『うわさには『意思』が存在する』


 僕はイサの言葉に首をかしげる。「意思……?」


 『『意図』と言い換えてもいい。とにかく、うわさには、うわさを流したやつの思惑だとか、企みと言うか、あるいは願いが込められていると思うねん』

 相変わらず言うことがファンタジーなやつだ。


 「うわさがうわさを流したやつの感情だとか、思いとかで意思を持って、それで周りに広まってる、ちゅうんか? そっちのほうがホラーやないか」

 反論するつもりはなかったが、僕は思わず反対の意思を表明してしまった。少し気味が悪くなったせいもある。


 『うーん。そこまで非科学的には考えてへんな。情報操作って聞いたことあるやろ? うわさってのは、情報操作を行ないたいやつの便利なツールとちゃうかな。たとえば、お前に嫌いなやつがおって、そいつが世間から攻撃されるように仕向けたい。その場合、そいつが過去にこんな悪いことをしていたっていう『うわさ』を流すんや。そのうわさの内容がほんまかどうかはこの場合どっちでもええ。要は、それを周りが信じるかどうかや。周りが信じたら、そいつの評判は悪化し、周囲から攻撃されるかもしれへん。そうなれば、うわさを流したお前の『意図』は果たされた、ちゅうことになる』


 「まぁ、ひとを貶めるのに悪いうわさ流すってのは、たしかにあるわな。ネットとかも芸能人のスキャンダルやら書き込みがあるけど、全部がほんまってわけでもないしな」

 僕はイサの考えを認めた。と、言うより、その部分だけなら自分でも思っていたことだ。ただ、『うわさには意思がある』というフレーズには別の意味があるように感じたので、つい、反論めいたことを口にしたのだ。


 『うわさも生まれたばかりのころは、誰かの、ほんの、ささいな意思が入っていたかもしれない。でもさ、うわさって『尾ひれ』がつくことがあるやないか。それこそ、最初にうわさを流したやつでさえ知らんようなこととかが、そのうわさにくっついて、さらに広まるっていう……』

 イサの言いたいことがぼんやりとわかってきた。

 「うわさは広がりだすと、うわさを流したやつの思惑を超えて、別のうわさに変身することもあるってことか。それが、うわさには意思が存在するという考えか」

 『まぁ、そんなとこもあるかな』

 イサは認めた。

 『で、それを踏まえて、今回の話に戻るとやな、こういう問題が出てくる。『依田原が死んだ、といううわさを流したやつは、どういう意図があって、そんなうわさを流した?』』


 僕はすぐに答えられなかった。そもそもイサに電話しようと考えたきっかけは、このうわさに何か良くないものを感じたからだ。イサの問いに対する答えを、僕は明快な言葉で持ち合わせてはいないが、そこに『悪意』が存在するのは間違いないように思うのだ。

 僕は答えなかったが、それでもイサは僕が何を感じたのか察したようだった。


 『たぶん、ろくでもない意図のような気がするよね。依田原が生きてるか死んでるかはともかく、このうわさには依田原の『死』を望む意図が感じられる。これが、ただのうわさに過ぎないとしても、そのままにするのは何か危ない気がする』

 それは僕も賛成だ。しかし、どうすればいい?

 『依田原の無事を確認するしかないな。そして、『依田原は無事だ』ってうわさを流してやるんや。相反するうわさがぶつかりあったら、行き先はふたつや。さらに盛り上がるか、消えて無くなるか。依田原みたいに有名人でもない人間の生き死になんて、周りはあまり興味を示さへん。今回の場合は沈静化に向かうやろ』

 「まぁ、そうやな」


 『そこで次なる問題は……』

 イサが嫌なことを口にした。次なる問題……?


 『どうやって、依田原の無事を確認するか、や』



3.


