94話 やり過ぎ
トラクマドウジの本体を探すにしても凍矢は彼の顔を知らない。
しかし、凍矢の足に迷うというものは一切無かった。
それはトラクマドウジの気を覚えているからだ。
気というものは生きている限り微弱に発せられるものであり、これは鍛えられている、鍛えられていない、には関わらない。
だが、気の波長を覚えるということは至難の業。
これは余程のセンスか野生の直感に頼らざるを得ない。
凍矢は前者であり、桃吉郎はもちろん後者だ。
「(この位置だと……48階辺りか? 結構あるな)」
階段を駆け上がる凍矢は、このままでは息切れする可能性を考える。
以前は男性の肉体であったため、この程度で息切れを起こすことはなかったのだが、完全に女性の肉体へと変化してしまった今、スタミナが激減している事に気付かされていた。
なので無理はせず、途中で一息つくべきだろうとの考えに至る。
「(エレベーターを使うか? だが、監視カメラがあった場合、袋のネズミになりかねない)」
最悪の展開も考えるが、近くでチーンとの音を耳にする。
エレベーターが傍で止まった音だ。
「(いいや、使ってしまおう)」
凍矢は、バレたらバレた時だ、と妥協した。
スン、とエレベーターのドアの脇に移動。
利用者が降りてくるのを待つ。
ドアが開き、中から高官らしき人物が3名ほど出てきた。
凍矢は咄嗟に頭を垂れる。
高官は気にも留めずにその場を立ち去ろうとした。
だが、その中の一人、肉塊のような中年男性が足を止めた。
「そこの君」
「はい、なんでしょうか?」
「所属は?」
拙い、凍矢は一切顔には出さずに動揺した。
「本日配備になった新人です。ですので所属は未定です。狙撃が得意なので地上に出て援護するよう命じられました」
「むぅ……確かに新人ではアレの相手は無謀か。狙撃ならば比較的安全であるな。分かった、無理のない範囲で行動しなさい」
「了解いたしました」
どうやら、見た目に寄らず良識のある高官であったもよう。
純粋に一人でいた凍矢を気遣ったようだ。
高官たちの背を見送りエレベーターに入り込む。
会話中にエレベーターが移動しなかったのは幸いであろう。
「(何とか切り抜けれた。心臓に良くないな)」
背負った百式火縄銃も狙撃という理由に現実味を与えてくれたのだろうと解釈する。
凍矢は48階のボタンを押しドアを閉めた。
エレベーターが上昇する独特の浮遊感を覚える。
パネルの数字が25から26,27と増えていった。
「(出来るなら、このまますんなりと48階まで登ってくれるといいのだが)」
がそうはいかないようだ。
ドッペルビルが大きく揺れた。
するとエレベーターが停止してしまったではないか。
しかも内部の照明も落ちてしまうというアクシデント付だ。
「(桃吉郎だな? あの馬鹿……)」
やり過ぎだ、と愚痴りながら天井の非常口を百式火縄銃で撃つ。
ボッ、という音共にそれは溶解した。
丁度、自分が通り抜けれそうな幅の穴が出来たのを確認し、そこに目掛けて跳躍。
エレベーターの天井部分へと移動する。
「運が良い。丁度、40階のドアがある」
凍矢はドアを百式火縄銃で破壊する。
桃吉郎だった場合、素手でこじ開けたであろうが今の凍矢では無理だ。
出力を調整し百式火縄銃でドアを破壊する。
ボッ、という音と共に鋼鉄製のドアがドロドロに溶解した。
向こうの景色が見えたところで一気に駆け抜ける。
凍矢は百式火縄銃を撃つ際に全身が氷に包まれ冷却されるので、溶解した鉄を浴びたところで触れるのは氷だけだ。
それは瞬時に冷却され固体になり、氷が割れる際に凍矢に触れることなく地面に落ちるだろう。
「な、なんだっ!?」
「新人ですっ!」
「お、おう、そうか……じゃなくてっ! なんでエレベーターを破壊したっ!?」
だが、運悪く警備のドッペルドールと遭遇してしまった。
もちろん凍矢は先ほどの設定でごり押すつもりだ。
「狙撃任務のため地上を目指しておりました。ですがエレベーターが緊急停止し止む負えず破壊して脱出した所存です」
「こ、今回の新人は豪快だな……分かった。外の化物は規格外だ気を付けろ」
「了解です」
「それで……こんどお茶でもどう?」
「善処します。では」
そう言って凍矢は階段を駆け上がって行った。
その後ろでガッツポーズを決める警備の男はしかし、丁重なお断りだったことに気付いていなかったようだ。
気付けよ、おまえ。
「桃吉郎め、暴れ過ぎだ。というか、地下のドッペルビルに届く攻撃でもしたのか?」
凍矢の推測通り、gorillaがやらかしました。
巨大な黒い大蛇が地上の地層を食い破り地下都市にまで到達。
偶々、傍にあったドッペルビルに喰らい付いたのである。
今や地上、地下都市を巻き込む大混乱状態だ。
凍矢一人侵入したところで誰も気に留めない。
つまり、やり過ぎである。
「まぁ、いい。精々利用させていただく」
ふぅ、ふぅ、と色っぽい息遣いをしながら階段を駆け上り、遂に48階へと到達。
周囲を見渡し人気が無いことを確認し、凍矢は呼吸を整えるために小休止を取った。
 




