91話 東京要塞
東京要塞は別名、【人類の最終砦】と呼称される。
それほどまでに強固で戦力も分厚い。
流石の桃吉郎でも壊滅には手こずるであろうことが予想された。
そう、言い換えれば、このgorilla―――単騎でここを壊滅させることが出来るのだ。
絶対に人類に入れてはいけない存在であろう。
「ほ~、小粒だが強いのがチラホラといるな」
「おまえが強いというのは珍しいな」
「ほれ、あれとか、それとか」
桃吉郎が指差したドッペルドールはいずれも女性だ。
桃色髪のぽっちゃり系狙撃手と緑髪ツインテールの緋色の瞳をした棍棒持ちである。
「ちょっかい出すんじゃないぞ」
「わかってらい」
凍矢は桃吉郎に釘を刺しつつ地下へのエレベーターを目指す。
しかし、ここでアクシデントが起こった。
後ろについて来ているはずの桃吉郎の姿が無いのだ。
「と、桃吉郎っ!?」
辺りを見回しても姿が見えない。
かと言って攫われたとは到底考えられない。
寧ろ、桃吉郎は攫う側なのだから。
だとすれば考えられることは一つ。
「あの馬鹿……食事に釣られたなっ」
そう、ここは要塞内。
そこかしこに飲食スペースが設けられているのが窺える。
そこではドッペルドールたちが思い思いの料理を堪能しているのが見て取れた。
流石は東京。
すすきの要塞ではお目に掛れない高級食材をふんだんに用いた料理が当然のようにテーブルに並んでいる。
恐らくは、そこに桃吉郎が混ざっていると踏んだ凍矢は眉間を解しながら、大男の姿を求めて歩を進めた。
しかし、そんな彼女の行く手を遮る男たちの姿。
「よぉ、お嬢さん」
「ひひひ、美人だねぇ?……いや、美人過ぎるでしょ!?」
「ちょっ、そんな完成度のドッペルドール、いつ開発されたの!?」
それはチャラいナンパトリオであった。
しかし、凍矢の美し過ぎる容姿にビビり散らかしている。
それもそのはずで、ドッペルドールは能力を盛る度に容姿が劣化するからだ。
まさか、ここに本体で来る、という自殺行為をする人間がいるとは思っていない彼らに凍矢の素性を見破る事などできるはずもなく。
「すまないが人を探している。ゴリラみたいな大男だ」
「ゴ、ゴリラ?」
「あと、僕は男だ」
「「「その姿で男は無茶があるっ!」」」
ナンパトリオは息の合ったツッコミを炸裂させる。
このやり取りを見ていた野次馬たちも、この時ばかりはナンパトリオに納得を示したという。
「とにかく、今は急いでいるんだ。君らに付き合っている時間は無い」
ナンパトリオのひょろいのっぽの脇を通り過ぎようとした凍矢だったが、それを邪魔したのはチビのデブであった。
「おおっと、ここから先は通行止めだよ~?」
「俺たちとやることやったら、通してや手も良いぜ?」
「まぁ、その時ゃあ、ゴリラの事なんか頭に残ってないだろうがな!」
ぎゃはは、と大声で笑うナンパトリオは、ここでは有名なチンピラ集団だ。
大勢のパイロットを抱えると、どうしてもこういう輩が発生する。
だが、ドッペルドール同士のやり取りということで、こういった案件は本部では放置されていた。
それこそ、殺傷沙汰にならない限りは本部が動くことはない。
つまり、強姦程度では動く事が無い、ということだ。
だからこそ、こういったチンピラが粋がる。
逆に言えば、この程度をどうにかできないなら、ここでのパイロットを辞するか地方に転属しろ、ということである。
「(面倒だな)」
もちろん、凍矢の実力をもってすればこの程度の連中など敵の内に入らないだろう。
だが、ここで目立つことは避けたい状況。
彼女たちは潜入作戦の決行中であり、目を付けられれば作戦に多大な影響を及ぼすことが確定している。
なので、凍矢は穏便に事を進める必要があった。
「(か弱いふりをして誰かに救いを求めるか?)」
だが、なにやらカチャカチャとの音がする。
それを見て凍矢は呆れた。
男性ドッペルドールの数人がズボンのベルトを外している。
要はナンパトリオの【おこぼれ】にあやかろうとしているのだ。
そして、それを咎める者もいない。
これは、この状況が常態化しているという証明足り得た。
「(どうやら、すすきの要塞の連中のモラルの高さを基準にしてしまっていたようだな)」
そう、すすきの要塞のモラルは非常に高い。
それは人口が東京よりも遥かに少ないことが起因している。
人が少ない分、協力して事に当たるのは必要不可欠。
だからこそ、他者を敬い、そして何を考え欲しているのかを考慮する。
それが高いモラルを形成する要因となっていた。
だが―――ここは違う。
代わりは幾らでもいる。
しょせんはドッペルドール、という考えが蔓延していた。
「(なら、遠慮はいらんか)」
凍矢は溜息を吐き体の力を抜いた。
「おっほ、どうやら理解したようだな?」
「まずはケツだな。おらっ、そのくそデケェケツを晒せ」
「四つん這いになるんだよ!」
ナンパトリオは分かっていない。
この脱力状態の凍矢がどれほど危険な存在であるかを。
ボッ!
めめめこっ。
それは一瞬の出来事。
ナンパトリオの顔面が綺麗に陥没した。
「吉備津流・柔の型【流星】」
それは音速の連続居合拳だ。
といっても直接殴るのではなく、拳に気を込めてそれを飛ばす。
直接殴るよりかは威力が落ちるが、気の練り方によっては直接殴るよりも威力が上がる。
これに類似した吉備津流・剛の型【彗星】が存在するが、こちらは気を込めた拳で対象をぶん殴るという脳筋仕様となる。
効果・相手は死ぬ。
ご利用は計画的に、である。
ナンパトリオは轟沈。
ピクリとも動かない。
凍矢は、まさかこの程度で死んだりしないよな、と内心焦った。
結論を言おう。
この三人はもう死んでいる。
恐るべき雑魚であったのだ。
その時、ピリリリリリリリリ、との警告音が鳴った。
ドッペルドールを取り締まる警官隊が向かってきているのだ。
これで凍矢もやり過ぎた事に気付く。
「面倒なことになった」
「いや、逆だろ」
「桃吉郎っ! おまえどこにっ!?」
「うどん喰ってた」
桃吉郎は丼内の、もっちりしこしこのかけうどんを、ぞぼぼっ、と一気に啜り込んだ。
「見てたのなら助けろ! 大事になった!」
「潜入作戦なんて女々しいだろ。こうなったのなら派手に行こうぜ」
にたり、と笑みを見せる桃吉郎。
そこに警官隊が到着した。




