97話 脳がバグる
「ちょっ!? ま、待ってくださいっ! おと、男っ! 男性ですよねっ!?」
「おいおい、どこをどう見たら女に見えるんだ?」
「いや、はい。まったく」
桃吉郎は珍刀を鞘に納めショタボーイの顔をじろじろと観察した。
そのようなgorillaを寅吉君も観察する。
だが、彼の場合は桃吉郎の見事な筋肉だ。
はち切れんばかりの大胸筋と上腕二頭筋はまさに筋肉の権化。
綺麗に割れた腹筋に丸太のような太もも。
無駄なぜい肉など、どこにも見当たらない。
「(どこをどう見てもトウキちゃんの面影なんて見当たらないっ)」
その顔もまさに男前であり、女性的要素は微塵も無い。
そんな桃吉郎が、まさかの【むっちむちぽよんぽよん】のトウキのパイロットだと誰が想像できるであろうか。
そもそもがクローンかどうかも怪しいレベルである。
「このちんちくりんがトラクマドウジの本体か?」
「あぁ、そうだ。まだ子供だから加減して扱えよ?」
「分かってる。絹ごし豆腐レベルで優しく扱ってやろう」
そういうなり、桃吉郎は寅吉君をお姫様抱っこで持ち上げた。
「ひゃっ!?」
「ちょいと急ぐからな。喋ったら舌ぁ噛むぜ」
お子様とはいえ寅吉君は十歳児であり、そこそこの体重がある。
しかし、桃吉郎は重さを微塵も感じさせない様子を見せた。
実際、彼はこの程度、重いと思わない。
それほどまでに鍛え上げられた筋肉は異常な進化を遂げ続けているのだ。
ちなみに桃吉郎の握力はゴリラの倍以上である。
だって計測できないんだから、こう言うしかないんだもん。
「ちょっと恥ずかしいです」
「じゃあ首根っこを掴んで運ぶか?」
「……このままでいいです」
桃吉郎はショタにも容赦がない。
やると言ったらマジでやる凄みがあった。
それを肌で感じ取ったのだろう寅吉君は長寿タイプだ。
「凍矢も抱っこしてやるか?」
「……ひ、必要ない」
「まぁ、この間したもんな」
「うるさいっ。とにかく急ぐぞっ」
ほーん、とチームオーガは桃吉郎と凍矢の関係を勘ぐった。
きっとそういう関係であり、凍矢が一歩踏み込めない甘酸っぱい関係なのだろう、と。
大体あっているが、途方もなくズレてもいる。
この二人がそういう関係に至るには、まず凍矢が全裸になって桃吉郎に迫るしかない。
その場合、gorillaは確実に「うおぉぉぉぉぉぉん!」と暴走しモザイク確定のプロレスが開催されるであろう。
その後、桃吉郎が正気に戻ってからが勝負となる。
まぁ、凍矢にそのような度胸があるかといえば、無いと断言できる。
事故ならワンチャンすあるか、といった程度だ。
桃吉郎たちは混乱の東京要塞からの脱出を試みる。
しかし、そんな彼らのゆく手を遮る者たちがいた。
「おっとぉ? ドッペルドールモドキか」
「あの異形はフォールンドールだな」
アナザーによって改造処理された肉人形たちが重い足取りで近付いて来る。
顔面の半分が眼球で覆い尽くされた元DAたちだ。
その戦闘能力は生半可なドッペルドールでは歯が立たないであろう。
だが、今の桃吉郎にとってフォールンドールたちは物足りないと断言できた。
それほどまでに、彼らからの圧を感じることが出来ないのだ。
「イレギュラー……狩る。イレギュラー……狩る」
フォールンドールたちは一様に呟きながら桃吉郎に向かってゆく。
ゆらり、とその異形の姿がブレた。
何重にも重なって見えるのは特殊な呼吸と歩行が可能とする幻覚だ。
ボッ。
しかし、それを台無しにする桃吉郎の拳圧。
その問答無用の広範囲攻撃によってフォールンドールたちは哀れ肉塊となって果てた。
「少しは見せ場をやってもよかったんじゃないか?」
「凍矢」
「な、なんだ?」
普段は見せない真剣な面持ちに、凍矢はドキッとした。
「腹減って、そんな余裕がない」
「期待した僕が馬鹿だった」
「そんな桃吉郎に私からのプレゼント」
天から鋼鉄の獣が降ってきた。
我慢できなくなった輝夜がAB-ウルフでカチ込んできたのである。
あぁもう滅茶苦茶だよ。
「おぉ! ライスバーガーじゃねぇか!」
「暇だったから作ってたの」
「流石、輝夜! 愛してるぅ!」
「でゅふふふふふ、崇め奉りなさい」
このやり取りにちょっぴり嫉妬女神となった凍矢は近くのドッペルドールに八つ当たりのコブラツイストを極める。
効果は抜群だ。
「じゃ、この子に乗って」
「みんなー乗り込め~」
「「「「「わぁい!」」」」」
「あ、ごめん。この子……3人までしか乗れないわ」
「「「「「!?」」」」」
パイロットの輝夜は確定として残った席は二つ。
残った者は鋼鉄の獣にしがみ付くより他にない。
それは想像するまでもなく地獄であろう。
ここに負けられない戦いが始まろうとしていた。




