98話 自我を持つドッペルドール
AB-ウルフの座席を巡る戦いは結局、寅吉君とクソザコ適性がありそうという理由で金林が獲得することになった。
それ以外の者は鋼鉄の獣に括り付けられるか自力で走るかになる。
当然、桃吉郎と凍矢は自前の足で走ることを選択。
彼ら以外は普通の人間なのでAB-ウルフに括り付けられることに。
「じゃ、行くよ~」
鋼鉄の獣が勢いよく駆け出した。
瞬間、哀れな女どもの悲鳴が木霊する。
ついでに虹色の何かも空中にばら撒かれた。
「……だから、一人、桃吉郎に抱きかかえてもらえっていったのに」
「筋肉だるまは嫌なんだとさ」
「ふん、筋肉の素晴らしさを理解できない愚か者の末路か」
凍矢は筋肉フェチに片足を踏み入れているので、桃吉郎の見事な筋肉を密かに愛している。
桃吉郎も桃吉郎で筋肉信奉者であり、自身の筋肉を誇りに思っていた。
尚、AB-ウルフでも桃吉郎でも、結局は激しく揺れるのでゲロイン待った無しである。
「(ふふふ、情けない。この程度の揺れでゲロリンチョなどと!)」
そして、鋼鉄の尻尾には相変わらず見張・益代の姿。
こいつは結局、何がしたかったのだろうか。
全ては変態的な闇の中に隠されてしまい知ることは叶わない。
というか知りたくもない。
かくして、桃吉郎のトラクマドウジの本体奪還作戦は、かなりハチャメチャに達成されたのであった。
場所は変わり旭川野営地。
本体がログアウトしたトウキとトーヤのまさかの再起動に、ジャックたちは声を失った。
「あぶー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。これってドッペルドールに意志があるってことで良いのか?」
ジャックの困惑に解を出したのはドクター・モモである。
『左様。元々はクローンなんじゃから当然じゃろ』
「だが、倫理的的な理由でドッペルドールの自己は除去されているはずだろ」
『脳に抑制チップを埋め込んでいるだけじゃ。やろうと思えばいつでもクローンは自己を取り戻すことが出来るぞい』
「マジかよ……」
これにジャックは戦慄を禁じえない。
ということは、ジャックもまたトウキと同じような症状になり、最悪、衣笠本人に反旗を翻す可能性もあるのだ。
よくも自分だけ危険な目に遭わせたな、と。
だが、語り部たる私の私見では、それは怒り得ない、と力説できる。
そもそも、衣笠は間接的ではあるが、ジャックにデューイという伴侶を獲得させるに至っているのだ。
双方共に心は通じ合っているので感謝こそするが反旗などとんでもない、ということになろう。
まぁ、これは衣笠は知り得ない情報なのだが。
『ジャックよ。これからトウキとトーヤの育成を行うぞい』
「おいおい……そんなことをしたら桃吉郎と凍矢のドッペルドールが無くなるぞ?」
『あ奴らの事なら心配せんでもええ。もう、ドッペルドールは必要無いからの』
「正気か?」
『もちろん。本体の方がドッペルドールよりも強い事はおまえさん方も知っておろうが』
これに反論できる者はおらず。
そして、ただ一人部外者だったモヒ・カーンはひょっとして巻き込まれた、と戦慄していた。
イグザクトリーでございます。
『モヒ・カーン。おまえさんも協力してもらうぞい』
「マジかよ」
『大マジじゃ。言っておらなんだが、これを聞いた者をただで帰すわけにはいかんからの』
「そういうのは普通、最初に言うもんだろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
モヒ・カーンの絶叫は旭川の山々に吸い込まれて消えた。
兎にも角にもジャックたちによるトウキちゃん育成計画が発動された。
ところ変わって見晴らしの良い平原。
そこにトウキたちの姿があった。
「だーう」
「……」
「ふきゅん」
トウキはとにかく喋る。
それに対してトーヤは目をキラキラさせながら周りの物を観察していた。
賑やかなトウキ、物静かなトーヤと、本体は抜けてもあり方は変わらないもようだ。
黄金まんじゅうは相変わらずトウキの頭の上に陣取っている。
「う~ん、身体だけ大きくなっちゃった赤ちゃんね」
「言い得て妙だな。色々とけしからん赤ん坊だが」
むっちむちは共通だが、ぼいんぼいんぷりんぷりんは赤ちゃんには無いものであった。
「育成って一言に言ってもどうすりゃいいんだよ?」
モヒ・カーンは肩にショットガンを背負い周囲を見張っている。
個の周辺には【オニオンカツオ】という玉ねぎとカツオが融合したわけの分からない猛獣が宙を泳いでいるのだ。
恐らくは海から内陸へと泳いできたのであろう。
しかし、旭川の気候が適合したのか、それとも彼らの餌が口にあったかは知らないが、今ではここで大繁殖している事実が認められた。
そのDLは13。
個であるなら、そこまで脅威ではないだろう。
無論、新人では手に負えないほどには強力である。
だが、これは群れを作る習性があった。
群れで襲い掛かってくる場合、オニオンカツオはDL50付近に達する危険な存在と化すのだ。
「そうだな……まずは言葉を覚えさせねぇと怪しまれるか」
「それよねぇ。まぁ、トウキちゃんなら最悪、アホの子だから、で通せるかもだけど」
「ひでぇ」
ジャックはデューイの容赦の無さにほんのりと恐怖した。
「でも、トーヤちゃんはしっかりと言葉を覚えさせないと」
「……?」
デューイはすっかり可愛らしくなってしまったトーヤがお気に召したもよう。
本体の入っていないトーヤは、その表情から険しさが無くなり、凛々しい系から可愛らしい系に転換してしまっていた。
そのギャップにデューイは脳を焼かれてしまったのである。
「そうだな……担当を分けようか。私は戦闘訓練を受けもとう」
御木本は作業の分担を提案。
そして真っ先にある意味で楽ちんな分担に名乗りを上げる。
というか彼はそれ以外は無理であることを確信していた。
「げぇっ、きたねぇ! な、なら俺は……パンクファッションを担当するぜ!」
「おまえはトウキたちをチンピラガールにでもするつもりか」
モヒ・カーンの宣言は即座に却下された。
どう考えてもトウキたちにパンクファッションは似合わないだろう。
「とはいっても、俺も料理以外は自信がねぇしなぁ」
「私もツッコミ以外はねぇ」
恐ろしいことに、ここには【常識を教える】という考えの持ち主は居ないもよう。
「ふきゅん!」
ここで、黄金まんじゅうが、まさかの常識を教えると名乗りを上げたではないか。
「困ったわねぇ」
「参ったな」
「ふむ…」
しかし、珍獣の言葉は誰にも理解できなかった。
『そっちの方はわしの協力者に任せるわい。おまえさん方は自分の得意な事をトウキとトーヤに叩き込めばええ』
「あ? 協力者? この期に及んでまだいんのかよ」
『そろそろそっちに着くわい』
「そろそろ? こっちに?」
その時、ジャックは上空に気配を感じ取った。
まったく気配が無かったというのに、それは突如、上空に現れ、ジャックたちを自身の影でおおいつくしてしまったのだ。
「な、な……!?」
「ド、ドラゴンだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
モヒ・カーンの絶叫が木霊する。
上空には一体の白金の巨竜が彼らを見下ろしていた。




