92話 地獄が生まれる
東京本部警官隊。
それはドッペルドール及び暴徒を鎮圧するために結成されたドッペルドールの警察部隊である。
その戦闘能力はDAにも引けを取らないエースパイロットで構成されており、個として強いDA、群として最強の警官隊との認知を受けていた。
また、装備も常に最新の物にアップデートされており、並のドッペルドールでは瞬殺されるほどの圧倒的な能力差が持たされている。
それが大群で押し寄せてきたのだ。
「そこの黒髪……美人だな、おい!?」
「そりゃどうも」
凍矢はこのやり取りに飽きて来ていた。
「ドッペルドール3名の殺人容疑で逮捕する! 署まで来てもらおうか!」
「一応、言っておくが……正当防衛だ」
「署で聞く!」
「ここで聞く気は?」
「無い!」
ぐにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
凍矢と警官隊の間の空間が歪んだ。
そのように感じるほどの圧倒的な殺気を凍矢は放ち始めたのだ。
「き、貴様っ! 抵抗する気かっ!?」
「一応言っておくが、やると決めたこいつは、マジで容赦ねぇぞ? 大人しく帰んな、クソザコども」
「――――っ!?」
そして止めに桃吉郎のこの暴言である。
「逮捕しろっ! いや、殺しても構わん! 周囲のドッペルドールたちも逮捕に協力せよ! 報酬は弾む!」
これに周囲に居た東京本部のドッペルドールたちも呼応する。
その数は300人程度だろうか。
「余計な事を言うな」
「こっちの方が暴れ甲斐があるだろ?」
ごすんっ、と拳同士を打ち付け不敵な笑みを浮かべる桃吉郎。
「殺す気で来るなら、殺される覚悟もしな」
警官隊に拳を突き付ける。
その桃吉郎の行為に、遂に堪忍袋の緒が切れた警官の一人が飛び掛かって来た。
「ほざけっ!」
良い的である。
「そんじゃ、開戦だ! ひゃっほう!」
ばしゃっ。
gorillaの振るった拳は警官を爆散させる。
大量の血と肉と内臓が周囲にぶちまけられた。
圧倒的な強さを誇る警官が瞬殺。
しかも、高い防御力を誇る最新の防弾チョッキを紙のように突き破る、という光景を見せつけられたのだ。
これだけで、最高潮に達していた士気が最低まで降下する。
「まったく……これなら僕だけで来ていた方が良かったかもしれない」
「絶対、結果は変わらんかったぞ」
「うるさい。もうこうなったら、こいつらを駆逐しながらエレベーターに向かうぞ」
「応よ」
警官隊は形振り構っていられぬ、と機関銃を掃射。
周囲のドッペルドールたちを巻き込んででも桃吉郎たちを殺害しようと試みた。
「鉛玉じゃなぁ」
「そう言ってやるな」
当然、その全てを、掴んだり、いなしたり、分厚い胸板で弾いたり、歯で受け止める。
後半は桃吉郎の奇行である事は言うまでもないだろう。
「銃が効かないっ!? 化け物がっ!」
警官隊には刀が支給されている。
それらは量産品ではあるものの、下手な刀よりも遥かに斬れる代物だ。
「おっ? 斬り合いか? 受けて立つ」
桃吉郎は珍刀エルティナを抜く。
しゃくっ。
瞬間、敵意を向けていた警官が消えた。
居合抜きであろうか。
否、そんな生易しい物ではない。
ぼと、ぼと、と何かが地面に落ちた。
それは消えた警官の手足。
何かに食い千切られたかのような痕跡が窺える。
「なんだよ。抜いただけでくたばるとか、どんだけ弱いんだよ」
「ふきゅん。げふぅ」
刀がゲップをするという異常事態だが、目の前の惨殺死体の名残の方に気が向けられているので誰も気づく事が無かった。
「ひ、怯むなっ! あ、あ、あ、相手は二人だぞっ!」
「ここはっ! 人類の最後の砦っ! 我々がたった二人に敗北するなど、あってはならないっ!」
「いけっ! いけっ! いけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
最早、発狂しているのではなかろうか、と思えるほどの発破。
警官隊はその在り方に誇りを持っており、それに依存していた。
それを木っ端みじんにされてしまったのだ。
こうもなろうというものである。
だが、そんな事など知らん、というのが桃吉郎たちのスタンス。
「おう、掛かって来い! ほれほれ、どうした? 腰抜けども」
「煽るな。僕は先に突入するぞ」
「応、こっちは任せろ」
「やり過ぎるなよ?」
「別に全滅させてしまっても構わんのだろ?」
「やり過ぎるなといっただろ、ばか」
ちょっぴり怒り顔で見上げてくる凍矢を見て、桃吉郎は思った。
あれ? 凍矢、身長縮んだ? と。
いやいや、そこはこんなに可愛かったっけ? くらいは思ってやれよ。
今のはかなりのベストショットだったぞ。
このようなやり取りの後、凍矢は吉備津流・流星をばら撒きながら強引にエレベータを目指した。
ここにいるドッペルドールたちはエリート集団のはずなのに、桃吉郎たちに掛かれば等しく雑魚扱いなのは酷い。
彼らの名誉の為に行っておくが、本来ならすすきののドッペルドールたちでは逆立ちしても勝てない存在なのである。
「さぁて……俺はあいつほど優しくねぇぞ」
「ふきゅ~ん!」
げっげっげっげっ、と邪悪な笑い声を上げる獣と刀。
最早、どちらが悪役なのか分かったものではない。
狩る者と狩られる者、それがどちらであるかを理解した時、人が選ぶのは逃走の一手だろう。
それでも向かってゆくのは自殺願望のある者のみだ。
「こんな化物、勝てるかよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 助けてっ!」
「冗談じゃねぇっ! いくら金を積まれたって御免だっ!」
まず、ドッペルドールたちが逃げ出した。
護るべき要塞など知った事か、という逃げっぷりだ。
とにかく桃吉郎の傍から離れたかったのだろう。
全員が要塞から出て行ってしまった。
「に、逃げるなっ! それでも東京のパイロットかっ!?」
しゃくっ。ぼとぼと。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
また一人、喰われた。
また一人、また一人、喰われた。
それは見た目が刀というだけの何かだ。
それは人を喰らう。
いや―――なんでも喰らうが正しい。
ぞぶっ。
じゃくっ。
ごりっ。
めりめり。
何もかもを食い千切る。
それを持つ者はただ佇んでいるだけだ。
だというのに―――――全てが形を失ってゆく。
人が、建物が、空間さえも消え失せ黒い何かが広がっていった。
「な、何が……ぎゃばっ!?」
その黒から巨大な何かが飛び出し警官を頭から食い千切る。
「フキュオォォォォォォォォォォォォォンッ!」
それは目も鼻も耳もない口だけの大蛇。
それが黒い何かから無数に飛び出してきて、手当たり次第に喰らい始めていた。
その対象に善も悪もない。
とにかくなんでも喰らい付く。
人も、要塞も、どんどん形を失ってゆく。
まさに地獄絵図。
この世の終わりがそこにあった。