 『依田原なぁ……。あいつ、去年、学校辞めてもたわ』

 電話越しの声はいかにも残念そうな口調だった。

 電話の相手は中3のとき同じクラスだった山内飛竜やまうちひりゅうだ。飛竜というカッコいい名前だが、本人は「めっちゃキラキラネームやんけ」と嫌っており、僕たちは彼を『山内』と呼んでいる。あだ名呼びも嫌っていたのでシンプルだ。

 僕は誰もいないと思っていたが、旧2組のなかで山内の進学先がナンコーだとわかり、僕は翌朝さっそく電話したのだが、その答えは残念なものだった。


 「退学してたのか……。なんで?」

 『もともと成績良くなかったからな、あいつ。加えて、去年の秋に父親が急病で亡くなっとるねん。学費も出んようになって辞める気になったみたいやわ』

 「最近はけっこう学費補助出るって聞いてたんやけどな」

 『俺にそんな仕組みはようわからん。落第圏内のモンやったら、辞めどきと考えても不思議はないで』

 「退学の事情はそれぐらいなんか。ほかには何も?」

 『変なこと聞くなぁ。依田原に何かあったんか?』

 山内の反応では、『依田原死亡』の情報はナンコー内では広がっていないらしい。山内に事情を説明してみたら、『ほんまかいな!』と、本当に驚いている反応が返ってきた。


 「ナンコーにそのうわさは流れてへんのか?」

 『まったく。初めて聞いたわ、それ』

 「変やな。むしろ、そっから流れるのが自然かと思ったんやけど……」

 『依田原なぁ……。あいつ、中3あたりから変になっとったやろ? 高校に入ってからもそのまんまでなぁ。学校のなかでは孤立してたんや。誰もいじめとかしてへんけど、仲間に入れてへんというか、あいつから入ってこようとせんという感じでなぁ。俺も入学してから一度も口利いたことあらへんかったわ。実習とか一緒やったけどな』

 「中2のころのあいつも明るい感じはなかったけど、誰とも口を利かんちゅうのはなかったな。そんなにひどかったんか?」

 『まぁな。うちの学校は昔はヤンキーばっかのとこやったけど、今は丸くなっておとなしいもんやから、誰もあいつに変なちょっかいはかけてなかったと思う。そりゃ、全部知ってるわけないから、俺の知らんところでやられとったかもしれへんけど』

 山内は途中から自己保身的な言い方になっていた。証言に対して責任持たせるつもりは別になかったけど、何かあったらと予防線を張ろうとしている。

 僕は山内を安心させようと思った。

 「まぁまぁ。ナンコーで何かあったとしても、山内がそれを隠した、なんて僕は考えへんよ。僕はあいつの無事を確かめたいだけなんや。そや。山内は依田原の連絡先は知らんのか?」

 『知らん』即答だった。


 「そっか……。朝早くにこんな電話してすまんな。もし、何か新しい話とか出てきたら教えてくれへんか?」

 『ああ。でも期待だけはせんといてな、マジで』

 僕は通話が切れて画面が真っ黒になったスマホを、ため息つきながら見つめるだけだった。

 しかし、これで終わるわけにはいかない。僕は引き続きイサに電話をかけた。


 『おはよう。何かわかったんか?』

 イサは嫌な声も出さずに電話に出てくれた。おかげで心が少しほっとした。

 「さらに妙なことがわかった」

 僕は山内と話したことを伝えた。


 『たしかに妙な話になってきた』

 僕の話を聞き終えると、イサは考え込むような声でつぶやいた。

 「一番のうわさの出どころだと思われたナンコーでその話が出ていない。じゃあ、今回のうわさの出どころはどこなんやって話やな?』

 僕が論点を指摘すると、イサは『そうや』と返した。


 『このうわさ話が流れるには条件がある。

 まず、依田原のことを知ってるやつが依田原の近辺におること。依田原の事情を知らんやつが根拠もなしにこんな死亡情報を流すはずがないからな。

 次に、ネットワークがあること。この場合はうわさのネットワークや。依田原のことを知っている、さらに、あいつの生き死にの情報に反応するだけの接点がある、という条件を満たさへんかったら、このうわさはなかなか広まらへん。

 最後は2番目の条件の補足や。うわさの内容に関心を引くだけの『価値』を持っとるか、や。昨夜話したことの繰り返しやけど、うわさには意思がある。それってどこか生き物みたいな感じせえへんか? うわさには、うわさとしての『価値』が無かったら生きていかれへん。広まることなく死んで消えてしまう。

