90話 強敵の割には
「あれがアナザー……僕らの敵」
パキパキと身体に張り付いた氷が割れ落ちてゆく。
凍矢はズレた眼鏡の位置をくいっと直し、赤き竜が飛び去った空を見つめた。
「お~い、これしか肉が取れなかった」
「それを食うのか、おまえは」
「たべりゅ」
食欲の権化には何を言っても通用しなさそうだった。
なので凍矢は考えるのを止める。
「凍矢君、大丈夫?」
「あぁ、平気さ」
「俺は?」
「桃吉郎は殺しても死なないでしょ?」
「分かってんじゃねぇか、がっはっはっ」
でも、内心はちょっぴりセンチメンタルジャーニー。
ギザギザハートの子守歌。
「さっきは危なかった。まともに喰らっていたら正直、生きていたかどうか」
「そうだよな。アレを喰らったら暫く臭そうだったもんな」
「そんな感想を言うのは、おまえだけだ」
凍矢は呆れた。
「まぁ、なんにせよ、みんな無事でよかったじゃない。それも調理して食べれるようにするわ」
「お、流石は輝夜。わかってる~!」
「ふふん、存分に褒め称えるのです」
「へへ~」
桃吉郎は畏まりながら竜の尻尾を手渡した。
「ぎゃおぉぉぉぉぉぉっ!? お、重いわっ! 馬鹿ゴリラっ!」
まるで、ぬいぐるみでも持つかのように軽々と扱っていた尻尾だが、じつはこれだけで80キログラム越えしている。
こんなものを普通の女性が抱えられるはずもなく。
輝夜は慌てて尻尾を地面に落とした。
「鍛え方が足りないんだ」
「ゴリラと人間女性を一緒にするなっ!」
ごすっ。
「前が見えねぇ」
「凍矢君、手伝って!」
「あっはい」
gorillaは輝夜の見事な正拳突きにより顔面が陥没。
前が見えなくなった。
その隙に輝夜は凍矢と一緒に竜の尻尾をまな板に上げる。
「ったくもう……ふんっ」
輝夜の包丁が煌めく時、それは食材へと姿を変えるのだ。
実に鮮やかなお手前。
「本当に食べるのか?」
「うん、触った感じ、これは食べれるわ」
輝夜の能力【グルメスキャン】。
それは対象に触れた瞬間に能力を発動させる。
彼女にとって、この世の全ては食材となり得るのだ。
それは鉄だろうと木材だろうとお構いなしである。
「そうね……これだけ分厚かったら肉付きステーキかな。骨の部分はテールスープにも利用できそう。肉質的に鶏肉と牛肉の中間辺りかしら? うん、寄生虫は居ないようね」
ふむふむ、と納得する黒髪美人。
やがて、大きな目をキラキラさせ、どのように調理してやろうかと張り切り始める。
「(本当に料理が好きなんだな)」
凍矢は腕を組み、そんな彼女を眺めている、と不意に輝夜が振り返る。
「凍矢君」
「なんだい?」
「前から思っていたんだけど……その手の組み方、女性がするものよ?」
「え?」
凍矢は自分が腕を組んでいるのではなく抱えている事に気付いた。
「そっちの方が楽なの?」
「うん……まぁ」
「ふーん」
輝夜が凍矢をじろじろと観察し始めた。
「(ま、拙いっ! 勘のいい輝夜のことだ、僕の秘密がバレかねないっ!)」
凍矢は慌てて輝夜の興味を逸らす案を採択。
「ところで……猫、可愛いよな」
その時、輝夜に電流走る――――!
「貴様……猫派かっ!」
「まさかっ……貴公、犬派かっ!?」
両者の間に火花が散った。
相容れない両雄が負けられない戦いを始めようとしている。
「あ、俺、ウサギ派」
「「黙ってろ!」」
「あっはい」
その後、凍矢と輝夜の論争は2時間にも及んだという。
桃吉郎は飽きたのか「うほうほ」と野生化し近隣の食材を食い荒らしたとか。
「(ふっふっふっ、私は輝夜さんの味方です。何故ならバターを用いた……)」
それ以上は言わさねぇよっ!?
危険な香りしかしない見張・益代はそろそろ退場してほしい。
なんやかんやあったが、結局、アナザーの尻尾はステーキにして食べたもよう。
感想としては美味しかったけど感動するようなものではなかったそうだ。
再び東京本部を目指す桃吉郎たちは、割と騒動を起こしつつも遂に目的地直前へと辿り着く。
東京要塞―――そこは人類の最終砦とされる難攻不落の要塞である。
「流石に、この子に乗ってあそこまでは行けないわね」
東京要塞から50キロメートル離れた場所。
そこに桃吉郎たちの姿があった。
「ここからは歩きだな」
「僕もそれが良いと思う。どの道、潜入作戦になるだろうから」
桃吉郎たちの目的はトラクマドウジの解放だ。
つまり、その本体の救出である。
無論、ドッペルドール・トラクマドウジも持ち出すことが出来れば尚良い。
「それじゃあ私は待機ってことで良い?」
「おう、そうしてくれ」
「わかったわ」
こうして、桃吉郎は凍矢を伴って地下東京へと移動を開始。
密林の中をのんびりと移動する。
その二人の後をねっとりと付いて行く影一つ。
「(ふっふっふっ、私の監視から逃れる事は出来ませんよ)」
やはり見張・益代である。
「くんくん……なんか変な臭いがするな」
「僕の臭いじゃないぞ」
「分かってるよ。いやでも、たまに同じ匂いがするぞ?」
「錯覚だ」
「えー?」
桃吉郎の嗅覚は犬並みである。
それが見張・益代のアレな臭いをキャッチしていた。
アレとはチョメチョメした後のいや~んな女臭である。
「まぁいいや。どうやって地下に潜るかだな」
「ドッペルドールの振りをして堂々とエレベーターに乗ればいい」
「それしかないか」
割と適当な作戦を決めて、彼らは東京要塞へと進入した。
 