 今回、『依田原死んだ』のうわさは2番目と3番目の条件はクリアされていると思う。

 うわさが広まったのは、深江中卒業生で依田原のことを知っている者たち。あいつとは親しくなかったが、卒業式の欠席とか気にかかる行動で記憶に残っていた。だから、依田原が死んだと聞いて思わず反応してしまった。ぼくとお前のように』

 イサの言うことはもっともだと思った。


 『でも、肝心な1番目がクリアされていないのに、このうわさは広まった。原理原則を逸れてる。これはもう異常やと考えてもいい。少し、ぼくも本気で調べてみようか。たしか、このうわさは2ルートから入ってきたんやな』

 「イサに話したんはシッダからのルート。でも、僕が最初に聞いたんは南雲さんルートからや。シッダはもうあてにならんから、残るは南雲さんルートやな」

 『南雲さんなら知ってる。たしかSNSのグループも残ってたはずや。じゃあ、南雲さんにはぼくから聞いてみようと思う』

 「じゃあ、僕は何をしようか」

 『悪いが、どうにか依田原の住所調べてくれんか。ぼくはナンコーに行ってる同級生とかおらんねん。えーっと、山内……くん、やったか? ぼくはその子とも接点あらへんからな。その山内くんを説得して、依田原の住所を探して無事を確かめてほしい』

 「これって警察案件かな?」

 『これだけのことで警察が動くとは思えんな。仮に警察沙汰やとしても、今のぼくたちじゃどうもできん。できるのはささいなことやけど、そのささいなことだけでもやり切っておこう』

 僕はうなずいた。「わかった」


 通話が切れて、僕はぼんやりとベッドに座り込んでいた。何かとんでもないことに巻き込まれている予感はある。でも、それが何なのかわからない。この薄気味悪い感覚。


 僕は後ろを振り返った。ややクリーム色の壁だけが見える。僕はそれを見て安心したようにため息をついた。イサの言うことを完全に受け入れたわけではないけれど、『うわさ』がまるで煙のような姿で漂って、僕のことを背後から見下ろしている光景を思わず想像してしまったからだ。自分には関係ないはずのうわさ話が、何らかの意思で僕を見張っているような錯覚を抱くようになっていた。まるで『うわさ』という捕食動物に狙われているかのように。

 僕はその感覚にどう抗えばいいかわからず、ただうずくまるしかないのかと暗い気分で沈み込んでいると……。しかし、意外にもそれを救ってくれたのは階下から大声をあげる母親の声だった。

 「あんた、いつまで部屋にこもってる気? 学校遅れるで!」

 僕はその声で我に返ることができた。

 「あかん! ほんまに遅刻や!」



4.


 ミッキーが僕を訪ねてきたのは昼休みの時間だった。

 「弁当、一緒にどや?」

 片手には大きな弁当、残りの手は親指で背後の中庭を指している。

 僕はコーヤと弁当を食べようとしていたところだったが、コーヤのほうが先に「行こう行こう」と立ち上がった。


 中庭は少しこじゃれた庭園風で、女子がベンチや芝生で弁当を食べる風景が日常だ。男子がそこに混ざるのは違和感丸出しになるので、たいていが中庭はずれの渡り廊下前あたりに集まる。そこだけなぜかコンクリートむき出しの床が広がっていて、中庭のこじゃれた感をぶち壊しにしていた。しかも、そこは日当たりが良すぎて夏は鉄板かとツッコまれるほど熱くなるので、弁当を食べる場所としては人気がない。

 ただ、5月初旬の段階ではそれほど暑くないので、わかってるやつはそこに集まって食べることはあるのだ。

 僕たちは慣れた感じで『鉄板』の上であぐらをかいて弁当を食べ始めた。


 「依田原の件、けっきょくどうなった?」

 ミッキーは白米をかきこみながら訊いてきた。


 「どうなったもこうなったも、シッダのやつ、ボケとんかみたいなことしか言わんかったわ。うわさは聞いてたが、誰から聞いたか、誰に話したか覚えてへんって」


 「あいつ、基本アホやもんな」

 コーヤがフォローにもならないことを言う。


 「俺の言い方が悪かったな。俺、あいつから直接聞いたんやない。あいつからの通信や」

 ミッキーはそう言いながら中腰になると、ポケットからスマホを取り出した。

 僕とコーヤは頭を寄せ合うようにしてミッキーのスマホをのぞきこんだ。

――シッダ

 よだわらが死んだって聞いた。マジ?


 時間は2日前の深夜になっている。あいつ、こんな時間まで起きていたのか。


 「正確には『よだはら』なんやけどな」

 コーヤにしては冷静なツッコミが入った。


 「これには何のツリーも入ってないから、もともとどこから流れてきたのかわからへんな」

 僕は少しがっかりした。イサに任せてはいるが、改めてシッダルートからうわさの出どころを探れるかもと多少期待したからだ。


 「まぁ、いいさ。うわさについてはイサに頼んで調べてもらってる」

 僕は自分を慰めるようにつぶやくと、コーヤが反応した。

 「イサ? この件にイサも嚙ましてるんか?」

 「そうや。適任やろ?」

 僕は笑顔を向けたが、コーヤは渋い顔だ。

 「あいつの妄想ワールドが暴走しなけりゃいいがな」

 「そうは言うけど、あいつ、基本、『かしこ』やで」

 コーヤはそれ以上反論しなかったが呆れたように首を振った。まぁ、イサのことを知っている者であれば、普通の反応かもしれない。

 「で、そのイサってやつはうわさについて何か言ってたか?」

 ミッキーは最後に取っておいたウインナーを口に放り込みながら尋ねた。

 僕は水筒に入ったお茶をひとくち飲んでから答えた。

 「イサが言うには、『うわさには意思がある』、だ」


 それを聞いて、コーヤが頭を抱えた。「ほらみろ! 妄想ワールド健在やないか!」


 そのとき、僕のスマホがブルブルと震え出した。取り出してみると山内からだった。

 「山内や」

 僕はスマホをコンクリートの上に置いた。スピーカーにしてふたりにも話が聞けるようにするためだ。

 「山内?」コーヤがスマホをのぞき込む。

 「俺は知らんやつや」そう言いながらミッキーものぞき込んだ。


 『おお、今朝は悪かったな』

 山内の声は今朝の少し不機嫌な口調よりも明るいものになっていた。

 「何が悪いんや。こっちが急に変な話をしたんや。気にすんなや」

 『そっか。でも、まぁ気ぃ悪い態度見せたんは事実や。悪い』

 僕の返しに満足したらしい。素直すぎるほど素直に謝ってきた。

 「もうええよ。それよりどないしたんや」

 『今朝言われてからな、思い出したことがあるんや。依田原の住所のこと』


 重大情報だ。僕は緊張した。「わかったんか?」


 『正確には知ってるやつに心当たりがある、や。浜手商業高校ハマショーに行ったマッツン覚えてるか?』

 「マッツン……? 松山……のこと……か。覚えてるかと言われたら覚えてはいるけど。そのマッツンがどうした?」

 『マッツンはな、休みに兄貴の仕事を手伝ってんねん。いわゆる何でも屋。引っ越し屋みたいなこともやってて、単身者の荷物の多くないやつとかやってるって』

 マッツン――松山も同じ深江中出身だが、クラスが一緒だったことがなく親しくなかった。せいぜい名前だけ知っている程度だ。マッツンという通称も、あのころ耳にしていたのをかろうじて覚えていたぐらいでしかない。

 「高校生で重量物扱うバイトってできるんや」

 僕がつぶやくと、電話越しに『シーッ』という声が返ってきた。そっか、違法か。


 『あくまで家族の仕事を手伝ってるって話や。それにここは別に大事なところでもないから流すで。マッツンからはな、去年、依田原の引っ越しの手伝いをしたって聞いていたんや』

 「去年? いつ?」

 『11月の終わりやから、学校辞めてすぐやな。家族と離れて神戸市内で一人暮らしを始めたそうや』

 「マッツンは依田原の引っ越し先を知ってるんやな? どこやって?」

 『聞いたんは正月に会ったときやから、正確とちゃうかもしれんけど、たしか長田天神あたりとか言ってたと思う』


――長田天神……?

 「長田天神町か。長田区やな」

 ミッキーが自分のスマホをいじりまわりながらつぶやいた。


 「山内、すまんけど、マッツンと連絡取ってくれんかな。正確な連絡先が知りたいねん。具体的に何がどうとか正確に説明できひんけど、とにかく依田原の無事を確かめたいねん。電話番号が一番やけど、住所までなら住所だけでもかまへん」

 『わかった。聞くだけ聞いてみる』

 山内は引き受けてくれた。


 「急展開やな」

 空の弁当箱を置きながらコーヤが言った。こいつ、こっちが話している間にラストスパートかけていやがった。

 「で、どうするよ?」

 ミッキーも空の弁当箱を置いた。お前もかい……、いや、ミッキーはすでに食い終わってたか。僕の弁当はまだ半分も残っている。

 「どうするって何が?」

 コーヤは両手を頭の後ろで組みながらミッキーに聞き返した。ミッキーはコーヤ、そして僕の顔を順に見回した。


 「依田原生きてるか確かめに行くか?」



5.


 土曜の早朝、僕とミッキーは阪神電車に乗っていた。

 マッツンは「こういうの教えるの、本当はまずいんやけど」と渋っていたが、事情を説明して最後には連絡先を教えてくれた。電話番号も教えてくれたが、その番号は『現在、使われてません』だったので直接会いに行くことにしたのだ。


 そのことでイサに何度か電話したがつながらず、仕方がないので「依田原の住所わかった。明日会いに行ってみる」とだけメッセージを残しておいた。


 コーヤも誘ってはいたが、「長田は遠いからパス」だと。

 同じ神戸市内ではあるが、僕たちの住む東灘区から長田天神町へ行くには、電車一本で、というわけにいかず、新開地まで行ったら、神戸電鉄に乗り換えなければならない。ただ、そこからはふた駅だ。長田駅で降り、歩いて10分。神戸市内だが片道で1時間かかるから、たしかに遠い。


 今回、ミッキーが積極的なのは意外に思ったが、彼はいかつい見た目と違い、とても情に厚いので、一緒に来てくれるのだろうと思った。

 「悪いな、こんなのに付き合わせて」

 僕が詫びると、ミッキーは首を振った。「ええんや、気にするな」

 ミッキーは僕より軽装で、細長いポーチを抱えているだけだった。


 土曜の朝の阪神電車はすいていた。平日は三宮に向かう通勤客でごった返すが、今日は座ることができた。

 僕はミッキーと並んで座ると、ぼんやりと車窓越しに見える六甲山系を眺めていた。子どもの頃から、電車に乗るとついつい山側の風景に見入ってしまう。神戸っ子は六甲山を眺めながら育つのだ。だから、これは自然なことなのだ、と勝手な理屈とも言い訳ともつかないことを頭のなかでつぶやく。

 六甲山の緑は深く濃い色になり、間もなく照りつけるであろう夏の光をたっぷり浴びようと待ち構えているようだった。


 僕がそんな何の益にもならないことを思い浮かべている間、ミッキーはじっとうつむき気味でスマホを見つめ続けていた。ふと気になって見てみると、スマホに映し出された家族写真を見ているようだった。両親の離婚を引きずってるのかもしれない。僕はミッキーに声をかけるのは控えた。


 新開地に着くと、神戸電鉄の乗り場へ。通勤のダイヤじゃないから乗り換えの接続はそれほど良くない。次の電車が動くまでじっと待つ。その間も僕たちは互いに無言だった。


 目的の長田駅で降りると、ようやく、「こっからどう行くん?」とミッキーが話しかけてきた。口調もいつもの柔らかい感じだ。僕は少しほっとして「こっちや」と言いながら先頭に立って歩き始めた。ここへ来るまでに地図アプリでだいたいの位置は確かめていたのだ。


 事前の行動が良かったおかげで、僕たちは間もなく依田原が住んでいるとされるアパートの前に立っていた。


 昭和時代に建てられたと思われる、いかにも古めかしい2階建てアパートだ。室内に洗濯パンが無いのだろう。どの部屋も入り口に小さい洗濯機が置いてある。鉄製の階段は錆だらけで、色が赤いのは塗料だけが理由ではなかった。


……こんなところにひとりで住んでいるのか……。


 僕は妙な感慨を抱きながらアパートを見上げていた。依田原の誕生日は知らないが、僕と同じ16、あるいは17歳の未成年者がひとりで暮らすには、けっこう思いきりが必要な場所だと思う。もし、僕が急に一人暮らしを始めなければならなくなっても、ここを選択肢に入れることはないと確信できるほどに。


 「依田原の部屋は2階の真ん中や」

 僕がひとつの扉を指さすと、ミッキーは「わかった。行こか」と僕の肩を叩いた。


 あまりに古いから心配だったが、階段はまだしっかりしていた。僕たちは階段をカンカン踏み鳴らしながら上がると、ついに依田原の部屋の前に立った。


 部屋番号の下には表札をぶらさげる釘が打ち込まれていたが、そこに何もぶら下がっていなかった。その下には小さな呼び鈴のボタンが自己主張するように存在していた。なにせ、細い柱よりも広い台座から大きく飛び出していたから。明らかに後付けのものだ。


 僕は一瞬ためらったがボタンを押してみた。

 部屋のなかから「ビー」という音が聞こえる。呼び鈴はちゃんと機能しているようだ。

 返事はなし。もう一度ボタンを押す。

 「ビー」

 ごそごそと部屋で何か動くような反応があった。誰かいる。

 念押しにもう一度ボタンだ。

 「ビー」

 「誰?」

 ようやく部屋から反応があった。若い男の声だ。聞き覚えはない。

 人違いかと思ったが、がちゃがちゃ音を立てながらドアを開けたのは、まさに依田原昌史本人だった。僕はそこで、依田原の声変わりした声を初めて聞いたのだとわかった。変わったのは声だけではない。背も伸びて、僕より5センチは高くなっている。でも、ふてぶてしいような、どこか世間すべてが気に入らないような人相と顔つきはそのままで、僕はこの人物が依田原だと確信することができた。


 「よう依田原。僕たちのこと覚えてるか? 深江中の同級生だった……」

 僕は勢いよく前に進み出たが、依田原は冷静な表情で片手をあげて制してきた。

 「ああ、わかるよ。ふたりとも顔変わってへんやん。なんか久しぶりやな。そっちにいるのはミッキーやろ? えらい珍しいのが訪ねてきたな」

 どういう反応されるのか気になっていたが、いたって普通なのに安心した。

 「悪いな、急に押しかけてきて。実は話があって来たんやけど、中、ええか?」

 ミッキーが依田原越しに部屋の奥へ目をやると、依田原は「うーん」と声を出した。

 「ま、ええけど。ほんま急やから何も出せへんで」

 依田原は足もとをごそごそさせながら奥へと消える。ミッキーが続き、僕も部屋へ入ろうとしたときにスマホが鳴った。取り出してみるとイサからだ。僕は部屋のドアを閉め、スマホに出た。


 『すまんな。昨夜はいろいろ立て込んで電話に出れんかったんや』

 イサが詫びた。

 「ええよ。そんなことより、今、僕な……」

 『うわさの出どころがわかった』

 僕が報告しようとするのを遮るように、イサが声をかぶせてきた。どこか急いでいるような早口だ。

 「何やって?」

 『実際は、自分がうわさの出どころやと誰も言ってくれへんかったんやけどな』

 僕は混乱してスマホを持ち直した。「どういうことや? ちゃんと説明してくれ」


 『あれからぼくは南雲さんと連絡を取り合い、あちこちからうわさの出どころを探った。詳しい経緯は長くなるから省くが、けっきょく、どのルートでも終着点に着かんかったんや』

 「そんなことありえるんか?」

 『本来はありえない。だいたい、この話は誰から聞いたのか順にたどれば、うわさの出元に行きつくはずなんや。でも、そうはならんかった。気がつけば、『誰それから聞いた』の話がぐるぐるループしていたんや。つまり、誰に聞いても『誰それから聞いた』と答え、それが最終的に輪になってつながってもうたんや』

 「そら、おかしいやん。それ、自分がうわさの出どころであることを隠すために、うわさを流した張本人も『誰それから聞いた』と言ってるとしか考えられへんやん」

 『冴えとるな。ぼくも同じことを考えた。そこで、『誰それから聞いた』を全部書き出して展開図面にした。それから、ひとつひとつ誰から聞いたという情報を線で結んだ。たとえば、コーヤから南雲さん、のように。こうして線をつないでいくと、ある一点からつじつまが合わない箇所が出てきた。複数がこの人物から聞いた、というのに、その人物はまた別のひとから聞いたことになっていた。この人物が起点であれば、相関図がすっきり完成するにもかかわらず、だ。ぼくは、それでそいつがうわさの出どころだと考えた』

 「で、そいつってのは誰だよ?」

 『三木谷喜朗みきたによしろう。覚えとるか? 2年の途中まで深江中にいたやつ』

 え、何?

 僕は聞き違いかと思った。思わず振り返り、今は閉じられたドアを見つめる。

 『通称はミッキー。今、お前と同じ高校にいるんやって聞いた。どっかで会ってないか?』

 会ってないも何も……。それより……。

 「ほんまか? ミッキーがあんなうわさを流した張本人やって言うんか? なんで?」

 『ところで、お前、相田美晴って子、覚えてるか?』

 唐突に話が変わって、僕はますます混乱する。どうにか気持ちを立て直そうと、僕はスマホを握る手に力を入れた。

 「覚えてるも何も、3学期に自殺した女子の名前や。覚えとるわ」

 『あの子、以前は別の苗字やったんやで。知ってたか?』

 「え?」

 『あの子は、1年のときは三木谷美晴やったんや』

――三木谷!

 『あの子が自殺した事件のころ、妙に覚えてるんやけど、うちの近所とかで女性が一人暮らししているところとか警察が聞き込みしてたんや。変やろ? 自殺事件の捜査でそんなこと。近くの小学校では中学生ぐらいの男の子に声かけられてもついて行かんように、なんて注意がされていたことも覚えてる。ぼくの妹が当時小学生やったからな。そんな話も聞いていたんや』

 混乱した頭では追いつけなくなってきた。

 「そ、その話が、今回のうわさ話とどうつながる?」

 『そうやんな。でも、こっから先は、僕の想像の話になる。それでもええか?』

 「か、かまへん。そ、その想像の話っての、してくれや」

 『わかった。本当にイヤな想像なんやけど、相田美晴さん、別名、三木谷美晴さんは、何者かに性被害に遭ったんやないか? 彼女はそのことで大きく傷つき、それが元で自殺してしまった。警察の捜査が校内のいじめではなく、いわゆる婦女暴行犯を捜しているようなものだったのは、その裏付け捜査の一環やないかな。しかも、容疑者は中学生ではないかまで絞られていた。小学校での注意喚起がその根拠や。だいたい、『中学生ぐらいの男の子に声かけられてもついて行かんように』なんて限定的な注意はせえへんやろ。せいぜい『見知らぬひとから声をかけられても』あたりや。それで、ぼくは美晴さんが性被害事件に遭遇したと想像したんや』

 相変わらずぶっ飛んだ妄想力全開の話だが、僕はそれを妄想話だと切り捨てることができなかった。イサは想像だと言ったが、当時、マスコミが騒いでいなかった理由がそれではないかと納得できたからだ。それで、僕は気持ちを落ち着かせて続きを促すことにした。

 「美晴さんのことはそれで納得した。先を続けてくれ」

 『警察はこの2年あまり捜査を続けてきたと思うけど、どうも捜査は打ち切ったか、ほとんど手がつけられなくなっていたんやないか? なにせ、被害者は殺されたわけじゃなく自殺。死んでるから犯人について証言することもできん。完璧な証拠が揃えられたか難しい事件やからな。

 ただ、ある程度は絞れてたと思う。たぶん、目撃者がおったんや。現場から立ち去った人物、みたいな。その特徴が中学生男子やった。そして、その当時、不審な行動をしていた中学生と言えば……』

 「まさか、依田原が?」

 『当時、あいつは荒れていたからな。ヤケを起こしてうっ憤晴らしに性的衝動に突っ走ったとか。根拠ゼロではないけど、たしかに短絡的な想像や。少なくとも警察は依田原を逮捕せんかった。警察に疑われていたって話はこれまでまったく出て来んかったし。でも、ミッキーはそう思い込んだかもしれへん。個人的にそう信じる記憶があったかもしれへんしな。

 ミッキーは事件の1年前に両親の離婚で深江から離れてしまった。妹さんの姓が変わったのはお母さんの苗字を名乗ることになったからやろ。あの事件のとき、ミッキーは悔しかったはずや。自分が妹さんと一緒に暮らしておれば、被害を防げたかもしれんのやからな。

 ミッキーは警察が依田原を捕まえるのを待っていた。でも、けっきょく、警察は依田原を捕まえたりせえへんかった。業を煮やしたミッキーは、自分で依田原を追及しようと考えた。しかし、そのときには依田原がどこにおるかわからんようになっていた。ナンコーのことも確かめてたかもしれへん。でも退学されては、そっから先を追うのは困難やろ。個人情報保護法やらで、普通の高校生が個人的に捜すのは限界があるからな。そこで、ミッキーは周りを巻き込んで依田原を見つけ出そうとした……』

 「それが、『依田原が死んだ』といううわさ話……」

 『そんなうわさ話が広まったら、まず本人が騒ぐもんやん。『俺、生きてるでー!』って。訂正するために名乗り出るんとちゃうかな。ただ、その話が本人に届かんかったら効果は出えへんな。それで、とにかくあちこち意図的にうわさをばらまくしかない。また、うわさ話に不安を感じ、積極的に依田原を探してくれる者が出てくるかもしれない。その捜索ネットワークに参加して一緒に行動すれば、ひとりで捜すより情報は入ってくるし、チームワークで見つけ出すこともできる……。そういう期待もあった二面作戦とちゃうかな……』


 背後のドアが開く音がして振り返ると、ミッキーが姿を現した。どこか呆けたような顔で僕をまったく見ていない。


 のろのろした足取りで僕の前を通り過ぎる。そのとき、「やっぱ、あいつやったわ……」とミッキーがつぶやくのが聞こえた。

 同時にカランという音が足もとに響き、音のしたほうを見下ろすと、そこには大きな出刃包丁が落ちていた。大きいとは言っても、ミッキーが小脇に抱えていたポーチに収まるサイズのものだ。包丁は血まみれだが、魚を切った血のようには見えない。もっと脂肪分を含んだぬるりとした血だ。ミッキーに視線を戻すと、ミッキーも全身血まみれだった。ミッキーはカン、カン、と鉄の階段をゆっくりと降り、まったく振り返ることもなく道を歩き出した。


 僕は少し開いたドアに手をかけ、ゆっくりと開いた。部屋は玄関脇がキッチン、奥に部屋がひとつあるだけの昔ながらの1Kタイプだ。奥の部屋のふすまは左右に開かれ、部屋の様子がひと目で見て取れた。


 僕は部屋の状況を確認できると、ドアをそっと閉めた。この室内が誰にも見られないように。


 『ところで、メッセージ読んだけど、依田原の住所を訪ねてるんやな?

 どうやった? 依田原は見つかったか?』

 状況を知らないイサが僕に尋ねる。僕はふたたびミッキーに視線を向けた。ミッキーはまだ視界に入るところをゆっくり歩いていた。通りすがりの人びとがミッキーの姿に驚き、怯え、悲鳴をあげていた。警察あてだろうか、どこかに電話しているひとの姿も見える。ミッキーはそんな人たちを気にするそぶりも見せずに歩き続けていた。

 まったく静かな町が、これから噴きあがるだろう『うわさ』の胎動でざわざわし始めているのを僕は全身で感じた。


 僕はスマホを握り直しながら、依田原の部屋のドアを見つめた。


 「実はさ……、依田原……死んでたわ」

ホラーをテーマにした作品は少し手がけましたが、

いずれも化け物は出てきません。

今回も具体的な化け物は登場しない物語になっています。

あえて言えば、今回、『うわさ』が化け物というストーリーになりますが、

あまり非現実的な化け物ではなく、少しはリアリティのある化け物にしようと試みました。

結果的にうわさが化け物としての存在感を発揮することはありませんが、

その分、うわさ……あいまいな情報で踊らされる青少年たちを描けたかなと思います。

そして、それが中心のテーマでもあります。

僕が描くホラーって、だいたいこうなんです。

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[一言] 面白かったです。 最後の主人公の言葉にぞっとしますね。読ませていただきありがとうございました。
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